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35話 「神託の危機と堕落の影」

朝の儀式が終わり、拝殿の静けさに緊張した空気が漂っていた。

巫女・沙耶は、神託の余韻に包まれながらも、どこか翳りを帯びた表情で座していた。

“記憶の橋”の面々と王子・稜真は、沙耶の様子に気づき、そっと見守っていた。


カナエが不安そうに口を開く。


「……沙耶さん、さっきの口寄せのとき、何か苦しそうだった。巫女って、神託を伝えるだけじゃなくて、自分の魂も削るような役目なんだね」


涼太が古文書を手に、真剣な表情で語る。


「歴史を見ても、巫女の神託は時に国を救い、時に争いの火種にもなった。卑弥呼の時代も、神託を巡って内乱が起きたし、神功皇后の新羅出兵も神託がきっかけだった。巫女の言葉は、時に絶対で、時に人を惑わせる“両刃の剣”なんだ」


レナがタブレットで資料を映しながら補足する。


「サグメ神話を知ってる? 天照大神に逆らって“神託を曲げた”巫女は、天邪鬼や魔女とされて追放された。巫女の力は光と影、両方を持ってる。時には社会から恐れられ、迫害の対象にもなったの」


カオルが護符を握りしめ、低く呟く。


「神託が絶対視される時代は、逆に“間違った神託”や“偽りの巫女”が現れる危険もあった。権力者に利用され、悲劇を生んだ例も多い。巫女自身も、時に自分の言葉に苦しむことがあったんだろうな」


沙耶がゆっくりと顔を上げ、苦しげに語り始める。


「……私は、神託を伝えるたびに、心が揺れることがあります。神の声は確かに降りてくる。でも、その言葉が誰かを傷つけたり、悲劇の引き金になることもある。巫女の役目は重く、時に自分自身を見失いそうになるのです」


稜真が沙耶の隣に座り、静かに言葉を重ねる。


「王家にも、神託に翻弄された歴史がある。正しいと信じて従った結果、国が分裂し、家族が争い、悲劇が生まれたこともある。神託は万能じゃない。人の心や運命までは、神様も守りきれないのかもしれない」


悠馬が、二人の姿に目を奪われながら問いかける。


「それでも、なぜ神託は必要なんだろう? 巫女や王子は、どうしてその重荷を背負うの?」


沙耶が静かに答える。


「人は迷い、苦しみ、選択に悩みます。神託は、そんな時に“道しるべ”を与える光。でも、選ぶのは結局、自分自身。巫女も王子も、神託に従うだけじゃなく、自分の意志で歩む覚悟が必要なのです」


稜真が力強く頷く。


「神託は、未来を約束するものじゃない。あくまで“きっかけ”や“導き”でしかない。僕たちは、自分の手で未来を切り拓く。その覚悟があってこそ、神託も意味を持つんだ」


カナエが、しみじみと呟く。


「……神託も、巫女も、王子も、みんな人間なんだね。完璧じゃないからこそ、悩み、苦しみ、成長していくんだ」


涼太が古文書を掲げて締めくくる。


「歴史の中で、神託が悲劇を生んだこともある。でも、それを乗り越えてきたのもまた、人の意志と祈りだった。僕たちも、神託に頼るだけじゃなく、自分の選択を信じて進もう」


沙耶は深く息をつき、静かに誓う。


「私は巫女として、神託の光も影も受け入れます。どんな運命が待っていようとも、魂を込めて祈り続けます」


稜真もまた、力強く宣言する。


「僕も王子として、神託に従うだけじゃなく、自分の意志で未来を選ぶ。ムーの影に立ち向かうために――」


悠馬たちは、二人の決意を胸に、再び歩み始めた。


朝の光が拝殿を満たし、神託の重みと希望が静かに交錯していた――。



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