58話 「サラの決断」
夜の静けさが降りる古い屋敷の一室。
サラは、家族の前で正座し、家系に伝わる巻物を膝に置いていた。
母親が厳しい声で問いかける。
「サラ、お前は“記憶の継承者”として生きる覚悟があるのか? この家の伝統を守ることは、お前の使命なのよ」
サラは一度、深く息を吸い込む。
そして、静かに、しかしはっきりと答えた。
「私は……これまで“継承者”という役目に縛られて、自分を見失っていました。でも、仲間たちと出会い、共に過ごす中で気づいたんです。伝統を守るだけじゃなく、私自身の想いも大切にしていいんだって」
母親は驚いた顔でサラを見つめる。
「……自分の想い?」
サラは頷く。
「はい。私は“記憶の継承者”として生きることを受け入れます。でも、それは家族や伝統のためだけじゃない。私自身が選んだ道として、仲間たちと共に歩んでいきたい。過去と未来をつなぐ“橋”として、私の物語も紡いでいきます」
父親が静かに微笑む。
「……お前が自分で選んだのなら、それが一番だ。家の誇りを持って、堂々と生きなさい」
その夜遅く、サラはスマートフォンを手に取り、悠馬にメッセージを送った。
――「話したいことがある。明日、会えますか?」
翌日、神社の境内。
サラは、境内の端で悠馬を待っていた。
石畳を踏みしめて悠馬が現れる。
「サラ……どうしたの?」
サラは、少し照れたように微笑みながら、まっすぐ悠馬を見つめる。
「私、家族と話し合ってきたの。“記憶の継承者”として生きることを、自分の意志で受け入れた。でも、それはただ伝統に従うだけじゃなくて、私自身の人生を生きるため。……悠馬、あなたと出会って、私は変われた。自分の弱さも、迷いも、全部受け入れていいって思えるようになった」
悠馬は、サラの言葉を噛みしめるように頷く。
「サラ……君が自分で決めたことなら、僕は全力で応援したい。君が“記憶の橋”として歩むその道を、ずっとそばで見ていたい」
サラは、少しだけ頬を赤らめながら、勇気を出して言葉を続ける。
「私、悠馬のことが……すごく大切です。まだうまく言えないけど、あなたと一緒に未来を歩きたいって、心から思ってる」
悠馬もまた、静かに手を伸ばし、サラの手をそっと握る。
「僕も、サラのことが大切だ。まだ“恋人”って言葉は早いかもしれないけど……君と一緒にいると、どんな困難も乗り越えられる気がする」
サラは、優しく微笑む。
「ありがとう。これからも、私のそばにいてくれますか?」
悠馬は、しっかりと頷いた。
「もちろん。サラと一緒に、“記憶の橋”を未来へ架けていこう」
境内の風がふたりを包み込む。
サラは自分の宿命を受け入れ、悠馬との間に特別な絆が生まれた。
まだ告白という言葉は交わされていないが、ふたりの心は確かに、恋人未満の“かけがえのない存在”へと変わり始めていた――。




