73話 衝突の夜、心の叫び
冬の夜、町には冷たい風が吹きつけていた。
“記憶の橋”の仲間たちは、それぞれの選択を胸に抱えながらも、心の奥に言い知れぬ葛藤を抱えていた。
その夜、カナエの提案で、久しぶりにみんなが集会所に顔を揃えることになった。
集会所の明かりの下、カナエが集まった仲間たちを見回す。
テーブルの上には、温かな紅茶と手作りのクッキーが並んでいるが、誰も手を伸ばそうとしない。
カナエが、静かに口を開く。
「みんな……今日は集まってくれてありがとう。ずっと一緒にやってきた私たちだけど、最近はそれぞれのことで精一杯で、気持ちがバラバラになってる気がして……」
涼太が、うつむきながら言う。
「僕は……大学でも“伝統か変化か”って議論ばかりで、何が正しいのかわからなくなってきた。みんなの意見も聞きたいけど、どうしても自分の考えを押し付けてしまいそうで怖いんだ」
カオルが、拳を握りしめる。
「俺は父さんとぶつかってばかりだ。畑を守りたい気持ちと、時代の流れに逆らえない現実……どっちも大事だからこそ、どうしても譲れなくて……。家族と仲間、どっちのために生きるべきなのか、わからなくなる」
レナが、スマホをいじりながらぽつりと呟く。
「SNSでも、意見が分かれてる。伝統を守りたい人もいれば、新しいことをしたい人もいる。私の発信が誰かを傷つけてるんじゃないかって、最近は投稿するのも怖くなってきた」
サラが、膝の上で手を握りしめる。
「私も……家族の伝統と、自分の人生の間で揺れてる。祖母や母の期待に応えたいけど、自分の気持ちに嘘はつけない。どんな選択をしても、誰かを傷つける気がして……」
しばらく沈黙が流れる。
やがてカナエが、涙ぐみながら声を震わせる。
「私……みんなと一緒に“記憶の橋”を架けてきたけど、本当はずっと不安だった。自分のやりたいことが、みんなのためになるのか、わからなくて……。今も、みんなの気持ちがバラバラになりそうで怖い」
涼太が、カナエの言葉に頷く。
「僕もだよ。自分の意見を言うことで、みんなとぶつかるのが怖かった。でも、本当はぶつかってでも、ちゃんと話し合いたい。僕たち、何があっても仲間だろ?」
カオルが、拳をテーブルに置いて言う。
「そうだな。俺も、家族のことも仲間のことも、全部大事にしたい。だけど、全部を守るのは無理だって思ってた。でも、こうしてみんなと話すことで、少しだけ勇気が出る気がする」
レナが、スマホを置いて顔を上げる。
「私も、みんなの言葉を聞いて安心した。SNSの世界は広すぎて、時々自分が消えそうになる。でも、ここに戻ってくると、ちゃんと“私”でいられる」
サラが、みんなの顔を見回して、静かに語り始める。
「私……ずっと家族の期待に応えようとしてきた。でも、みんなと一緒に過ごすうちに、自分の気持ちも大切にしたいって思うようになった。どんな選択をしても、きっと後悔はする。でも、後悔しない選択なんて、きっとどこにもないのかもしれない」
悠馬が、サラの隣でそっと手を握る。
「サラ、君がどんな選択をしても、僕は君の味方だよ。みんなも、きっとそうだ。僕たちは一人じゃない。迷って、ぶつかって、でも最後は一緒に前に進める。そう信じてる」
カナエが、涙を拭いながら笑う。
「ありがとう、悠馬。みんなで迷って、みんなで悩んで、みんなで選んでいこう。答えは一つじゃなくていいよね」
涼太が、真剣な眼差しで言う。
「僕たちがぶつかり合うことで、新しい道が見つかるかもしれない。神話の神々だって、最初は喧嘩ばかりしてた。でも、最後は力を合わせて世界を作った。僕たちも、きっと大丈夫だよ」
カオルが、拳を握りしめて頷く。
「よし、これからはもっと本音で話そうぜ。どんなにぶつかっても、最後は仲間に戻れるって信じてるから」
レナが、スマホを掲げて明るく言う。
「みんなの言葉を、これからも全国に発信していくよ。私たちの悩みも迷いも、きっと誰かの勇気になるはずだから」
その夜、集会所には、涙と笑いと静かな決意が満ちていた。
仲間たちは、それぞれの心の叫びをぶつけ合いながらも、再び“記憶の橋”を共に架けていくことを誓い合った。
夜空には、雲間から月が顔をのぞかせていた。
それは、迷いと衝突の先に必ず新しい光が差すことを、静かに告げているようだった。




