84話 神話の導き、現実の課題
新天地での生活が始まって数週間。
“記憶の橋”の仲間たちは、それぞれの場所で神話的な出来事や象徴的な課題に直面し始めていた。
現実の困難と古代の物語が交差し、彼らの選択が試される時が訪れる。
カナエ:図書館の影に潜む「忘れられた語り部」
地方都市の図書館で、カナエは古い郷土資料の整理をしていた。
埃まみれの箱から、明治時代の手書きの冊子が見つかる。
表紙には「この町に伝わる月の物語」とある。
同僚の司書・真由が眉をひそめる。
「この話、昔の館長が“触れてはいけない”と言ってたわ。月の女神が人間に怒り、町を闇に沈めたって……」
カナエはページをめくり、震える声で読む。
「“月の光を奪われた町は、語り部の子孫だけが真実を知る”……この町の子どもたちが突然歌い出す奇妙な子守歌、関係あるのかな」
真由が不安げに言う。
「最近、夜間に図書館で子どもの声がするって噂も……。カナエさん、やめておいた方がいいわ」
カナエは冊子を胸に抱きしめた。
「でも、忘れられた物語を掘り起こすのが私たちの使命でしょ? みんなで真相を調べましょう」
涼太:都市開発と「地底の龍神伝説」
都心の大学で、涼太は地域史ゼミのフィールドワークに参加していた。
開発予定地の古い祠の前で、地元の老人が学生たちに怒鳴っている。
「ここは龍神様が眠る聖域だ! 壊したら災いが起きる!」
学生の一人が涼太に説明する。
「この地区で工事中の事故が相次いでるんです。地盤調査で古い龍の彫刻が出てきた途端、機械が故障したり……」
涼太は古事記の一節を思い出す。
「ヤマタノオロチ退治の後、スサノオは櫛名田姫と共に地中に潜ったという話がある。まさか……」
その夜、ゼミの教授が資料を差し出す。
「江戸時代の地図に“龍眠の地”の記載がある。君の専門分野だね」
涼太は硯の跡が滲む古文書を解読し始めた。
カオル:畑に眠る「豊穣神の呪い」
農業研修中の山間の村で、カオルは不思議な現象に直面していた。
特定の畑だけ作物が育たず、村人たちが囁き合う。
「あの畑は豊穣神の怒りに触れた……60年周期で不作になるんだ」
指導者の青年がため息をつく。
「爺さんが言ってたな。戦時中に神事を怠ったら、土が死んだって」
カオルは鍬を突き立てて反論する。
「そんなの迷信だろ! 土壌検査すれば原因わかるはずだ」
その夜、村の長老がカオルを呼び出す。
「お前さん、この指輪を見よ」
差し出された銀の指輪には、稲穂と蛇が刻まれていた。
「これは神と契約した証……お前さんに託す」
レナ:SNSに現れる「デジタル幽霊」
都市のシェアオフィスで、レナは奇妙な報告を受ける。
協力者のデザイナーが蒼白な顔でスマホを見せる。
「“記憶の橋”のハッシュタグに、存在しないアカウントから投稿が……。全部、消えた町の写真ばかりだ」
画面には「#忘れられた祭り」「#消えた太陽」のタグが並ぶ。
投稿主のプロフィールには「月読命の末裔」と記載されている。
オフィスのエンジニアが警告する。
「これ、IPアドレスが全て架空……。でも拡散されてる。都市伝説化してる」
レナは震える手でコメントを打つ。
「あなたは誰? どうしてこのハッシュタグを使うの?」
即座に返信が来る。
「物語を消すな 真実を語れ」
サラ:文化センターの「封印された鏡」
歴史ある街の文化センターで、サラは倉庫整理中に古い銅鏡を発見する。
鏡の裏には「天岩戸」を思わせる岩と扉の彫刻があった。
館長が慌てて制止する。
「それは戦後ずっと封印されてきたものだ! 触れると災いが……」
サラは鏡に映る自分の姿が滲んでいくのを感じた。
「この鏡……どこから来たのですか?」
館長は苦渋の表情で語り始める。
「戦時中、この鏡を祭壇から外したら、町に大火事が起きた。元々は“太陽を呼び戻す儀式”に使われた神器だと……」
その夜、サラは夢で鏡の中の世界を見る。
岩戸に閉じこもった女神が、「選ばれし者よ 真実の扉を開け」と囁く。
グループチャット:神話と現実の交差点
その夜、仲間たちは緊急のオンライン会議を開いた。
カナエが真っ先に報告する。
「私の町に“月の物語”が現実化してる。子どもたちが奇妙な歌を歌い始めた」
涼太が資料を共有する。
「こっちは龍神伝説と開発問題がリンクしてる。古い文献と現代の事故が符合する」
カオルが拳を握りしめる。
「村の畑の呪い……でも絶対に自然現象だ! データ取って証明してみせる」
レナが画面を共有する。
「SNSに“デジタル幽霊”が現れた。神話的なメッセージを拡散してる」
サラが銅鏡の写真を見せる。
「これは天岩戸神話と酷似してる。でも触れると現実に影響が出そう……」
悠馬が全員を見回して言う。
「これらは全て繋がってる。神話が現代に呼びかけてるんだ。僕たちの“記憶の橋”が試されてる」
カナエが涙ぐみながら握りしめた冊子を掲げる。
「でもどうすれば……? 私、ただ物語を残したいだけなのに」
涼太が静かに頷く。
「神話は警告でもある。過去の過ちを繰り返さないための」
カオルが土の匂いを思い出しながら言う。
「データと信仰、どっちが正しいかわからない……でも事実に向き合うしかない」
レナがキーボードを叩きながら宣言する。
「この“デジタル幽霊”の正体、絶対に暴いてみせる。神話もSNSも、等しく“記憶”だ」
サラが鏡に映る自分を見つめる。
「この鏡が示す“真実の扉”……開けるべきかどうか……」
悠馬が全員に呼びかける。
「迷うな。僕たちはもう“選択の刻”を越えた。神話と現実の橋を架けるのが、私たちの使命だ」
画面越しに、仲間たちの頷く姿が揃う。
それぞれの場所で、神話的な謎と現実の課題が交差していく――
彼らの新たなる戦いが、静かに始まっていた。




