10話 「記憶の橋、未来への誓い」
波照間島の夜明けは、静かで美しかった。
地震と津波の混乱から数日が経ち、島の人々は少しずつ日常を取り戻しつつあった。
悠馬は、アカネの家の縁側で石板と巻物を並べ、サラ、ナギサ、佐伯教授、カナエ記者と共に集まっていた。
「……皆さん、改めてお礼を言わせてください。あの夜、先生が冷静に島の人たちを誘導してくれたおかげで、誰も命を落とさずに済みました」
サラが、静かに頭を下げる。
ナギサも、貝殻の首飾りを握りしめて頷いた。
「お兄さん、ありがとう。みんな、先生のこと“島の守り神”だって言ってるよ!」
悠馬は、少し照れくさそうに笑った。
「僕一人の力じゃないよ。サラさんやナギサちゃん、アカネさん、佐伯先生、カナエさん……みんなが一緒だったからできたことだ」
佐伯教授が、石板を手に取りながら口を開く。
「しかし……この石板と巻物、そして洞窟の石柱。これほどの証拠が揃うとは……。日本神話の根底が揺らぐ発見だ」
カナエがノートパソコンを開き、慎重な表情で言う。
「この情報、どう扱うかは本当に難しい問題です。スクープとして報道すれば、島の平穏は失われるかもしれません」
アカネが、ゆっくりと語る。
「島の神話も、記憶も、みんなで守ってきたものさ。真実を伝えるのは大事だけど、島の心も忘れないでおくれ」
サラが、石板の模様を指でなぞる。
「先生、昨夜また夢を見ました。ムーの巫女たちが“記憶の橋”を未来へ託す儀式をしていた……。その中で、アマテがこう言ったんです。“真実は、選ばれた者の手で、時が満ちるまで守られる”と」
悠馬は、夢の中でアマテから託された言葉を思い出す。
「……“記憶の橋”は、ただ過去を暴くためのものじゃない。未来への希望を繋ぐ“約束”なんだ」
佐伯教授が、真剣な眼差しで言う。
「君はどうするつもりだ? この発見を公表するのか、それとも……」
悠馬は、しばらく黙って考えた。
「……僕は、すべてを世に出すつもりはありません。石板の一部と、島の伝承の価値を学術的に発表する。でも、“記憶の橋”の本当の意味は、島の人たちと守っていきたい」
カナエが、安堵の表情を浮かべる。
「その判断が正しいと思います。私も、記事にするのは島の文化や伝承の素晴らしさに留めます」
アカネが、にっこりと微笑む。
「それでこそ、記憶の橋を渡る者だよ」
ナギサが、目を輝かせて言う。
「先生、これからも島にいてくれる? お兄さんがいれば、きっと新しい伝説が生まれるよ!」
悠馬は、優しく頷いた。
「もちろんだよ。僕も、この島で学び続けたい。ムーの記憶も、日本神話の謎も、まだまだ調べたいことがたくさんあるから」
サラが、そっと手を重ねる。
「私も一緒に……。島の巫女の家系として、伝承を守り、未来に伝えていきたい」
佐伯教授が、満足げに頷く。
「君たちのような若者がいれば、考古学も未来が明るいな」
その時、アマテの声が悠馬の心に響いた。
『悠馬……あなたの選択が、歴史を動かしました。記憶の橋は、未来への誓いです』
悠馬は、そっと石板に手を当てる。
「……アマテ、ラグナ、カグツチ……みんなの想いを、必ず未来に繋げるよ」
サラが、静かに呟く。
「ムーの民が託した祈りは、きっと日本神話の中で生き続けている。天孫降臨も、海を渡った神々の物語も、全部“記憶の橋”の物語なんだね」
佐伯が補足する。
「縄文時代の渦巻き模様や巨石文化、太陽信仰……ムー文明との共通点は偶然じゃないかもしれない。日本列島の成り立ちにも、まだ解き明かされていない“記憶”が眠っている」
カナエが、静かに言う。
「人は、失われた記憶を求めて歩き続ける生き物なのかもしれませんね」
アカネが、縁側から朝焼けの空を見上げる。
「記憶は、語り継ぐ者がいれば消えない。島の神話も、ムーの祈りも、こうして生きていくんだよ」
悠馬は、皆の顔を見渡し、深く頷いた。
「……僕たちで、この“記憶の橋”を守り続けよう。過去と未来を繋ぐために」
朝日が昇り、波照間島の空に新しい一日が始まる。
悠馬、サラ、ナギサ、そして島の人々の“記憶の旅”は、これからも続いていく――。