62話 喪失と孤独の中で
連日の災害と社会不安は、主人公たちの身近な世界にも深刻な影響を及ぼしていた。
地域の避難所では、家を失った人々が肩を寄せ合い、誰もが沈黙の中に閉じこもっている。
「太陽」が隠れたかのような暗い日々――まるで天岩戸の神話そのものだった。
カナエは、実家の家族と避難所で過ごしていた。
母親が不安げに呟く。
「こんなこと、今までなかったわ……。家も仕事も、全部失ってしまうなんて」
カナエは母の手を握りしめ、必死に明るく振る舞おうとするが、その目には涙が浮かんでいた。
「大丈夫、きっとまた元に戻るよ……。私たち、諦めないでいよう」
涼太は、ボランティア活動に参加しながらも、心のどこかで無力感に苛まれていた。
避難所の子どもたちが泣きじゃくるのを見て、彼は自分のノートを握りしめる。
「僕は、神話や歴史の話しかできない。こんな時、何の役にも立たない……」
隣にいたカオルが、肩を叩く。
「そんなことないよ。お前の話を聞いて、元気づけられてる人もいる。だけど……俺も、何をしたらいいかわからない。自分の無力さが、こんなに辛いとは思わなかった」
サラの家でも、家族の間に重苦しい空気が流れていた。
母親は、サラに厳しい声を向ける。
「サラ、あなたは“継承者”なんだから、何か皆の役に立つことをしなさい。家の名誉を守るのがあなたの役目でしょう」
サラは俯き、声を震わせて答える。
「私だって、どうしたらいいかわからない……。私が“記憶の橋”を架けてきた意味って、何だったの……?」
悠馬もまた、家族を災害で一時的に失い、孤独と無力感に沈んでいた。
夜の公園で、スマホを見つめながらサラにメッセージを打つが、言葉が出てこない。
「……サラ、僕は今、何もできない。君に会いたいけど、どうしても勇気が出ないんだ」
仲間たちの間にも、すれ違いと孤独が広がっていく。
オンラインで集まっても、誰もが自分の喪失や不安を口にできず、沈黙が続く。
レナが、ぽつりと呟く。
「私たち、“記憶の橋”を架けてきたのに……こんな時、何もできないなんて……。みんな、本当にこのままでいいの?」
カナエが、涙声で答える。
「私たちの“想い”は、どこに行ってしまったんだろう……」
それぞれが「自分は何のために“記憶の橋”を架けてきたのか」と自問し、闇の中で答えを探し続けていた。
天岩戸の神話が「死と停滞」を象徴するように、彼らの心もまた、再生の兆しを待つ静かな闇に包まれていた――。




