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序章 -開戦-

 広大なメルヴ平野を一望できる丘の中腹から、アルヴィンは眼下に展開する軍勢を眺めていた。


 ベレウス山賊団は、アルヴィン達がいる丘のちょうど北東側、東メルヴ平原の中央部に布陣している。斧や槍で武装した山賊たちは、一様に黒い皮鎧を身にまとい、異様な威圧感を放っていた。


 彼らの規模と強さは大陸でも屈指だ。構成員の中には元軍人も多いと聞く。流石に諸国の正規軍や傭兵団と正面から戦っては勝ち目もないだろうが、各地の自警団を蹴散らすには十分すぎる練度を持っていた。実際に、カイト率いる『ホークアイ』も、その神出鬼没の奇襲戦術には手を焼いてきたのだ。


 だが、今日のべレウス山賊団の印象は少し違った。


 「布陣」と言えば聞こえはいいが、実際には陣形らしい陣形を成しているわけではない。ただただ一か所に、無秩序に寄り集まっているだけだった。


 1,000人の素人集団――アルヴィンにはそう見えた。


 片や、我が軍は隊列を整え、少しずつ敵に接近しつつあった。右翼に『ライトニング』、左翼に『ホークアイ』、正面に『獄炎』を配した陣形は、左右に大きく隊列を広げ、南西側から山賊団を押し包むように進軍していた。我が軍の数に比べれば、敵など多少大きな黒い点に過ぎなかった。


「アルヴィン!」


 声の方向に目をやると、丘の麓から、胸甲に身を包んだ影が駆けてくるのが見えた。『クレセント』の小隊長、アンリだ。小柄な体に背負った大きな戦斧が、彼女が一歩走るたびにぐらぐらと踊っていた。


 何かあったのだろうか。アルヴィンは首をかしげながら尋ねる。


「アンリ、どうした。手はずは順調か」

「ええ、大丈夫。それよりも――」

「それよりも?」


 アンリはわざとらしくため息をつき、肩を落として見せた。


「ヨハンがすねちゃって。前線で戦えなかったのがショックだったみたいね。今ニクラスが宥めてくれてるところよ」


 アンリの口調はそれほど深刻ではなかったが、アルヴィンには罪悪感が深々と突き刺さった。籠手を装着した右手で額を抱えながら言う。


「本陣警護に回されたのは、私が軍議で失敗したせいなんだ。ヨハンにもニクラスにも、悪いことをした」

「坊ちゃんのせいではございませぬ」


 傍に立っていたグスタフが割って入った。


「他の団長連中が、坊ちゃんの献策を素直に聞いていれば済んだだけの話でござる。それに、終わったことにくよくよしても仕方ありませんぞ」


 言うが早いか、グスタフが左手の平でアルヴィンの背中を力強く叩いた。あまりの衝撃にアルヴィンは大きくぐらついたが、お陰で少し気が紛れたように感じた。それに、グスタフの言う通り、今は過去に囚われている場合ではなかった。


 アルヴィンは姿勢をただすと、改めてアンリの方に向きなおった。


「引き続き、準備を頼む。ニクラスとヨハンにも、抜かりのないよう伝えてくれ」

「了解! ……あ、でも」


 大きな声で返事を返した後、アンリはアルヴィンに尋ねた。


「そこまで準備しておく必要があるのかな? どうせ他の傭兵団がやっつけちゃうんでしょ?」

「弁えろ、アンリ」


 制止するグスタフに、アルヴィンは微笑んだ。


「いいんだ、グスタフ。疑問を持つ方が当たり前だ」


 アルヴィンはアンリの目を見つめ、泰然と語りかけた。


「アンリ、私の勤めは、『最悪』を常に想定しておくことだ。10回戦って9回勝てるような戦場でも、私は負ける1回のことを考えていなければならない。それが指揮官の仕事だから」


 アンリの大きな目がぱちくりと瞬く。アルヴィンは言葉を続けた。


「『最悪』の状況になった時でも、仲間をできるだけ失わないようにしたい。今私たちに出来ることは少ないけれど、打てる手は打っておきたいんだ。わかってくれるか?」


 アンリは少し唸ったあと、笑って答えた。


「まあいいや! じゃあ、ヨハンとニクラスには伝えておくね」


 そう言うと、アンリは踵を返し、麓の方へ駆けていった。


「本当にわかっておるのか……」


 グスタフは大きなため息を漏らした。


「あのー……」


 不意に、アルヴィンの背中側からおずおずとした女性の声が聞こえてきた。振り返ると、見覚えのある人影が、木製の杖を抱きかかえるように握りしめて立っていた。傭兵団『スウィフティア』団長、マリンだ。


「一応、言われた通りに配置しましたけど……」

「ありがとうございます、マリン殿」


 アルヴィンは軽く会釈した。恐縮しきった態度のマリンに、アルヴィンは尋ねる。


「しかし、私が指示を出してよろしかったのですか? クレセントとスウィフティアは全く別の傭兵団、私が布陣を采配するなど筋違いなのでは……」

「とんでもない!」


 マリンがぐいっとアルヴィンに一歩近づき、アルヴィンは少したじろいだ。


「私たち、本当に右も左もわからなくて、すごく不安だったんです! でも、アルヴィン様達にご指図いただいて、とても安心しました」

「『様』付けはどうかおやめください、マリン殿。あなたは団長、私は副団長。あなたの方が格上のはずです」


 明らかに平常心を失っているマリンに対し、アルヴィンは宥めるように言った。グスタフは両腕を組んであきれ顔だ。


 天幕で会った際に話を聞いたところによると、マリンは帝都の魔術学校を卒業した魔術師だった。学んだ魔術を活かして一旗揚げようと、故郷の住民達と傭兵団を結成したらしい。


 『傭兵団』と言っても、団員の武装は鎌や鍬で、剣や槍のようなまともな武器を持っている者は皆無だった。魔術を修めたマリン以外は、山賊相手と言えどもほとんど戦力にならないだろう。


 行動力の高さは買うが、あまりに向こう見ずが過ぎる。戦場を舐めているのか――会って間もないグスタフから説教され、マリンはすっかり縮こまってしまった。


「じゃあ、アルヴィン……さん。この後はどうしましょうか」


 マリンの問いに、アルヴィンは少し考えてから、微笑んで答えた。


「スウィフティアの運用は、ニクラスに任せてあります。我々はここで一緒に戦況を見守りましょう」


 マリンの表情が、少しだけ和らいだように見えた。


 アルヴィンがふと隣に目をやると、ビクトールが巨大な角笛を肩に担いで立っていた。おもむろに角笛の吹き口を咥えたのを見て、アルヴィンはマリンに急いで伝える。


「耳を塞いで!」


 二人が両手で耳を塞ぐが早いか、角笛の恐ろしい重低音が東メルヴ平野に鳴り響いた。一瞬の間を置いて、前線の傭兵たちがベレウス山賊団の陣へ殺到し始める。


 戦が始まろうとしていた。やや西に傾いた太陽が、戦場を照らしていた。

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