29話 「英雄の遺志と記憶の橋」
悠馬たちは再び武甲山の麓に立っていた。山頂から吹き下ろす風は、どこか懐かしい響きを運んでくる。
彼らの手には、これまでの旅で集めた神代文字の石板や木札、そしてヤマトタケル伝説の断片があった。
カナエが苔むした岩をそっと撫でながら語る。
「この岩……やっぱり何かを感じる。伝説によれば、ヤマトタケルが甲冑を置いた“イワクラ”には、神代文字が刻まれていたって。『唐の文字なき折からなれば、巌の面に御手鉾を以て神代の文字をきりつけたまひてあり』……まさにここが、その場所なのかもしれない」
涼太が古文書を手に、熱を込めて続ける。
「しかも“飯盛”という地名は、亡くなった霊をいざなう“もがり”の儀式と関係があるらしい。ヤマトタケルの魂を鎮めるために、ここで祈りが捧げられてきたんだろう。同じような伝説が青梅や長野にも残っている。各地で彼の魂を迎え、送り、祈りを刻んだ痕跡があるんだ」
レナが資料を示しながら解説する。
「神代文字は、漢字が伝わる前から日本にあったとされる独自の文字体系。カタカムナ、阿比留草文字、ホツマ文字など30種類以上が伝承されている。神社の石碑や磐座に刻まれ、神事やお守りにも使われてきた。特にホツマツタエのヲシテ文字は、五七調の長歌体で神話や歴史を記録した日本最古の書物とも言われている」
カオルが護符を握りしめ、岩の上に手をかざす。
「神代文字は、祈りや誓い、魂の約束を未来へ伝える“鍵”だった。英雄の伝説も、こうして文字に刻まれなければ、やがて忘れ去られてしまう。俺たちが今ここにいるのも、誰かが“魂の証”を残してくれたからだ」
そのとき、悠馬の手の石板が淡く光り始める。
夢の中で聞いたヤマトタケルの声が、現実の空気に重なる。
「私は、戦いの道を歩み、孤独に苛まれた。だが、最期に残したかったのは、剣や武勲ではなく、魂の証。神代文字に託したのは、未来への“記憶の橋”だ。忘却の闇を祓い、希望を繋げ」
悠馬が石板を見つめ、静かに誓う。
「タケルの魂、神代文字の祈り――僕たちが現代へ、そして未来へと受け継ぐ。英雄の遺志も、文字の力も、必ず“記憶の橋”として残していく!」
アレックスが感心して言う。
「神話や伝説が、こうして現実の土地や文字に刻まれて残るって、すごいことだよな。俺たちも、何かを未来に託せるかもしれない」
レナがタブレットを見つめて呟く。
「ホツマツタエのヲシテ文字、カタカムナ、阿比留草文字……どれも、発音するだけで場を清め、身体を温める力があるとされていた。文字は単なる記録じゃなく、魂の振動そのものだったのね」
カナエがしみじみと言う。
「英雄の遺志も、神代文字も、すべては未来への祈り。私たちが“記憶の橋”となって、希望を繋いでいく……」
涼太が古文書を掲げて締めくくる。
「ヤマトタケルの伝説と神代文字の謎。どちらも、失われた魂を未来へつなぐ“継承”の証だ。僕たちが“記憶の橋”となり、祈りの歌を現代に響かせよう!」
悠馬は石板を胸に、仲間たちと誓う。
「タケルの魂、神代文字の祈り――必ず未来へと受け継いでみせる!」
武甲山の風に、白鳥の羽が一枚、静かに舞い降りた。




