54話 「信頼の芽生え」
夜の公園。街灯の淡い光がベンチを照らし、木々の間から涼やかな風が吹き抜ける。
“記憶の橋”プロジェクトの打ち合わせの帰り道、サラと悠馬はふたりきりで歩いていた。
しばらく無言が続いた後、サラが足を止め、ベンチに腰を下ろす。
悠馬も隣に座り、静かに彼女を見つめた。
サラは、指先でスカートの裾をいじりながら、ぽつりと口を開く。
「ねえ、悠馬……私、ずっと怖かったの。家族の期待、伝統の重さ、仲間に迷惑をかけるんじゃないかって。自分が“記憶の継承者”としてふさわしくないんじゃないかって、ずっと不安だった」
悠馬は驚いたようにサラを見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「サラ……君がそんなふうに思ってたなんて、気づかなかった。いつも冷静で、強い人だと思ってたよ。でも、僕も実は……自信なんて全然ないんだ。みんなの前では平気なふりしてるけど、僕だって自分の役割が分からなくて、怖くなることがある」
サラは小さく微笑み、涙ぐみながら続ける。
「私、みんなの役に立ちたいって思うほど、怖くなるの。失敗したらどうしよう、誰かを傷つけたらどうしようって……。でも、悠馬といると、少しだけ自分を許せる気がする。弱い自分も、迷っている自分も、いていいんだって」
悠馬もまた、視線を落とし、静かに語る。
「僕も同じだよ。サラと一緒にいると、素直な自分でいられる。強がらなくてもいいって思えるんだ。神話の神様たちも、完璧じゃなかった。失敗したり、逃げたり、でも最後は誰かと助け合って乗り越えてた。僕たちも、そうやっていいんじゃないかな」
サラは、そっと悠馬の手に自分の手を重ねる。
その手は少し震えていたが、温かかった。
「ねえ、悠馬。これからも、私が弱くなったとき、そばにいてくれる?」
悠馬は、しっかりと頷き、サラの手を握り返す。
「もちろん。僕も、サラに支えてほしい。お互いに弱さを見せ合える関係でいたい。……サラは、僕にとってすごく大切な存在だよ」
サラの瞳に、静かな光が宿る。
「ありがとう。私も、悠馬のこと……とても大切に思ってる。これからも、ずっと一緒に“記憶の橋”を架けていこう」
夜風がふたりの間を優しく撫でていく。
互いの弱さを受け入れ、心を開いたその瞬間、友情は“特別な感情”へと静かに変わり始めていた――。




