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王妃様とのお茶会から数日。
ソレーヌの元にシュルベステルが訪問。
本日も先触れはなく、ソレーヌが教会から帰宅するまでの時間私が対応をしている。
事前に連絡があればソレーヌもシュルベステルの訪問時間に合わせて帰宅するだろう。
「今朝、母の調子が良くてね。その事を話すと、ソレーヌ嬢とお茶会をしたからだと話すんだ。その時の事を聞きたくて先触れもなく訪れてしまった」
「そうだったんですね。ソレーヌはまだ教会から戻っておりません」
「そうみたいだな。先触れもなく申し訳ない」
「いえ」
「カルロッタ嬢は教会へは行かないのか? 」
「私は聖女ではありませんので」
「聖女でなくても教会には行くだろう? 」
「私が訪れてはソレーヌの迷惑になりますから」
「迷惑にはならないと思うがな……寧ろ歓迎されるんじゃないか? 」
「聖女の姉であり公爵令嬢の私が訪れては、教会の皆さん困惑されてしまいますから」
「聖女ね……教会からの報告では、ソレーヌ嬢の能力は未だに開花していないらしい」
「今は焦らずとも開花するのではありませんか? その為に教会で学んでいると聞いております」
「それだとおかしくないか? 」
「おかしい? 」
「ラウーレン地方の魔獣被害は減少した」
「それは喜ばしい事ですね」
「魔獣の減少は聖女の祈りによるものだとすれば、聖女は存在している。だが、ソレーヌ嬢の能力は開花していない。という事は……別の誰かが聖女ではないかと推測できる」
「ソレーヌの能力が不安定という事はありませんか? 」
「不安定? 」
「叶う時と叶わない時がある。まだ完璧ではないのでしょう」
「カルロッタ嬢は、どうしてもソレーヌ嬢を聖女にしたいのだな」
「王子はどうしてもソレーヌを聖女と認めたくないのですね」
「認めたくないんじゃない。『聖女』を安易に決定するのは危険だと思っている」
過去のシュルベステルに聞かせてやりたい言葉だ。
「そうですね。聖女を安易に決定するのは危険ですね」
「カルロッタ嬢ならそう言ってくれると思った」
「では、一人でも多くの方を篩にかけるべきですね」
「見当は付いているが、本人に自覚がない」
「本人が聖女と認識していないのに、他者が分かるものでしょうか? 」
「分かるよ……私は……知っている」
「知っているだなんて、おかしな事を仰いますね」
「あぁ、私は……おかしな事だと思うが、やり直す機会を貰ったと思っている……」
やり直す機会?
もしかして……
王子も私と同じ?
「……王子? 」
「あっ、すまない。えっと……なんの話をしていたかな……」
先程の話の続きが知りたいが、シュルベステルは話す気が無い様子。
どう切り出そうか迷っていると、ノックが三回。
「失礼いたします、ソレーヌお嬢様がお戻りになりま……」
「シュルベステル様っ、いらっしゃっていたんですね。祈りをもっと早く切り上げるべきでしたわね。お待たせしてしまいました」
使用人を押しのけソレーヌが私を確認するが、シュルベステルの元に駆け寄る。
「……やぁ、ソレーヌ嬢」
「私に会いに来てくださるなんて嬉しいわ」
ソレーヌの中では、私は存在していなかった。
「ソレーヌも戻りましたので、それでは私は失礼致します」
無言で立ち去るのも失礼と思い、声を掛ける。
「えぇ、お姉様」
「いや、待ってくれカルロッタ嬢。私達は婚約者ではない。令嬢と二人きりで会ったとなれば誤解が生じてしまう」
二人の婚約を公表していないからか、最近の噂を考慮してなのかシュルベステルはソレーヌと二人きりになるのを警戒している。
「シュルベステル様、誤解なんて誰もしておりませんよ」
ソレーヌにとっては、誤解されてもそれがいずれ真実となるので誤解にはならないと思っている。
「……今後の為だ。私は立場上、令嬢との二人きりを避けている」
シュルベステルの言葉は曖昧だ。
今後とは、誰の?
令嬢とは貴族女性全体を指しているのか、ソレーヌの事なのか。
だとしても、先程まで私達は二人きりだった。
その事にソレーヌが気が付いたらなんと答えるのだろう……
「そうですわね。まだ、正式に発表されておりませんものね」
ソレーヌはシュルベステルの言葉を都合よく解釈した様子。
以前私が第二王子についての話をしたのが効いているのかもしれない。
「今回ソレーヌ嬢とお茶会をしてから王妃の具合が回復した」
「まぁ、そうなんですね」
「王妃は令嬢を……まるで……聖女……のようだ、と」
シュルベステルはソレーヌを『聖女』と言いたくないのか、かなり小さな声で聞き逃してしまいそうな程だった。
「そんなぁ」
囁くようなシュルベステルの声を、ソレーヌは聞き逃さなかった。
『聖女のようだ』と言われたのが相当嬉しいよう。
「王妃とどんな事を会話したのか聞いてもいいか? 」
「会話ですか? 教会で私が国民の為に祈っている事や、どれだけ聖女として誇りをもって働いているのかですかね」
いくらシュルベステル相手とはいえ、王妃との会話をこんなにもあけすけに話していい訳がない。
ソレーヌの教養の無さと、シュルベステルに『聖女』認定されたことで口が普段以上に軽くなっている。
「……そうか……他には……」
「他にですか……あっ、私が大切に育てた花をお渡ししたら喜んでいただけました」
ソレーヌが育てた花?
それは私の許可なく摘んだ花の事?
……いいんだけどね。
「あぁ、あの花か。萎れることなく、今も綺麗に咲いている。その花を育てたのは……」
シュルベステルの視線がソレーヌから逸れ私へ向く。
「勿論、私です私」
ソレーヌはシュルベステルの質問を食い気味に答える。
「やはり、聖女の育てた花は枯れにくいんだな」
「そんなぁ、普通の花だと思います」
ソレーヌの言葉は謙遜しているのか、私を見下しているのか……
事実を告げれば話が拗れそうなので、私は聞かなかったことにして口を挟むことはしない。
「それでだが……教会や王宮の確認の前に私が個人的に、ソレーヌ嬢が聖女かどうか確認をしたい」
「シュルベステル様が……個人的に確認ですか? 」
シュルベステルと同じ内容を言っているのだが、ソレーヌが言葉にすると違う意味に聞こえてしまう。
「あぁ。その結果次第では、ソレーヌ嬢の聖女として認める書類にサインしよう」
「……私を聖女として認める……」
「あぁ。結果次第だが。どうする? これは正式なものではないので、拒否しても構わない」
「いえ、お受けいたします」
「では、私にお守りの刺繍入りのハンカチを頂けないか? 」
「刺繍……ですか? 」
私はてっきり、何かに対して『祈ってほしい』と言うのかと思ったが、予想外の確認方法だった。
確認方法に違和感を持つ私とは違い、ソレーヌが躊躇いを見せるのは単純に刺繍が苦手だからだ。
「聖女の思いを込めて一針一針縫われた刺繍には力が宿ると言われている。お願いできるか? 」
「……刺繍……」
「もしかして、刺繍は苦手か? 」
「いえ……そんな事はありませんわっ」
「期間だが……一週間」
「えっ……」
「冗談だ。聖女候補として教会に通っているそうだから、一カ月で十分かな? 」
「一カ月……」
「足りないか? 」
「……少々……最近は教会でも学ぶことが多く、一カ月では……私もするからには妥協……は、したくありませんので」
「そうか、では二か月後。聖女の刺繍入りハンカチ楽しみにしている」




