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参加する競技の会場で出場選手達が並び観客に顔を見せる。
剣術や弓矢、馬上槍試合の個人戦から団体戦とある。
ヴィルは馬上槍試合の個人戦のみ参加する。
「それでは、馬上槍試合を開始する」
主人の紹介をしてから試合が開始される。
剣や弓も人気だが、一番は馬上槍試合。
迫力が違う。
「ひゃっ……大丈夫なの?」
初めて見る馬上槍試合は思った以上の迫力。
打たれた瞬間槍が破壊され、衝撃で落馬する者や、馬と一緒に倒れる者もいた。
あまりの衝撃に祈らずにはいられない。
「ヴィルが怪我しませんように」
彼の試合が近付くにつれ私の方が緊張して倒れそうになる。
選手入場門まで私もヴィルに同行。
エディとコンフィが馬の綱を引き、ターナムが試合で使用する槍を運ぶ。
「ロッティ、俺は負ける気はない。確り見ていてくれよ」
怪我が無いよう祈るあまり目をつぶっていた。
「……はい」
判定員が旗を振り降ろすとヴィルは槍を受け取り勢いよく駆けだす。
「ヴィル……」
怖くて目を瞑りたくなるも、試合から視線を背けないでヴィルを応援した。
勝負は一瞬。
結果はヴィルの槍が砕け、颯爽と戻って来た。
相手は、ヴィルの槍が命中し落馬。
落馬によって、ヴィルの勝ちが決定。
一試合で三回打ち合いするが、ヴィルは一度で勝負が決定し二回戦に進出。
「勝った……勝った……凄い、ヴィル凄い」
勝った喜びなのか、言葉を忘れて同じことしか言えなくなっていた。
「あぁ、ロッティが応援してくれたからだ」
そんなことないのは分かっている。
一撃で相手を落馬させるのはたやすい事ではない。
それはヴィルの実力。
彼が優勝候補であるのを忘れていた。
「次の試合まで時間がある、他を見て回るか?」
「この場所を離れても平気なの?」
「あぁ、二回戦までかなり時間がある。問題ない」
「なら、他の試合も見てみたいです」
「おう」
ヴィルは馬を管理小屋に繋ぎ、他の試合を見に行くことに。
大会は始まったばかり。
会場全体が熱気に包まれている。
「危ないっ、ロッティ」
「きゃっ……ごめんなさい。ヴィル……ありがとうございます」
周囲の雰囲気に感化され私も浮かれ注意力散漫となり、更には露店が所狭しに並び入り組んだ通路となっている。
お祭りのような場所を歩いた事のない私は、人混みですれ違う人にぶつかり転んでしまうところをヴィルに引き寄せられた。
「気を付けろ」
「……はい」
転びそうになったことに気を取られていたが、その後からヴィルとの距離が近付き肩を抱かれていた。
ヴィルの行為は危険回避のためだと分かっている。
彼の優しさを勘違いしてはいけない。
自分に言い聞かせるも、彼の手を意識せずにはいられなかった。
他の競技場へ向かう間、ずっと心臓の音を感じていた。
『おぉっ』
突然周囲から大きな歓声が沸く。
「なっ、なっ、なんですか?」
「今、勝敗がついた」
勝敗がついた?
決定的瞬間を見逃してしまったのは残念だが、周囲は少しでも一回戦を突破した者を称えようと距離を詰める。
そんな彼等に押され私も身動きが取れなくなり流される。
「ロッティ、大丈夫か?」
「あっはい」
気付いた時にはヴィルに抱きしめられ、彼の心臓の音を聞いていた。
「この場を離れよう」
ヴィルの提案に何も答えられない。
離れたい気持ちと、もう少しだけこのままでと思う自分がいた。
私が答えに困っているのを人込みで苦しんでいると受け取ったのか、ヴィルに肩を強く抱かれ人混みをかき分け歩き始めていた。
「大丈夫か?」
「はい」
「さっきの試合の勝者は、剣の大会の優勝候補だ。他の試合であれば、あそこまでじゃない。次の試合はもっと余裕があるだろう」
彼の言葉通り次の試合が始まると先程の熱気は治まりゆとりがある。
落ち着いて観戦。
それでも打ち合いは迫力があり、見入ってしまう。
「あの騎士は新人らしいが、いい線行くんじゃないのか?」
「分かるんですか?」
「雰囲気で何となくな。粗削りだがセンスがいい」
試合を観戦していると、初めは相手方が優勢に見えたのだが決めたのは新人の彼。
その瞬間歓声が沸く。
「勝った……彼、勝ちました。凄い、凄い。彼、本当に勝った」
ヴィルの言葉通り、新人の彼が勝った。
この場にいた者は彼の勝利について騒めいている。
誰も、彼が勝つとは思っていなかった……ヴィル以外は。
彼とはなんの関係もないのだが、ヴィルの予想が当たった事が嬉しくて私は彼の勝利を喜ぶ。
勝利した彼は会場を見渡すので顔を確認することが出来た。
ヴィルと年齢はそう変わらない。
きっと、二十代前半。
彼は知り合いでも見つけたのか、剣を掲げ合図をしていた。
彼の視線の先に『勝利の女神』がいるのだろう。
勝利した彼に、私は拍手を送る。
「そろそろ移動するか」
「はい」
剣の会場を後にする。
露店を観つつ、大会を充分楽しんだ。
大会は一日じゃない。
今日全てを見る必要はない。
一度馬上槍試合の方へ戻る。
「おぉ、戻ったか」
「ターナム試合はどうだ?」
「中央の柵が壊れて、今補修中だ」
会場を見渡すと、仕切りの柵が中央辺りで破壊されている。
「選手は大丈夫だったの?」
柵が破壊される程の試合。
きっと、選手も無事では済まないはず。
大怪我でないと良いんだけど……
「あぁ。問題ない」
「では、この後の試合は中止ですね」
柵が壊れてしまったんだ。
試合の続行は難しいだろう。
「いや。その部分だけ交換すれば問題ない。よくある事だ」
よくある事?
試合中に柵が壊れる事はよくある事なのか……
怖いが、よくある事なら心配いらないのだろう。
その後、柵は手早く補修されると試合は再開。
何組が試合をすると、再び柵が壊れる程の勝負が起きた。
勝負が激しく刺激が強くなればなるほど、歓声は一際大きくなる。
試合が盛り上がれば盛り上がるほど熱気が溢れ、会場が狂気に包まれていく。
出場者が倒れ起き上がれないでいるのに、観戦者の興奮は高まる一方。
初めて見る光景に恐怖が生れる。
「あの……私、少し離れます」
人込み、熱気、狂気。
初めての体験に、頭が追いつかず怖くて堪らない。
司祭様は、大会は『悪魔の囁き』だと話していたことがある。
その言葉通り、大会という悪魔に魅入られているようで私には会場の熱気が怖かった。




