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 <記憶のある者>


 <使用人・セシリー>


「お姉ちゃん……苦しいよ……」


「ごめんね……ごめんね……」


「また……聖女様に祈って貰えないの?」


「聖女様は……」


「……僕が悪い子だから? 」


「違うっ違うの……お姉ちゃんが間違ったの……ごめんね……ごめんね……」


「お姉ちゃん……聖女様のお姉ちゃんの事……僕、悪く言ったから、怒っちゃったのかな?」


「違うの……トレビーは悪くない、トレビーの責任じゃないの……」


「……ゴホッ……ゴホッ……」


「トレビー? トレビー……ごめんね……ごめんね……」


 あの日、私は愚かな事をした。

 人生最大の愚かな選択。


「聖女はやはり、ソレーヌ様だったのですね」


「貴方はお姉様付きの使用人でしたね」


「いえ。私は聖女様付きの使用人、セシリーと申します」


 以前までは別の令嬢の世話を率先していた……

 まさか、偽物とは知らず。

 今度こそは間違ったりしない。


「そう。聖女付きの使用人、セシリーね」


「ソレーヌ様、なんなりとお申し付けください」


「フフ……それだと、お姉様が大変なんじゃないかしら?」


「聖女様はやはりお優しいのですね。では今後もカルロッタ様のお世話を担当させていただきます。ソレーヌ様の御用が無い時に」


「それがいいわね。私には沢山の傍付きがいるもの……そうだっ、今度私の婚約を祝ってくれるという令嬢がお茶会を開催してくれるの。参加するには色々準備が必要なのよね。誰か手伝ってくれないかしら? 」


「では、私が」


「セシリーは忙しくないのかしら? 」


「私の第一優先は聖女様ですから」


「嬉しい」


「聖女様……あの時は、ありがとうございます」


「んふ? 気にしないで」


 私が詳しく話す事などせずとも何を言いたかったのか察してくれた。

 聡明な方だ。

 教会へ向かう聖女様の後ろ姿を見送る。


「やはり、弟の病気を治してくれたのはソレーヌ様だったのね……」


 その後も私は聖女であるソレーヌを優先した。

 優先した結果……


「はぁ……カルロッタ様、起きてください。 カルロッタ様っ……もう、いい加減起き……えっ……そんなっ……どうしよう……どうしよう……ソ……ソレーヌ様……ソレーヌ様……」


 日に日に痩せ細り、日がな一日中外を眺めているかソファに座っている姿だった。

 最近では声を掛けるべきか悩むも、聖女と偽証したカルロッタ様を許すことが出来ず目を背け続けていた。

 弟を助けてくれた恩人を間違えた自分の愚かさを、カルロッタ様を蔑ろにすることで帳消しにしようとしているのかもしれない。

 だけど、死ぬなんて思わなかった。

 貴族を死に追いやったとなれば私は……


「セシリーどうしたの?」


「……カルロッタ様が……」


「お姉様がどうしたの? 」


「……息を……息を……しておりませんっ」


「お姉様がっ? 」


 ソレーヌが確認するというので私達だけでカルロッタ様の部屋へ向かう。

 手遅れだと分かりながら、聖女のソレーヌがいれば生き返るのではないかと在りもしない希望に縋った。


「死んでるのね……お姉様は、自身が聖女じゃないと知り落ち込んでいたから。私がいくら声を掛けても聞き入れてくれなかった……セシリーも心配して、あんなに尽くしてくれていたのに……皆を心配させておきながら、お姉様は自分勝手に……なんて酷い人」


 ソレーヌ様は何を言っているの?


「ソレーヌ様? 」


「お父様もお母様もこれで、過去の瑕疵から解放されるのね」


 姉が亡くなったというのに、悲しむどころか望んでいたように聞こえる。

 ソレーヌ様に対して初めて疑念を持った。

 

「はぁ、お姉様の死と私の結婚は関係ないでしょう。皆どうしてお姉様を気にするのかしら。嘘つきがどうなろうと、どうだっていいじゃない」


 聖女とは思えぬ発言。

 次第に恐ろしく感じ、私は聞こえないフリをし目を背け考えないようにした。

 だけど、嫌な予感程当たるもので……


「私が聖女じゃない? それは何かの間違いよ」


 教会や王宮から通達があり、ソレーヌ様は取り乱した。

 その知らせを立ち聞きしてしまった私は膝から崩れ落ちた。


「ソレーヌ、カルロッタから聖女を引き継いで何を祈りどんな成果を果たした? 」


 旦那様とソレーヌ様の会話を呆然としながら聞いていた。


「お姉様の事を思うと集中力が乱れてしまい……」


「一つも成果は現れていないのを認めるんだな」


「これからは聖女として能力を発揮します」


「あぁ、そうしてくれ。王族主導で聖女の再調査が行われる」


「えっ……再調査? どうして?」


「どうして? お前が聖女となってから国は混乱、一度解決した問題も再浮上。聖女の能力を確認する必要があると判断されるのは当然だろう」


「お父様は私を信じていないのですか? 」


「我が家から二人も偽証聖女が現れたとなれば、信用は失墜。貴族として生きられるかどうかは王族次第だ」


「だったら尚更っ」


「もう手遅れだ」

 

 手遅れ……

 結果は……既に?


「ソレーヌは聖女ではなかった。だが、王族の寛大な処罰のおかげで貴族ではいられる……王都に足を踏み入れないという条件付きでだ」


 再調査すると会話してから一月もしないで王宮からの結果が届く。

 

「この屋敷は手放すことになった。使用人は全員新たな職を探してくれ」


 私を含めた使用人は全員紹介状を持たされ、月の中途半端な時期だが給料の一カ月分が手渡された。

 使用人達の反応は


「紹介状を持たされても、偽証聖女家で働いていたと知られたら雇ってもらえないわよ」

「次の仕事が見つかるまで給料分だけなんて少なすぎる」

「セシリーはあの二人と近かったわよね? 気付かなかったの? 」


 聖女と偽証した二人に近しい私だったが何も言えず、首を振るしか出来なかった。

 

「セシリー、トレビーの体調は? 聖女様に祈って貰って元気になったって言っていたけど、その後どうなの?」

「そうよ、トレビーの体調が回復したのならどちらかは本物の聖女だったんじゃないの?」

「なら、私達は聖女に仕えていたってことになるんじゃないの?」

「で、どうなの?」


 状況を一変する言葉を待つ皆。

 だけど、私が言えるのは……


「それが……あの子、ここ最近また悪化して……」


「そんな……」

「それって……」


 はっきりと言わなくても、皆察した。 

 私は間違った。

 私は屋敷を去る前に、あの方が過ごした場所へ向かった。

 

「ここで……」


 あの方の部屋をまともに見たの久しぶり。

 仕事も食事を運ぶ程度で掃除なんてほとんどしていない。

 床は歩いた足跡がはっきりと分かる程の埃。

 換気もされておらず、ここにいるだけで体が悪くなる。

 これでは、私があの方を殺したようなもの……

 解雇された皆が荷物の整理し屋敷を去る準備をしている中。

 私はあの方の部屋を掃除し始めた。


 ガシャーン


『……どこだぁ、どこにいるぅ』


「なっ何?」


 窓が割れる音と叫び声。

 怖くて震えながら外を覗く。


「……ひっ」


 多くの人が屋敷に雪崩れ込む。


「キャー」

「誰かぁ」

「私は関係ないわ」


 至る所から叫び声が屋敷中に響く。

 私は耳を塞ぎ部屋に隠れる。

 見つけられたら私も引きずり出され、先に見つかった人間と同じような扱いを受けるのだろう。

 

 ……だけど、私が隠れている部屋の扉が開くことは無かった。

 窓から外を覗くと、高価な物を抱えた人達が去って行く。

 公爵家はたった数時間で荒れ果てた姿に……

 ある程度の物が持ち出され、邸が静まり返る。

 使用人の恰好でいることが危険と判断し、まとめた荷物の中から私服に着替えた。

 

「ふぅ……」


 意を決して扉を開ける。

 周囲に人がいないことを確認し、廊下へ。

 まだどこかに誰かいるかもしれないと、神経を集中させる。

 使用人しか知らない目立たない通路を選択。

 それでも、先程まで会話していた使用人の姿を発見。

 息をしているかは……怖くて確認できなかった。

 彼らを跨ぐように進み、ようやく外へ。

 それからは一目散に家を目指した。


「トレビー」


「……ゴホッゴホッ……おねぇ……ちゃん?」


 私は何とか無事に家に到着した。

 その後は、顔を隠しての生活。


『公爵家の使用人は全員酷い扱いを受け多くが亡くなったらしいな。生きてる奴らも生きているとは言えない姿らしいぞ』


 街を占める噂は聖女と偽った公爵家の話で持ち切り。

 災害が続き、国も不安定。

 王族によって今代の聖女はソレーヌではなかったと公表されたことで、公爵家が襲撃された。

 国民の不満の捌け口にされたようだ。

 暴徒化した国民に私が聖女を見捨て偽証聖女の使用人だと知られてはどうなるか……

 

『公爵一家が乗った馬車は細工されてたらしいな』

『俺は、殺害されたが証拠隠滅で転落させたって聞いたぞ?』

『どちらにせよ、聖女を偽証した奴らには天罰が下ったってことだろ』


 公爵一家は領地へ逃げ切ったと思っていたが、そうではないらしい。

 私以外の使用人も無事に生き残っている人間がいるのかどうか…… 


「もしかして、生き残ったのは私だけかも……」


 再び体調を崩したトレビーを抱え、貧困地区へ逃げ込んだ。

 古い建物に身を隠しながらの生活。

 外出する時は顔を隠し、周囲と接触しないよう気を付けて行動した。

 身を隠しながら、公爵家からの最後の給金だけが頼り。

 

「お……姉……ちゃん……ひゅぅっ……ひゅぅっ……」


 トレビーは苦しそうな息をするようになった。

 聖女様によって回復したが、再発。

 何の力もない私が看病するもトレビーは日に日に弱っていく……


「トレビー? トレビー……ごめんね……ごめんね……」


「お……ねぇ…………」


 トレビーは息をしなくなった。

 その後噂ではバルリエ公爵家だけでなく、誤認判定した司祭も暴行され亡くなったと聞く。

 私は毎日が怖くて堪らなかった。

 人と拘らないよう俯き姿勢を悪く、老人に見えるよう装う。

 

「どけっ」


「えっ?」


 後ろから突然突き飛ばされ階段を転げ落ちていた。 

 身動きが取れないでいると、人の気配が。

 彼らは私を助けに来てくれたのではない。

 私の衣服を探り、金目の物をあさっている。

 残り僅かだった給金を発見しそそくさと去って行く。

 そして雨が降り出す。

 頭を強打した事で立ち上がれず、私は雨に打たれ続けた。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……


 神様……

 私は愚かなことをしました。

 許してくださいとは言いません。

 もし叶うなら

 あの方に誠心誠意仕えます。

 今度は間違いません。

 だから

 神様……

 私に、もう一度チャンスを……


「……ここは?」


 目覚めると私はいつものように公爵家の掃除をしていた。

 

「時間が……戻った? これは夢ではない? 」 


 死に際の私の願いは叶えられた?

 

「これは、神様が私に与えてくれたチャンス。今度は、絶対に間違えたりはしません……ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」

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― 新着の感想 ―
シナリオのために設定が作られている様に感じる。 ここまで聖女の祈りに社会が依存しているのに、、、とか話の中の社会構造が変。
いや本気で反省してるならまず前週でカルロッテを見捨てたことを本人に打ち明けて謝罪するのが筋だろ なんで弟をとりあえず助けてくださいになるんだこの女
ここまで来ると、カルロッタ以外の登場人物全員への2回殺しですね。グッドジョブ。 あと、カルロッタは天然なのか思い込みが強いのか…簡単に情にほだされない所、イイね!
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