16話 「炎の深淵、神話の再生」
“火の王座”の激闘から数日。
東京の地下深く、かつての戦いの痕跡が残る祭壇跡には、未だに消えぬ焦げた匂いと、どこか不穏な残響が漂っていた。
悠馬は、傷ついた仲間たちと共に地上へ戻ったものの、心の奥では奇妙な胸騒ぎが消えなかった。
夜ごと夢の中で、炎に包まれたムーの神殿と、カグツチの影が現れる。
「……先生、顔色が悪いですよ」
小林が心配そうに声をかける。
悠馬は苦笑し、石板を撫でた。
「また夢を見た。ムーの神殿が炎に包まれ、アマテやラグナが“まだ終わっていない”と……。カグツチの末裔の気配も、消えていない」
カナエがニュース記事を見せる。
「都内で“火の浄化”を掲げる新たな集団が現れたわ。“火守”の残党だけじゃない。烈の思想に共鳴した新たな信者や、能力者も加わっている」
レナがタブレットを操作し、映像を解析する。
「この人物……“火守・燼”。全身を灰色の外套で覆い、触れたものを一瞬で灰に還す“灰化”の能力者。烈の敗北後、独自に信者を集めている」
涼太が驚く。
「“灰翁”の後継者か……。カグツチ神話の“死と再生”は、何度でも新たな火を生むってことか」
カオルも険しい表情で頷く。
「火の神の系譜は、倒しても倒しても新たな使い手が現れる。神話の“再生”は、現実でも終わりがないってことだ」
その時、アレックスが窓の外を指差す。
「先生、見てください!」
遠くの街並みで、赤い炎が夜空を焦がし始めていた。
同時に、スマートフォンに“火守”からの挑戦状が届く。
【火の神カグツチの意志は絶えぬ。再生の儀式“炎の深淵”に来い。記憶の橋の力、見せてみろ】
カナエが声を震わせる。
「これは……都心の地下鉄網を“炎の儀式”の舞台にするつもりよ!」
レナが地図を拡大する。
「“炎の深淵”の座標は、東京駅地下の旧貨物ターミナル。そこには、戦前の“火の神殿”の遺構があるはず」
悠馬は石板を握りしめ、決意を固める。
「行こう。烈や沙羅の意志を継ぐ新たな“火守”たちと、カグツチの神話の本質を見極めるために」
東京駅地下、旧貨物ターミナル跡。
そこには、炎に照らされた巨大な石柱と、灰色の外套を纏った“火守・燼”が待ち構えていた。
その隣には、烈の敗北後に現れた新たな幹部――
――火守・紅蓮童子:幼い姿でありながら、両手から紅蓮の炎を自在に操る。純粋な破壊本能と無垢な残酷さを併せ持つ。
――火守・鏡火:仮面をつけた中性的な人物。鏡面の炎で相手の攻撃や記憶を反射・逆流させる特殊能力の持ち主。
燼が静かに語りかける。
「“記憶の橋”よ。烈や沙羅の時代は終わった。これからは、灰の中から新たな神話が生まれる。“炎の深淵”で、君たちの記憶も灰に還す」
紅蓮童子が無邪気に笑う。
「全部、燃やしちゃうよ!」
鏡火が仮面越しに囁く。
「あなたたちの“光”も“希望”も、鏡の炎で跳ね返してあげる――」
悠馬は、仲間たちと身構える。
「……みんな、気をつけて。今度の“火守”は、これまで以上に強い。僕も、もう“記憶の光”だけじゃ勝てないかもしれない」
カオルが護符を構え、アレックスが拳を握る。
「でも、俺たちの“絆”は、何度でも再生する!」
紅蓮童子が両手を広げ、紅蓮の炎を放つ。
「“紅蓮爆炎”――!」
炎が地下空間を包み、悠馬たちを飲み込もうとする。
紅蓮童子の「紅蓮爆炎」が地下空間を渦巻き、コンクリートも鉄骨も瞬く間に溶けていく。
アレックスが前に出て仲間を庇うが、炎の熱気に膝をつく。
「くそっ……この炎、烈のそれよりも純粋で強い……!」
カオルが護符を構え、必死に呪文を唱える。
「陰陽破魔・水結界――!」
だが紅蓮童子の炎は水結界をも焼き切り、カオルの腕に火傷が走る。
「ダメだ……この童子、まるで“火”そのものだ!」
その隙に、火守・燼が静かに歩み出る。
彼の手が触れた壁や床は音もなく灰になり、空間がどんどん狭まっていく。
「“灰化”は、物だけじゃない。君たちの“記憶”も、灰に還してあげよう」
燼が手をかざすと、悠馬の石板の光が急速に弱まる。
悠馬の頭の中に、ムーの神殿やアマテの声が遠ざかっていく。
「……記憶が……消えていく……?」
涼太が叫ぶ。
「悠馬、負けるな! “記憶の橋”はお前だけじゃない、みんなの想いが繋がってる!」
その時、火守・鏡火が悠馬の前に立ちふさがる。
仮面の奥から、静かな声が響く。
「あなたの“光”も“希望”も、この“鏡炎”で跳ね返してあげる」
鏡火が両手を広げると、空中に現れた鏡面の炎が、悠馬の石板から漏れる微かな光を反射し、逆流させる。
悠馬は自分の“記憶の光”に包まれながら、逆に心を焼かれるような痛みを感じる。
「うっ……! 自分の記憶が、炎になって僕を……!」
カナエが必死に声をかける。
「悠馬! 負けないで! あなたの“記憶”は、あなた一人のものじゃない!」
レナが、壊れかけたタブレットを叩きながら叫ぶ。
「みんな、同時に“記憶”を放出して! 鏡火の能力は“個”の光には強いけど、“絆”の光には耐えられないはず!」
アレックス、カオル、涼太、カナエ、レナが、それぞれの大切な記憶――
家族や友、島の祈り、夢の中の神殿、仲間と過ごした日々――を心の中で強く思い描き、声を合わせる。
「“記憶の橋”は、みんなのものだ!」
その瞬間、鏡火の鏡面炎がひび割れ、反射された光が虹色に変わる。
悠馬も、石板を高く掲げて叫ぶ。
「僕たちの“記憶”は、決して消えない!」
虹色の光が鏡火を包み、仮面が砕ける。
鏡火は膝をつき、静かに呟く。
「……これが、“絆”の力……」
紅蓮童子が叫ぶ。
「やだ! 全部、燃やしたいのに……!」
だが、虹色の光が紅蓮童子の炎を包み込み、炎がやがて温かな光に変わる。
童子は涙を流し、両手を下ろす。
燼が最後の力で灰化を放つが、仲間たちの“記憶”の光に包まれて、灰は命の土へと変わっていく。
悠馬は、石板を胸に静かに言う。
「“火”は、破壊だけじゃない。灰から芽吹く命も、炎が照らす希望も、すべては記憶と絆の中にある」
燼が膝をつき、静かに微笑む。
「……君たちの“記憶”は、灰にならなかったか」
その時、地下空間の奥から、再び不気味な炎が立ち上る。
「だが、カグツチの系譜は終わらない。新たな“火の神子”が目覚める時、また“炎の深淵”が開かれるだろう」
悠馬は、仲間たちと共に立ち上がる。
「何度でも繰り返す。だけど、僕たちは“記憶の橋”として、未来を繋いでいく」
東京の地下に、再生の光が差し込む。
だが、遠くでまた新たな“火”が灯る気配があった――。
カグツチの末裔との闘いは、まだ終わらない。
悠馬たちの苦闘と希望は、さらに深い神話の層へと導かれていく――。
新たな敵キャラ・特殊能力
- 火守・燼:触れたものを一瞬で灰に変える“灰化”能力。烈の敗北後、独自の信者を集める。
- 火守・紅蓮童子:幼い姿で紅蓮の炎を自在に操る。純粋な破壊本能と無垢な残酷さ。
- 火守・鏡火:鏡面の炎で攻撃や記憶を反射・逆流させる。仮面の中性的な存在。