23話 「火と剣の誓い」
朝焼けの空を背に、悠馬たちは古代の剣を象った石碑の前に立っていた。
その石碑には、見慣れぬ文字がびっしりと刻まれている。
カナエが目を凝らしながら呟く。
「これ……神代文字? でも、剣の形と重なるように刻まれてる。何か意味があるのかしら」
涼太が古文書を広げて熱く語る。
「これは“草薙剣”の伝説を記したものだと思う。ヤマトタケルが東征に向かうとき、伊勢のヤマトヒメから授かった神器――天叢雲剣。スサノオがヤマタノオロチを倒したときに得た剣で、アマテラスから下賜された三種の神器の一つだ」
レナがタブレットで剣の伝承を検索し、画面を見せる。
「駿河の野で賊に囲まれ、野火に追い詰められたとき、タケルはこの剣で草を薙ぎ払い、火打石で逆に敵を焼き尽くした。それで“草薙剣”と呼ばれるようになったのよ」
カオルが護符を握りしめ、剣の前で低く呟く。
「剣はただの武器じゃねぇ。神器は“魂”そのものだ。神代文字で名を記すことで、剣に宿る神霊を呼び起こす――それが古代の“呪術”だった」
そのとき、悠馬の手の石板が淡く光り始める。
夢の中で聞いたヤマトタケルの声が、現実の空間に響く。
「かつて我は、剣に名を与え、魂を込めた。名を呼ぶことで、剣は主に応え、災厄を祓う。だが、慢心すれば、神器の加護は離れる。剣の力は、心の在り方にこそ宿るのだ」
悠馬は剣の石碑に手をかざし、神代文字をなぞる。
「“天叢雲剣、草薙剣”……この文字、ただの記録じゃない。祈り、誓い、そして呪文だ。古代人は、言葉で現実を動かそうとしたんだ」
アレックスが感心して言う。
「世界の英雄や神話も、みんな特別な武器を持ってるよな。インドラのヴァジュラ、ゼウスの雷霆、オーディンのグングニル、アーサー王のエクスカリバー……。剣は“資格”の証であり、失えば運命も尽きる」
カナエが静かに問いかける。
「でも、なぜヤマトタケルは最後に草薙剣を手放してしまったの?」
涼太が答える。
「伊吹山の神を討つとき、タケルは剣を妻ミヤズヒメに預けて出かけてしまう。自分の力を過信したのか、あるいは剣の重さに疲れたのか……。その結果、神の加護を失い、病に倒れてしまうんだ」
レナが資料を見せる。
「最期、彼は“剣の太刀、ああその太刀よ”と嘆いた。神器は英雄の魂そのもの。失えば、命も尽きる……」
カオルが護符を剣にかざし、強く言い放つ。
「神代文字に刻まれた“名”が、剣に魂を宿す。今も、御神体として祀られるのは、ただの鉄じゃなく、“祈り”そのものなんだ」
悠馬は石板を胸に、仲間たちを見渡す。
「ヤマトタケルの剣と魂、そして神代文字の祈り。僕たちは、その両方を受け継ぐ。神器の力も、言葉の力も、未来を切り拓く“誓い”になるはずだ」
その瞬間、剣の石碑が淡く光り、空に白い羽が舞い上がった。
悠馬たちは、太古の英雄の誓いと神代文字の祈りが、現代の自分たちの中に息づいていることを、確かに感じていた。