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翌朝。
「もう、朝……」
寝不足で朝を迎えた。
今日で馬上槍試合の優勝者が決まる。
参加人数の多い剣と弓は優勝者が決定するのは、明日か明後日になるだろう。
二つに比べ参加人数が少ない馬上槍試合。
会場は朝から熱気に包まれている。
「ヴィル……」
私がヴィルの『勝利の女神』になったことで負けてしまったら……
今なら間に合う?
私が『勝利の女神』を断り、あの女性にヴィルの応援をしてもらえば……
「ん? どうした?」
「ぁっと……ヴィル……その……」
「心配するな。俺にはお守りがあるから」
「あっ」
ヴィルは甲冑の隙間から布を見せる。
それはヴィルと約束し、私が渡したサッシュ。
私なんかのサッシュがお守りになるのか分からないが、身に着けてくれている。
これから試合だというのに、ヴィルに雑念を入れるわけにはいかない。
誰が『勝利の女神』になろうと勝負には関係ない。
私は『勝利の女神』などではなく、友人として祈る。
ヴィルが怪我をしませんように。
試合が始まる。
『今日は訛りの騎士の試合からか』
本日最初の試合は、優勝候補の訛りの騎士。
田舎訛りの激しい彼はどこか遠くの辺境から訪れたのだろうと噂され、観客から支持を得ている。
そのため、今日の試合は初戦から盛り上がりを見せる。
「勝者、アンラベート卿」
応援もあり、訛りの騎士が勝ち進む。
その後も優勝候補とされる人達が順調に勝ち進み、ヴィルも決勝が決まる。
そして次の試合で勝利した者がヴィルの決勝戦の相手。
『おっ、前回の優勝者と訛りの騎士の戦いだな』
『頑張れよ、訛りのあんちゃん』
『俺は、前回の優勝者に有り金全部賭けてんだ。田舎もんに負けんなよ』
二人は今回の注目選手。
決勝戦と言われてもいい二人が戦う。
一度目の打ち合いは前回の優勝者が取り、二度目の打ち合いでは訛りの騎士。
次の三度目の打ち合いで決勝行きが決まる。
三度目の打ち合いは……
「……勝者……アンラベート卿」
勝ったのは訛りの騎士。
「あの訛りの騎士がヴィルの決勝の相手……」
決勝戦の相手が決定。
会場へ向かうと、ヴィルの姿を目撃した観客から歓声が上がる。
『あんな訛りの激しい奴になんか負けるなよっ』
『決勝戦だ。気合入れろよっ』
『俺はお前に賭けてんだ、負けんじゃねぇぞ』
観客は自分勝手ともいえる声援をヴィルに送る。
相手の訛り騎士も向かいから登場。
あちらも観客の熱い声援を受けている様子。
互いの選手紹介が始まると会場は一気に白熱する。
「ヴィル……」
こんな時、なんて声を掛ければいいのか。
応援したいのに、言葉が出てこない。
「これから勝負する奴にそんな顔を向けるな。心配するな、勝ってくる」
ヴィルはターナムから槍を受け取り駆けだす。
「ヴィルッ」
ヴィルが怪我をしませんように。
ヴィルが怪我をしませんように。
ヴィルが怪我をしませんように。
「あっ、嘘っヴィルッ」
一度目の打ち合いでは訛りの騎士の槍がヴィルの肩にあたり砕けた。
戻って来ると、ヴィルは直ぐにエディから槍を受け取り二度目の打ち合いに望む。
「……やったぁ」
二度目の打ち合いはヴィルの槍が相手の胸にあたり砕けた。
これで引き分け。
三度目の打ち合いで馬上槍試合の個人戦の勝者が決まる。
次が最後ということで、多少時間の猶予がある。
「ヴィル、先程の打ち込みでまともに食らったが平気か?」
実力者同士。
一撃を受けただけでも勝敗が決まる程の威力。
甲冑が衝撃を和らいでくれているとはいえ、怪我をしない訳ではない。
「動かせば痛みを感じる程度で行ける」
「ヴィル。相手にも疲れが見えている。条件は同じだ。気合で勝て」
ここまでくれば、気持ちの勝負だと告げるコンフィ。
「分かった」
「ヴィル、相手もヴィルの槍を交わす時の癖を見抜いている」
エディは相手側が何を会話しているのか読み取れるらしい。
「そうか」
私も何か言わないと。
激励になる言葉……
何か……何か……ヴィルが頑張れる言葉……
「ロッティ、後夜祭……俺の『勝利の女神』として参加してくれるか?」
「ん? うん。参加する。うん。ヴィル……」
『負けないで』と言うべき?
それとも『勝って』と言うべき?
だけど、その言葉がヴィルの重荷になったらと思うと続く言葉が出てこない。
「勝てよ、ヴィル」
私が何も言えないでいると、ターナムが勝利を望みヴィルの背中に気合を入れる。
「勝て」
「勝って戻ってこいよ」
コンフィもエディも続き『勝て』と言ってヴィルを送り出す。
「あぁっ」
「ヴィル……」
「……フッ、勝ってくる」
返事と同時にヴィルは最後の勝負へ駆け出す。
ヴィルにとって悔いの残る試合になりませんように……
それと、怪我だけはしないで……
「……うぉおおお」
観客が湧く中、ヴィルの雄叫びが響く。
「ヴィル……」
勝負は一瞬。
槍が破損し中央の柵を滑りながら落馬……
勝ったのは……
「勝者、ヴィルヘルム卿」
審判が宣言。
「……ヴィルが……勝ったの?」
私が見た光景は本物?
私の願望じゃない?
本当にヴィルが勝利したの?
「あぁ」
「ヴィルが勝った」
「やったぁー」
ターナム、コンフィ、エディは勝ったヴィルの元へ駆け出し、私も彼等を追いかける。
「「「ヴィル」」」
「おお」
ヴィルは兜を外し、頭を振り笑顔を見せる。
「やったな」
「おめでとう」
「優勝だぞっ」
三人が勝利したヴィルに言葉を贈ると、ヴィルと視線があう。
私にも何か求めている……
「おめでとうございます。凄い試合でした」
「ありがとう」




