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バルリエ公爵家。
「カルロッタが行方不明? どういうことだ?」
「お嬢様は町に行きたいとおっしゃい、夕刻に迎えに行ったのですが約束の場所にはお出でにならず……」
カルロッタを町まで送った御者が公爵に追及されていた。
彼らがカルロッタ不在に気が付いたのは夕刻過ぎ。
慌てて戻った御者によって。
それまで、カルロッタがいなくなっていた事にも気が付かなかった。
「消えたというのか? 町中を隈なく探せ」
公爵の指示で騎士達は港付近まで隈なく捜索するも、カルロッタが発見されることはなかった。
「お姉様いなくなっちゃったの? 」
「大丈夫よ、見つかるから」
心配するソレーヌを安心させるように宥める夫人。
「私のせいだわ」
「どういうこと、ソレーヌ?」
「私、願ってしまったの。お姉様が消える事を」
「カルロッタと喧嘩でもしたの?」
「お姉様と婚約についていろいろと……それで……願ってしまったの。お姉様が消えてほしいって……」
「ソレーヌ。いくら祈ったからと言って、カルロッタは消えたりしないわ」
「私はやはり聖女です。お姉様が消えたのは私のせいだわ」
「ソレーヌ、貴方は聖女ではないと判定されたでしょ」
「どうして信じてくれないのですか? 私は本物の聖女です。お姉様の事も私が祈ったから消えてしまったのです」
「そこまで言うなら、カルロッタが帰ってくるように祈りなさい」
「それは嫌です」
「どうして」
「私がお姉様の代わりにシュルベステル様と婚約いたします」
「ソレーヌ、まさかカルロッタに何かしたのではないでしょうね?」
「なっ、お母様は私がお姉様に危害を加えたと思っているのですか?」
「そうではないわ……ソレーヌ、お願いだからカルロッタの事で知っている事があれば全部教えて」
「話したではありませんか、私が祈ったからお姉様が消えてしまったのだと」
「もういい。二人共静かにしてくれ」
夫人とソレーヌの会話を黙って聞いていた公爵が二人を制する。
「あなたっ……」
「お父様?」
「捜索はこのまま続ける。万が一カルロッタが見つからなかった場合、王族へは私から報告し婚約についても再度検討を申し出る。王宮での王妃教育だが、カルロッタがいない以上ソレーヌが受けなさい」
「はいっ」
行方不明の家族を心配している両親に対して、ソレーヌだけは嬉しそうに返事をする。
その姿に誰も彼女を聖女だとは思っていない。
「カルロッタが突然姿を消したのです」
公爵は王宮へ出向き、カルロッタが行方不明となった事を王族へ報告。
聖女偽証を帳消しにする為の婚約であるにも関わらず逃亡となれば、今度こそ処罰は免れない。
苦し紛れに公爵は……。
「ソレーヌが祈ってしまったのです」
ソレーヌは教会も王宮も聖女ではないと判定を下した。
そんな令嬢が祈ったところで何も起こらない。
だが、今はそれしか言い訳が出来なかった。
「バルリエ公爵、以前判定したがソレーヌ嬢に聖女の能力は見受けられない。令嬢が祈ったところで人は消えない」
「ですが、カルロッタは消えたのです」
「逃げたのではないか?」
「逃げる? どうしてですか? カルロッタはシュルベステル王子の婚約を一度は妹の気持ちを汲み断りましたが、内心は喜んでおりました」
今まで黙っていたシュルベステルが表情を変える。
「カルロッタは私との婚約を喜んでいたのか?」
「当然でございます。ですが、カルロッタは妹思い。ソレーヌの気持ちもあり素直に婚約を受け入れることが出来なかったのです」
「そうだったのか……」
公爵の言葉に嬉しそうな表情を見せるシュルベステル。
「ソレーヌの祈りでなければ、カルロッタは何かの事件に巻き込まれたのかもしれません。現在公爵家の騎士により内密に捜索しております。他貴族に知られないよう、その間ソレーヌがカルロッタの身代わりで王妃教育を受けることの許可を頂けないでしょうか?」
「……そういう事なら、許可する。王族の騎士も捜索に加えよう」
「ありがとうございます」
バルリエ公爵家の騎士と王族の騎士でカルロッタの捜索が開始。
その間、ソレーヌは王妃教育の為に王宮へ。
「ソレーヌ。殿下との婚約を発表するまで他貴族に知られぬよう、安全の為外見を変えて登城するように」
「はいっ」
カルロッタの身代わりとは知らないソレーヌ。
公爵の『貴族の混乱を招かない為の判断だ』という説明を素直に信じる。
外見で判別されないよう恰好を変え、家紋の無い馬車で移動し王宮へも使用人の出入り口を使用。
全ては、いつカルロッタが戻ってもいいように。
「カルロッタはまだ見つからないのか?」
焦りを隠せない公爵は騎士に捜索状況の報告を苛つきながら受ける。
いくら捜索してもカルロッタの行方どころか目撃情報すら掴めず。
「お父様、お母様。今日も行ってきますね」
両親が日に日に余裕を失くしているのに気が付かないソレーヌ。
「いいか、ソレーヌ。王宮では顔を隠し、万が一聖女や王子の婚約者について尋ねられても何も言うな」
「……はい」
身代わりとは知らないソレーヌは、本日もご機嫌で王妃教育を受けに王宮へ向かう。
と言っても、王妃教育がまともに行われたのは最初の三日。
その後、厳しすぎる授業にソレーヌは……
「あなた、わざと私に嫌がらせのような授業をしているのでしょ? 私が王子の婚約者だと知った誰かに依頼されたのね? 誰よ? 誰の差し金? いい? 公表されていないけど、私は聖女なのよ。聖女の私に嫌がらせする事がどんなことなのか、あなたは本当に分からないの? 国が災害に見舞われているのは、私への対応を知った神様からの警告なのよ。全ての人間は聖女である私を優先しなければならないの、分かった?」
ソレーヌのあまりの啖呵に、王妃教育を任命された者は教育担当を辞退。
その後、採用された者も数日もしないうちに王宮を去り残ったのはソレーヌのご機嫌取りをするような人材ばかりに。
そんな状態なのでソレーヌはまともな教育を受けることなく、王宮で顔を隠すこともなく優雅に過ごしている。
我が物顔で王宮を過ごすソレーヌの姿が頻繁に目撃されていることで、婚約者はソレーヌなのではないかと噂が立ち始める。
「ソレーヌ様。最近王宮へ頻繁に出向いているようですが、もしかして……その……王子と?」
令嬢達のお茶会に招待され参加した際、確認を求められたソレーヌ。
「そのことについて私からは言えないんですが、皆様の期待通りの報告が王族や教会からされるのは近いかと……んふっ」
『王族』や『教会』と言うと自然と浮かぶのは『王子の婚約者』『聖女』という立場。
ソレーヌの発言は一気に社交界に拡散された。
噂を耳にした貴族達の反応は……
「……本当にソレーヌ様が聖女なのでしょうか?」
「教会は何度も確認してソレーヌ様は除外されていましたよね?」
「偽証となればどうなるか、令嬢も理解されているでしょうから本当なのでは?」
「あれから問題が解決するどころか、あちこちで問題が多発しているというのに……」
「この状況であの方、よく聖女と宣言できますね」
「では、国がここまで混乱しているというのはソレーヌ様が関係しているということ?」
「まさか……ソレーヌ様が、このような状況を望んでいたと?」
聖女と正式に公表した訳ではないがソレーヌ本人の発言により、貴族達は表面上ソレーヌのご機嫌取りをする。
だが裏では、偽証ではないかと疑いの目を向ける。
彼らの視線の意味に気付いているバルリエは、断定する事は避け誤魔化す事に必死。
その間、国は災害に見舞われ衰退していく。
カタカタ……パシッ……
「なっ、何だ今の音は?」
「……風で枝が折れ窓に当たったものかと」
過敏に反応する公爵に使用人が答える。
バルリエ公爵夫妻は些細な物音に過剰反応し、邸から出る事が少なくなった。
彼等は、いつ「本物の聖女はカルロッタで、ソレーヌが身代わりではないのか?」と確認を求めに人々が押し寄せてくるのではないかと恐怖していた。
そして、押し寄せた人々によって……
「ソレーヌ、聖女や王子との婚約については口外するなと言ったはずだ」
「私は何も言っていませんよ。皆さんが勝手に噂しているだけです」
ソレーヌに忠告するも噂は止むことが無いどころが、最近では手紙や贈り物が毎日のように届く。
公爵夫妻は夢の通りになっていく現実に、恐怖が日に日に増していく。
「カルロッタ……頼む、戻ってきてくれ……お前の方が聖女に見える……後押しするから戻ってこい……」
公爵の切なる願いは叶えられることなく、カルロッタが戻ってくることは二度となかった。
聖女であるかのように振る舞い続け、今の状況にご満悦のソレーヌ。
実際は、貴族や平民だけでなく教会や王族までも敵に回していることに一切気付いていない。
事実を公表する為に王宮騎士団が彼らを罪人として連行するのが先か、現状への不満が爆発した貴族や平民が公爵家に雪崩込むのが先か……
押し寄せる国民から今回は上手く逃げ切れるのか……
それは神のみぞ知る……




