56話 「恋の予感と新たな試練」
“記憶の橋”の調査旅行から数日後、梅雨の晴れ間に悠馬とサラはふたりで街を歩いていた。
神話の現場を巡った余韻がまだ心に残るなか、二人の間にはこれまでにない親密な空気が流れていた。
サラが、ふと立ち止まり、商店街の小さな和菓子屋の前で微笑む。
「ねえ、悠馬。あのお団子、子どものころから好きだったの。よかったら、一緒に食べない?」
悠馬は少し照れながら頷く。
「うん、もちろん。サラと一緒なら、何でも美味しく感じそうだよ」
サラは顔を赤らめて笑い、二人でベンチに腰かけて団子を分け合う。
しばらく無言で食べていたが、ふとサラが真剣な表情になる。
「……悠馬、最近すごく不思議なんだ。君といると、昔から知っていたみたいに心が落ち着く。怖いことも、悲しいことも、全部話せる気がするの」
悠馬も、サラの目をまっすぐ見つめて応える。
「僕も同じだよ。サラといると、どんな自分も受け入れてもらえる気がする。君がそばにいるだけで、前に進めるんだ」
サラは、そっと団子の串を置き、手を重ねる。
「私……悠馬のこと、すごく大切に思ってる。みんなの前では強がってるけど、本当はすごく弱い。だけど、悠馬といると、弱い自分も許せる気がするの」
悠馬は、サラの手を優しく握り返す。
「サラ、僕も君のことが……」
そのとき、サラのスマートフォンが震えた。
画面には、母親からの着信が表示されている。サラは一瞬、表情を曇らせた。
「ごめん、ちょっと……」
電話に出るサラの声は、どこか緊張していた。
「……はい、母さん。――え? 今すぐ帰ってこいって……? “家の掟”がどうとか……」
電話を切ったサラは、顔色を失っていた。
「ごめん、悠馬。急に帰らなきゃいけなくなったの。家のことで……たぶん、私の“継承者”としての役目に関係してる。何か大きな決断を迫られるかもしれない」
悠馬は、強くサラの手を握りしめる。
「サラ、何があっても僕は君の味方だよ。どんな決断でも、君が選んだ道を信じる。……絶対に一人にしない」
サラは、涙をこらえて微笑む。
「ありがとう、悠馬。君がいてくれるだけで、私は強くなれる気がする。でも……もしかしたら、しばらく会えなくなるかもしれない」
悠馬は、真剣な眼差しでサラを見つめる。
「待ってるよ。どんなに時間がかかっても、サラのことを信じてる」
サラは小さく頷き、走り去っていった。
悠馬はその背中を見送りながら、胸の奥に芽生えた“かけがえのない存在”への想いを強く噛みしめていた。
こうして、ふたりの距離は急速に縮まったが、サラの家系にまつわる新たな試練が、二人の関係に大きな影を落とし始めていた――。




