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〈前回〉
「エルディトム司祭、多くの貴族から手紙が届いております。ソレーヌ嬢の聖女の能力は確かだったのかと……」
「それは……」
「あの時はソレーヌ嬢の言い分を信じ、我々はカルロッタ嬢の能力を否定しました……本当はカルロッタ嬢が聖女様だったのではないでしょうか? 」
「……私も……カルロッタ嬢が亡くなってから不審に思うようになっていた……」
「では……我々は誤った判断をしたということに……このことを王宮に?」
「……報告は……する」
教会では誤った判断を下した事を酷く後悔している。
それでも、真実を公表するのには躊躇いがある。
正当な評価をしたと思っているが、王子の威圧的な態度……
教会が王族の意を汲み判断を下していないとは……正直断言できなかった。
教会も王宮からの支援を受け成り立っている。
穏便な解決策を模索していた。
偶然とはいえ、ソレーヌは奇跡を起こした。
教会はソレーヌが聖女と思い込むように。
教会の判断で本物の聖女を偽者と判断し、直接的には関係ないが死に追いやったのは事実。
その事がどう判断されるのか……
「……ソレーヌは聖女ではない? 今更そんなことを……司祭も確認しただろうソレーヌが聖女だと」
シュルベステルは国が今までにない程混乱している事を司祭に追及しに来た。
聖女がいるのにどうしてこんなにも災害が続くのか。
「あの時は偶然が重なり誤った判断を下しました。真実は……カルロッタ・バルリエ公爵令嬢が聖女です。聖女の再検討は急ぎ過ぎました。もっと時間を掛けるべきだったのに……」
「私が急かしたと言いたいのかっ」
「いえ、そのようには……我々は、聖女を誤認したのではないかと気が焦り誤った判断を下したのです。間違ったのなら間違いだといち早く公表するべきなのです」
「……ふざけるなっ、公表などしない。司祭も聖女を死に追いやった原因の一つであると自覚し、謝罪で済まされると思うなっ」
ソレーヌが聖女ではない?
カルロッタが本物の聖女だった?
そんなこと今更言われても……
啖呵を切って教会を後にするも、取り返しのつかない現実に頭が回らない。
いや、悪い事ばかりが思い浮かぶ。
父に知られないよう司祭には公表させないよう手を回し、誤った責任をどう押し付けるかばかり考えている。
「どこから間違えた?」
過去を振り返る。
『シュルベステル様……』
ソレーヌが涙ながらに訴える。
『本当は私が祈りを捧げています……お姉様に懇願され断れなかったんです』
カルロッタが聖女となり数年。
国を治める者として、聖女を見誤る事は許されない。
なので、シュルベステルはすぐに教会へ向かい司祭に訴えた。
真実であれば、大変な事。
教会はソレーヌの能力の確認に動く。
「祈りを捧げます……」
「待ってください、祈りの内容は……」
何かを指示する前にソレーヌが祈りを捧げてしまうので、確認の為に集められた者は邪魔にならないよう静かに見守る。
「……あっ、雨が止みましたね」
どのくらい経過したのか分からないが、その間に雨が止んだ。
「ふぅ……皆さん。私は今、雨が止みますように……と祈りました」
雨がやんだことでソレーヌは祈りを終えて宣言した。
立ち会っている者は互いに見合わせる。
天候は変わりやすく、それだけで聖女と判断する事はできない。
最近は頻繁に通り雨が降る。
三十分から一時間程で止むことが多いので、今日もその可能性がある。
「なぜ、雨について祈ったのですか? 事前に祈りの内容についていくつか話していましたよね? その候補から選択するように言ったはずです」
司祭はなぜ困っているわけでもない雨について祈ったのか尋ねた。
「それは……この場で確認できるのは天候だと思い……」
「そうですか。今回だけで判断するのは難しいので、もう一つよろしいですか?」
「……司祭様、今日の祈りは皆さんに見られていると思い緊張してしまいいつものようにはいきませんでした。なので、今日は……」
「……そうですか……分かりました」
「今日はもう、祈れませんが体調が回復した際に祈りますので内容を聞かせていただけませんか?」
「……祈りの内容は雷に打たれた事で発生した山火事の被害です。植物の再生、土砂崩れ、野生動物による人・農作物への被害、王妃様の体調ですかね」
「王妃様は体調が?」
「……口外しないように」
「はい」
現状は、カルロッタは聖女として毎日祈り続けシュルベステルと婚約中。
裏ではひっそりシュルベステルと逢瀬を交わすソレーヌ。
「この花は、私が育てた花です。王妃様の体調が回復しますように」
「母も喜ぶと思う、渡しておく」
その後、ソレーヌの花を王妃に渡した。
それから王妃の体調は回復に向かう。
「……母の体調が回復? これは偶然なのか?」
ソレーヌが関係あるのではないかと司祭に相談。
報告を受けた司祭と共に、ソレーヌが育て母に渡した花を確認。
一月も経過しているのに、花は花瓶の中で綺麗に咲き誇っていた。
あまりの花の美しさにソレーヌを聖女だと確信。
「ソレーヌ嬢が聖女だったのか……」
当時、シュルベステルとカルロッタの関係は良くはなかった。
悪くはないが、面白みがないと内心カルロッタが婚約者なのをシュルベステルは不満を感じていた。
『貴方が、お姉様の婚約者のシュルベステル様ですか? 』
そんな時、可愛らしいソレーヌと出会う。
表情豊かで、話題も豊富。
カルロッタとは違いとても親しみやすいソレーヌ。
年月が過ぎ、二人の唇が触れあうのも自然な流れだった。
カルロッタが教会で祈りを捧げる日に、シュルベステルは婚約者とのお茶会の時間を選ぶ。
約束の時間より早く公爵家を訪ね、ソレーヌとの時間を楽しんでいた。
カルロッタは二人の関係を疑うことはない。
カルロッタの目を盗んでという行為が関係を燃え上がらせていた。
シュルベステルはソレーヌとの関係を不貞だとは思っていない。
寧ろ、偽者なのに本物と偽っているカルロッタを悪者とさえ思っていた。
そんな相手に婚約破棄を告げることは正しい事だと……
だが、婚約破棄を宣言してから不運が続く。
新たな聖女への試練と聞かされていたので、しばらくは様子を見ていたがソレーヌの祈りが届いているようには思えなかった。
もしかしたら、自分はとてつもない失態をしたのではないかとシュルベステルは日に日に追い詰められていく。
恐怖から逃れる為に、司祭にも原因があると責任を押し付けた。
「ソレーヌ嬢? 各地の嘆願書が増えているんだが……祈っているんだよな?」
「もちろんです。まだ、神様は私がお姉様の代わりに祈っていたのを怒っているのかもしれません。許してくださるまで祈り続けます」
「……そうか」
ソレーヌの言葉を信じるしかない。
後戻りはできない。
偶然でいい、なんでもいいから状況よ好転してくれ……
必死に祈るも、私の願いが叶うことは無く新たな災害が襲う。
「どうしたものか……」
管理していた貴族からのソレーヌが本物の聖女かどうか問う手紙。
国王の目に触れないよう指示していたが、それも限界に。
「聖女ソレーヌよ。再度、そなたの能力を調査する」
国王自ら貴族の前で宣言した事で、シュルベステルも教会も後戻りはできなくなった。
そして、数週間後にはソレーヌの聖女判定には誤りがあった事が国王により公表される。
「この度、王宮も教会もソレーヌ・バルリエ公爵令嬢を聖女と誤った判断を下した。ソレーヌ嬢は我々の判断の結果、聖女と名乗っていた。その為、今回はソレーヌ嬢は故意で聖女と偽っていたわけではないので処分は下さずにおく事に。そして貴族の中には偽聖女として聖女の地位を剥奪された者が本物だったのではないかと口にする者がいるようだが、既にその者は亡くなっている。死者を聖女かどうか判定する事は出来ない。なので、今回の件はこれ以上の追及はしないものとする」
国王の言葉で強引に終わらせられるも、貴族達の不満は消えず。
王族や教会が誤りを認めたが、バルリエ公爵家は屋敷に貴族や平民が押し寄せる。
罰を下さない事が罰。
国王は聖女を死に追いやった公爵家の者全員を国民から責められる事を見越して何も処罰を下さなかった。
使用人は逃げ遅れ乗り込んできた者達により拘束され……
公爵一家は使用人を犠牲にすることで間一髪、領地へ向かう馬車に乗り込むことが出来た。
だが、天罰のように公爵夫妻とソレーヌを乗せた馬車は車輪が壊れ崖下へと転落。
三人は帰らぬ人に。
そして、本物の聖女を偽者と公表したシュルベステルも貴族の怒りを買い襲われた。
更にシュルベステルに協力してしまった、エルディトムも何者かによって命を落とす。




