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序章 -壊滅-

 頭蓋の内側で反響する、強烈な耳鳴り。土埃が舞い上がるなか、アルヴィンは何とかその身を起こした。喉の奥に張り付いた土埃のざらざらとした感触に、思わず咳込む。


 耳鳴りが少しずつ引いていくのと入れ替わりに、四方から同じような咳音がこだました。

 アルヴィンはふらつきながらも、声をふり絞る。


「皆、無事か!」

「我々は無事にござる……ごほっ」


 声がした方向に振り返ると、グスタフとマリンが立ち上がっているところだった。グスタフが激しく咳込み、口から土埃が吹き出る。


「げほっ、ごほっ……しかし、今の閃光は一体……?」


 アルヴィンは戦場を――先ほどまで戦場だった場所を見て、絶句した。


 東メルヴ平野の中央に、円状の大きなくぼみができている。直径は百歩程度。草の生えていた地面が抉り取られ、黒い土が露出していた。


 その周りに、傭兵たちの体が散乱している。胴を引きちぎられた者。首から上を吹き飛ばされた者。左上半身が無くなっている者。五体を揃えた死体は、ごくわずかだった。


 死体の山の中で、わずかに残った生存者が呻いている。各々が折れた手足や潰れた目に手を当てて、激しくうなっていた。


 片や、山賊団は健在だった。千名の構成員全員が一か所に密集し、その周囲を青く透き通った光の膜が覆っていた。膜の内側の地面に生えていた草が、何食わぬ顔をして揺れている。


「まさか……実在していたなんて……」


 マリンがグスタフの背中をさすりながら呟いた。アルヴィンが吼える。


「総員、戦闘態勢!」


 起き上がった前線の兵士たちが、ふらふらしながら各々の武器を構える。


「マリン殿、わしはもう大丈夫でござる」


 グスタフが立ち上がり、鎧にこびり付いた土埃を手で払った。アルヴィンが尋ねる。


「グスタフ、動けるか?」

「もちろんにござる、坊ちゃん。わしが前線の様子を見て参りますゆえ、坊ちゃんはここで指揮を頼みまする」

「分かった、前線は頼む」


 グスタフがどすどすと足音をたてながら前線へと走っていく。アルヴィンはマリンに向き直った。


「マリン殿、的確なご助言に感謝いたします」


 アルヴィンが深々と一礼する。マリンは両手を左右にわたわたと振った。


「い、いえ、私なんて取り乱してただけで……」

「あなたの一言がなければ、我々の兵にも被害が出ていた可能性が高いでしょう。あなたは私たちの恩人です」

「恩人なんてそんな……あはは……」


 マリンの頬が緩み、若干だらしない表情になる。アルヴィンは礼から直立に姿勢を正した。


「マリン殿、スウィフティアの方々も動揺されているでしょう。一度戻られては?」


 マリンの緩んでいた顔に力が戻る。


「いえ、命令に従っていたなら、彼らも無事のはず。私はここで、戦況を見守ります」

「わかりました」


 アルヴィンは頷いた。再び戦場を俯瞰する。


 先ほどの膜は消え去り、山賊団がこちらに向けて進軍を始めていた。小走りにもかかわらず寸分の狂いもない完璧な隊列が、我が軍の兵たちを威圧する。


「あいつら、一体何者なんだ……?」

「あんな奴らが千もいたら、勝てっこねえよ……」


 前線から風に乗って聞こえてくる、絶望の声。アルヴィンの眉間に皺が寄った。


 まずい。兵の士気が下がりつつある。


 現在の我が軍は三百、対して敵は千。数に三倍もの差をつけられ、練度も敵のほうが高いと来ている。このまま士気でも押されてしまっては、我が軍の敗北は必至だ。アルヴィンの頬に、冷や汗が伝う。


「みんな、落ち着いて!」


 不意に、前線に大きな声が響き渡る。アンリの声だった。


「アルヴィンに任せなさい! こんな時のために、アルヴィンが必勝の策を準備してくれているわ!」

「左様!」


 続いて、グスタフの野太い声が響く。


「ゲオルグ様譲りの采配で、山賊団など一捻りぞ! 皆奮い立てい!」


 前線の兵か凄まじい歓声が上がる。


「アルヴィン坊ちゃんがついてくれているなら安心だ!」

「クレセント、万歳! アルヴィン坊ちゃん、万歳!」


 アンリとグスタフの活躍で、前線の士気は持ち直したようだった。しかしアルヴィンの冷や汗は止まらない。


 正直、味方にここまでの被害が出るなど想定外だ。一応、予測できる範囲で策を用意してはいたが、千もの精鋭を相手に勝てる戦術など、アルヴィンは持ち合わせていなかった。何より、先ほどの『閃光』がここに落とされれば全てがおしまいだ。


 しかし、ここで逃げるわけにもいかない。今メルヴィラへ退却すれば、山賊団をメルヴィラに連れ帰ることになってしまう。何があっても、ここで山賊団を食い止めなければならなかった。


「嫌じゃ! 離せビクトール! わしは帰るぞ!」


 ディエゴは取り乱しながら陣から逃げ出そうとするが、ビクトールがその襟首を放さない。


「今陣を出たら、敵にとっては恰好の的でございまする。こちらで大人しくなさっていた方が賢明かと」


 ディエゴはじたばたさせていた手をだらんと垂らし、うなだれた。


「はあ、ここがわしの死に場所か……死にたくない……」


 絶望の表情を浮かべるディエゴを後目に、アルヴィンはマリンに言う。


「私は全体の指揮を取りますゆえ、マリン殿には上空を監視していただきたい。先ほどの竜が現れたら直ちにお教えください」

「わかりました!」


 マリンは大きく頷いた。

 

 敵は、既に百五十歩足らずのところまで近づいてきていた。

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