75話 神話の声、再生のヒント
夜明け前の静けさが町を包み込んでいた。
集会所での激論と涙の夜を経て、“記憶の橋”の仲間たちは、それぞれの孤独と迷いの淵で立ち止まっていた。
しかし、そんな彼らのもとに、思いがけない「再生のヒント」が舞い降りる――それは、神話の声と、身近な人々からのささやかな助言だった。
カナエは、図書館の開館準備をしながら、昨夜の議論を何度も思い返していた。
自分の涙、みんなの叫び、そして沈黙。
そのすべてが、心の奥に重くのしかかる。
ふと、古い絵本の整理をしていると、一冊の神話絵本が目に留まった。
タイトルは「イザナギとイザナミの決断」。
カナエは思わずページをめくる。
「イザナギは、愛するイザナミを黄泉の国から連れ戻そうとした。でも、その願いは叶わず、二人は別れを選ぶしかなかった。――選択は、時に痛みを伴う。でも、その先に新しい命や世界が生まれる」
カナエは、涙ぐみながら呟く。
「私たちの選択も、痛みを伴う。でも……その先に、きっと新しい何かが生まれるんだよね」
その時、図書館に小学生の女の子がやってきた。
「カナエさん、また昔話を読んでくれる?」
カナエは微笑み、少女の頭を撫でる。
「もちろん。今日は“選ぶ勇気”のお話をしようか」
涼太は、大学の研究室で神話の資料を読み漁っていた。
ふと、古事記の一節が目に留まる。
「神々は、何度も失敗し、迷い、時に争い、時に和解した。――そのたびに、新しい秩序や希望が生まれた」
涼太は、ノートにその言葉を書き写しながら考える。
(僕たちも、迷い、ぶつかり合い、でも最後は和解できるはずだ。神話の神々だって、完璧じゃなかった)
その時、ゼミの後輩が声をかけてきた。
「涼太先輩、今度の発表、私も手伝っていいですか? 先輩の話を聞いて、私も“自分の物語”を見つけたいって思ったんです」
涼太は、驚きとともに嬉しさを感じた。
「ありがとう。一緒に考えよう。僕も、まだ答えを探しているところなんだ」
カオルは、畑の土を握りしめながら、父の言葉を反芻していた。
「自分の選択に責任を持て」
その言葉は、重くもあり、同時に温かかった。
カオルは、幼い頃に祖父から聞いた神話を思い出す。
「ヤマタノオロチを倒すスサノオも、最初は失敗ばかりだった。でも、諦めずに知恵と勇気を振り絞ったからこそ、最後には勝てたんだ」
カオルは、空を見上げて呟く。
「俺も、何度でもやり直す。迷っても、失敗しても、最後には自分の道を選ぶ」
その時、父が畑の隅から声をかけてきた。
「カオル、手伝ってくれ。新しい苗を植えるぞ」
カオルは、力強く頷いた。
「うん、今度は俺が自分の意志で選んだ作物を植えてみたい」
レナは、カフェの窓際でスマホを見つめていた。
SNSのコメント欄には、賛否両論の声が並んでいる。
「あなたの言葉に救われました」「でも、伝統を壊さないでほしい」
レナは、ふと神話の中の一節を思い出す。
「アメノウズメは、岩戸の前で大胆な舞を踊った。みんなが笑い、太陽が戻ってきた。――誰かを救うのは、時に“常識”から外れた行動かもしれない」
その時、カフェの店員が声をかけてきた。
「レナさん、今日も素敵な投稿ですね。私、レナさんの言葉で前向きになれました」
レナは、はにかみながら微笑む。
「ありがとう。私も、みんなの声に支えられてる。これからも、自分らしい言葉を発信していきます」
サラは、家の縁側で祖母と並んで座っていた。
祖母は、家系に伝わる古い巻物を手にしている。
「サラ、昔話を一つしよう。イザナミは黄泉の国に行き、イザナギは悲しみの中で新しい世界を作った。――別れや痛みの先に、必ず新しい命が生まれる。選ぶことは、終わりじゃなく始まりなんだよ」
サラは、祖母の手を握りしめて涙ぐむ。
「私も、選ぶことを怖がらない。どんな結果でも、必ず新しい何かが生まれるって信じてみる」
その夜、仲間たちは再びオンラインで顔を合わせた。
画面越しの表情は、どこか晴れやかだった。
カナエが、みんなに語りかける。
「私、今日“選ぶ勇気”の神話を読んだの。痛みや別れの先に、新しい希望が生まれるって」
涼太が、頷きながら言う。
「神話の神々も、迷いと失敗を繰り返してきた。僕たちも、何度でもやり直せるはずだ」
カオルが、拳を握って言う。
「俺も、自分の意志で選ぶって決めた。失敗しても、最後には自分の物語を作りたい」
レナが、スマホを掲げて明るく言う。
「私も、自分らしい言葉でみんなを励ましたい。賛否両論があっても、誰かの希望になれるなら、それでいい」
サラが、静かに頷く。
「私も、選ぶことを恐れない。痛みの先に、新しい未来があるって信じてみる」
悠馬が、みんなを見回して語る。
「僕たちの選択は、きっと未来につながる。神話の神々のように、迷いながらも前に進もう」
カナエが、涙ぐみながら微笑む。
「ありがとう、みんな。私たち、きっと大丈夫だよね」
涼太が、力強く頷く。
「うん。迷いも失敗も、全部僕たちの物語になる」
カオルが、拳を突き上げる。
「これからも、みんなで“記憶の橋”を架け続けよう!」
レナが、スマホを掲げて笑う。
「全国の仲間にも、この想いを届けたい!」
サラが、静かに微笑む。
「私たちの選択が、誰かの希望になりますように」
冬の夜空には、星が一層輝きを増していた。
神話の声と身近な人々の言葉が、仲間たちに再生のヒントをもたらした。
彼らはそれぞれの道を選びながら、再び“記憶の橋”を架ける勇気を胸に、次の一歩を踏み出し始めていた。




