71話 それぞれの日常、静かな予兆
秋の終わり、町は新たな日常を取り戻したかのように見えた。
“記憶の橋”の仲間たちは、それぞれの場所で新しい日々を歩み始めていたが、心の奥には言葉にできない不安と予感が静かに芽吹いていた。
カナエは、地域の図書館で子どもたちに絵本を読み聞かせていた。
窓の外から差し込む柔らかな光の中、彼女は優しくページをめくる。
「むかしむかし、太陽が隠れて世界が暗闇に包まれたとき、神々は知恵を出し合って光を取り戻したんだよ」
子どもたちが目を輝かせて聞き入る。
その様子を見て、カナエは微笑むが、ふと遠くを見つめる。
(私たちの“記憶の橋”は、これからどうなっていくんだろう……)
涼太は、大学の研究室で論文を書いていた。
机の上には日本神話の資料や、仲間たちとの活動記録が広がっている。
「……現代社会における神話の役割、か……」
彼はペンを止め、窓の外の曇り空を見上げる。
(僕たちが伝えてきた“記憶”は、本当に誰かの力になっているのかな。これから何を選ぶべきなんだろう)
カオルは、家業の手伝いをしながら、父と並んで畑を耕していた。
無口な父が、ふいに口を開く。
「最近、お前、変わったな」
カオルは、照れくさそうに笑う。
「そうかな。みんなと一緒にいろんなことを経験したから……。父さん、俺、これからも自分の道を探してみたいんだ」
父はしばらく沈黙し、土を見つめてから静かに頷いた。
「お前の選んだ道なら、信じてみるさ」
レナは、カフェでノートパソコンを開き、SNSで“記憶の橋”の活動を発信していた。
画面には全国から寄せられる応援や相談のメッセージが並んでいる。
「みんな、それぞれの場所で頑張ってるんだな……」
隣の席の女性が声をかける。
「あなたの投稿、いつも楽しみにしてるんです。元気をもらえるから」
レナは驚き、そして嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。これからも、みんなの心をつなげる発信を続けます」
サラは、家の縁側で母と並んで座っていた。
庭の木々が風に揺れ、静かな時間が流れる。
母が、ぽつりと呟く。
「サラ、あなたはこれからどうしたいの?」
サラはしばらく考え、ゆっくりと答える。
「私は……自分の意志で未来を選びたい。“記憶の継承者”としてだけじゃなく、一人の人間として、何を大切にしたいかを考えたいの」
母はサラの手を握り、静かに頷いた。
「あなたの選択を、私は信じているよ」
悠馬は、サラからのメッセージを読み返していた。
“これからも、一緒に歩いていこう”
その言葉に、彼は胸の奥が温かくなるのを感じていた。
(サラと一緒に、どんな未来を選ぶのか――僕自身の答えも、もうすぐ見つけなきゃいけない気がする)
その夜、仲間たちは久しぶりにオンラインで顔を合わせた。
画面越しの表情は明るいが、どこか緊張が漂っている。
カナエが、みんなに問いかける。
「ねえ、みんな。これから私たち、どんな“橋”を架けていく?」
涼太が、少し考えてから言う。
「それぞれの場所でできることを続けるのも大事だけど、いつかまた、みんなで大きな選択をする時が来る気がする」
カオルが、拳を握って言う。
「どんな選択でも、俺はみんなと一緒に進みたい」
レナが、画面越しに微笑む。
「私も。みんなとつながっている限り、どんな未来でも怖くない」
サラが、静かに頷く。
「私たちの物語は、まだ終わっていない。これからが本当の“選択の刻”なんだと思う」
悠馬が、みんなを見回して言う。
「どんな道を選んでも、僕たちはきっとまた一緒に歩ける。そう信じてる」
秋の夜風が、静かにカーテンを揺らす。
それぞれの日常の中に、確かな予兆が忍び寄っていた――
新たな“選択”の時が、すぐそこまで近づいていることを、誰もが感じ始めていた。




