52話 「サラの過去と秘密」
雨の降る夜、静かな古民家の一室。“記憶の橋”の仲間たちは、サラの家に集まっていた。
床の間には、古い巻物や家系図、勾玉のレプリカなどが並べられている。
サラは少しうつむき、手元のノートをそっと開いた。
カナエが、心配そうに声をかける。
「サラ、無理しなくていいよ。でも、もし話したいことがあれば、私たち何でも聞くから」
サラはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で語り始めた。
「……私の家は、代々“記憶の継承者”として、古い神話や伝承を守ってきたの。たとえば、三種の神器や高天原の物語、家系に伝わる歌や言葉――全部、口伝や記録で受け継いでる。私も小さい頃から、母に“あなたは記憶を絶やしてはいけない”って言われて育った」
涼太が興味深そうに身を乗り出す。
「すごい……まるで稗田阿礼みたいだ。『古事記』の語り部も、家系や血筋で役目が決まってたって聞いたことがあるよ」
サラは苦笑し、首を振る。
「でもね、それがすごく苦しかった。家族や地域の期待が重くて、“自分”がどこにもなかった。友達と遊ぶのも制限されて、何かを選ぶときも“継承者らしく”って言われて……。本当は、私も普通に悩んだり、間違えたりしたかったのに」
カオルが真剣な声で言う。
「サラ、それはつらかったね。でも、神話の神様たちだって完璧じゃない。スサノオだって暴れて追放されたし、アマテラスも岩戸に隠れた。みんな悩んで、失敗して、でもそこから新しい物語が始まったんだ」
サラは少しだけ微笑む。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、少し楽になる。私、ずっと“孤独”だった。みんなと出会うまでは、誰にも本当の気持ちを話せなかったの」
ふと、サラは悠馬の方を見つめる。
悠馬もまた、静かに口を開いた。
「サラ、僕たちは君の“役割”じゃなくて、君自身を大切にしたい。家族や伝統も大事だけど、君の気持ちも同じくらい大事だと思う。もし辛いなら、僕たちに頼ってほしい」
サラは涙をこらえながら、はっきりと頷いた。
「……ありがとう。私、みんなといると“自分”でいられる気がする。これからは、怖くても、自分の気持ちを大事にしてみる」
その夜、サラは一人きりで縁側に座り、雨音を聞いていた。
ふと、カナエがそっと隣に座る。
カナエが優しく言う。
「サラ、私たちはどんなときも味方だよ。どんな秘密も、どんな弱さも、全部受け止めるから」
サラは小さく微笑み、ぽつりと呟いた。
「……ありがとう。私、もう一人じゃないんだね」
こうしてサラは、自分の過去と向き合い、仲間たちの絆に支えられて、少しずつ心を開き始めた。
“記憶の橋”の物語は、ここからさらに深まっていく――。




