39
<記憶のある者>
<バルリエ公爵夫人>
「きゃぁぁああ」
「奥様どうされました? 」
「えっ? はぁはぁはぁ……何……夢? 」
長い夢を見た……
私の弱さを延々と。
長女のカルロッタは夫の母にとても良く似ていた。
私はあの人が苦手だった。
嫁いで早々、嫌味の嵐。
『あなたは公爵夫人なのよ、この程度の事が出来なくてどうするのです?』
『伯爵令嬢程度が公爵夫人になるのよ、実家の事は忘れなさい』
『本当なら貴方ではなく名家の令嬢を望んでいたのよ。幸運に感謝なさい』
『はぁ……あの方も伯爵令嬢を選ぶだなんて信じられないわ』
『いいこと、我が家の名誉の為にも粗相など許しませんからね』
それからの私は公爵夫人に相応しくあるようにと、義母から厳しい教育の数々を耐え抜いた。
それはもう、逃げ出したくなる程の毎日だった。
私は公爵に憧れもあり嬉しいと思っていた婚約だったが、結婚してから知った。
「旦那様は本日も愛人の邸宅みたいですよ」
使用人が話しているのを偶然聞いてしまった。
私に必要ない場所とは言われたが、一応洗濯場や調理場などにも足を運び公爵夫人として挨拶をしようと一人屋敷内を歩いている時だった。
「……愛人……」
夫を疑いの目で見れば、色々と痕跡はあった。
だからと言って、私が蔑ろにされたことは無い。
帰宅が遅い事や、女の残り香を身に纏っている。
それ以外には……夫の体に私の知らない痕があるくらい。
気付かないフリをしていれば、家庭は円満……
子にも恵まれた……
「男じゃないのね……」
義母の第一声。
その瞬間、生まれたばかりの子が可愛く思えなくなってしまった。
生れたばかりの子は髪も瞳も義母を思い出させ、成長するにつれ顔もあの人に似てきたように思えてならない。
必死に努力するあの子を褒めたいのに、私よりも優秀で気品があり公爵令嬢に相応しいと思うと認められなかった。
二年後、ソレーヌが誕生した。
「お母様ぁ……」
「どうしたの? ソレーヌ」
ソレーヌの外見は、幼い頃の私にとても良く似ている。
「私、お姉様みたいに上手にダンスできません……」
「そんな事無いわ、貴方もとっても上手よ」
ソレーヌはカルロッタとは違い優秀ではなかった。
それが私を安心させると同時に、私の遺伝子は欠陥であると見せつけられているようだった。
私はカルロッタには厳しく接し、ソレーヌは何でも買い与えワガママも許した。
そんな私を気遣い、使用人もソレーヌを優先するように。
「カルロッタが……聖女?」
本来喜ぶべき教会からの報せ。
私は心から祝福は出来なかった。
そして……
「お母様、私が本物の聖女なんです……」
ソレーヌの信じられない発言に理解が出来なかった。
教会は聖女をカルロッタと判定し、王族も認めた。
それが間違いだったなんて……
頭の片隅ではソレーヌが本物の聖女ではない、姉に憧れる発言だと分かっていた。
だけど、なんでも優秀に熟すカルロッタに一度くらい私の屈辱を味合わせてやりたいと思ってしまった。
「そうね、ソレーヌ。貴方こそ、本物の聖女だわ……」
ソレーヌが聖女でなかったとしても、『聖女だと思い込んでいた』と言えば大事にはならない……
そう自分に言い聞かせた。
「本物の聖女を追放し、能力のない娘を聖女と偽証した。これは罪深い。だが、王家も判断を誤った。バルリエ公爵家だけを責めるつもりはしない。だが、公爵家にとって王都は雑音が気になるんじゃないか? 少し静かなところで噂が落ち着くのを待つのも悪くないだろう」
国王の決定は私達を心配しての言葉ではなく、本物の聖女を死に追いやった私達を王都から追放したかったと分かる。
「……ありがとうございます。領地で休息を頂きたいと思います」
大人しく国王の決定に従う。
聖女と偽証してから、安定していた国は大きく傾いた。
殺伐とし、不穏な空気が漂うほど……
いつ国民の不満が我が家に向けられるのか不安な日々を過ごしていたので、国王の判断は正しい。
荷物を纏め領地へ出発する日。
ガシャーン
「なに?」
窓ガラスが割れる音が屋敷に響いた。
その次の瞬間。
「嘘つき聖女は何処だー」
叫び声に体が硬直。
聖女を偽証し国が衰退し混乱、その不満の捌け口に我が家を襲撃に来たのだと直感した。
「お……お母様?」
「ソレーヌ、早く馬車に乗りなさい」
既に準備は整っていたので、邸に乗り込んできた者に目撃されることなく私たち家族は領地へ出発する事が出来た。
だが領地に向かう道中、馬車が大きく揺れた。
「おいっ、どうしたっ」
夫が御者に大声で様子を尋ねるも返事がなく、状況を呑み込めないまま馬車は大きく傾き落下していった。
「きゃぁぁぁぁああああ……ぐぁっ……あ゙あ゙っ」
強い衝撃と共に何かに押しつぶされるような感覚。
痛い……助けて……誰か……苦しい……
赤く染まる視界。
しばらくすると馬車の外の誰かの会話が聞こえた。
これで助かると思った……
「証拠が残っているかもしれない。火を点けるぞ」
恐ろしい会話が聞こえ、不安でいると、熱い空気に包まれ始め馬車に火を点けられたのだとわかった
恐怖と苦しみの中、意識を手放した。
私が最期に思ったのは……
カルロッタ……ごめんね……
目覚めると見慣れたベッドにいた。
痛みもなく、怪我もしていない。
「あれらは……全て夢だったの?」
本当に体験したような感覚だったが、あれは単なる夢?
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
乱れる呼吸を整えながら頭を整理する。
私には予知夢などの能力は無い。
深層意識で何の罪もないカルロッタに申し訳ないと思っていた私が見せた夢なのかもしれない。
「お義母様から受けた苦痛を娘のカルロッタに向けるなんて……」
親としてあるまじき行為。
あの夢は現実ではない。
心の奥底に沈めた私の良心を呼び起こしてくれた。
「カルロッタ……私はこれから、良い親になるわ……あなたが聖女に選ばれたら、私はあなたを否定しない。ちゃんと聖女のお母様をするわ」




