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第三部「急」

 夜が明けると、老職人は首飾りをラムズに見せた。

 老職人は12個のうち作り直したダイヤはどれか皆にたずたが、宝石狂いの船長の異名をとるラムズしか答えられなかった。  

 つまり、作り直したダイヤがどれかわからないほど修理が完璧だということだ。

 ラムズは莫大な金額の小切手を書き、老職人に手渡した。

 ワリドーは手短に礼を言い、首飾りをひったくると、一目散に駆け出して行った。

 ラムズは、ワリドーが安全に城に帰れるための様々な手配も欠かさなかった。

 ヤズィームら王族である友人との交渉も、その手配に含まれる。

 ワリドーは驚くほど簡単に帰参できた。  

 その頃城では、ラピスフィーネがしとしとと雨の降る窓に向かってひとりごちる。

「ああ、舞踏会はいよいよ今夜になってしまったわ、ワリドー、早く帰ってきて頂戴」

 ラピスフィーネは、心配でたまらないのだ。


      ◆◆◆


 ついに、舞踏会の夜がやってきた。

 城は派手な松明に照らされ、昼のように明るい。

 外では臣民らが詰めかけ、中では貴族らが社交に花を咲かせる。

 城の広間では、宮内大臣リップシュタットがリジェガルに歩み寄る。

 リップシュタットは宮廷の行事において、つねに王族の身支度を采配する立場であった。

「リジェガル殿下。ラピスフィーネ様はあの首飾りをお着けになっておられませんな」

「それは本当か」

 リジェガルはラピスフィーネの控え室へ向かった。

 彼はラピスフィーネの華奢な手首を押さえ、問い詰めた。

「俺が贈ったあの首飾りはどうしたんだ? 今日のために着けるとの、約束ではなかったか」

 リジェガルのこれは演技だ。

 ラピスフィーネは顔をこわばらせた。

 まだ首飾りは間に合っていない。

「もしもなくすようなことがあったらと思い、念の為に置いてまいりましたわ」

 それがとっさに考えた言い訳だった。

 ラピスフィーネが着替えのために別室に控えると、すかさずワリドーがひざまずき現れる。

「遅かったじゃない!」

「お叱りはあとで受けます。とにかく首飾りをお召しになってください!」

 ……お召し替えを終えたリジェガル、ラピスフィーネが階段に姿を現した。

 リジェガルは黒い衣装を身に纏い、仮面を着けている。

 ラピスフィーネの美しい首には、あの首飾りが光を纏い美しくかがやいている。

 そこへリップシュタット宮内大臣がいやらしい手つきで揉み手をしながら近寄ってきた。

「リジェガル殿下、こちらをご覧いただけますか」

 リジェガルが箱の蓋を開けると、ダイヤが二つ煌めいている。

「なぜ首飾りの一部らしきものがここにあるのだ?」

「さて、女王陛下の首飾りのダイヤの数はいくつでございましたかな?」

 リップシュタットはにやけて言った。

「なぜそう聞く?」

「ラピスフィーネ様の首元のダイヤ、ふた粒ほど足りないようでございますよ」

「そろそろ小芝居にも飽きたの」

 その時、会場の卓で酒を呑んでいたヴァニラが声を上げた。

 妖艶な吐息と共に彼女の柔らかい胸が揺れた。

「リップシュタットはラピスフィーネを嵌めようとしたけど、それもリジェガルの計算のうちだったの」

「どういうことだ、ヴァニラ、お前は私の──」

「え? ヴァニラは誰の味方もしてないの!」

 ヴァニラはころころと笑った。

「試しに首飾りのダイヤを数えてみるといいの」

「ひとつ、ふたつ……」

 数え終えたリジェガルはリップシュタットを睨んだ。

「12個あるではないか。なにゆえに足りないなどと申したのか? そしてなぜ部品の一部をお前は持っていたのか?」

 ラムズが老職人に突貫工事で造らせたわけであるが。

「いや、じつは、その、先日、首飾りのダイヤとそっくりのダイヤを見つけましてな、てっきりラピスフィーネ様が首飾りの一部を無くされ、お困りだろうと思ったのです」

「まあ、私が無くしたと?」

 ラピスフィーネは王族らしく柔和に応じた。

「我が愛しのラピスフィーネが、贈り物を無くすような不始末をすると、お前は言うのだな?」

 そして、リップシュタットの手元にはダイヤが二粒ある。これこそまさに彼の陰謀の証拠だ。 

「嘘だ。お前こそ、首飾りの一部を奪い、紛失の罪をラピスフィーネに着せ、宮廷工作を目論んだな?」

 リップシュタットは汗だくになった。

「汗を拭け! どうした? なぜ答えぬ? なぜ黙る?」

 リジェガルは仮面を外し、不敵に笑う。

「裁きを申し渡す。ワリドー、ここへ来てこいつに自分の罪を教えてやれ」

 ワリドーが顎を引いて了承の意を示し、ブーツを踏み鳴らして宮内大臣リップシュタットの前に立つ。

「リップシュタット公爵、卿を収監しゅうかんする!」

 彼は驚きのあまり電撃を受けたように身体が跳ねた。

「なっ、なぜ私が牢屋に!?」

「お前は、宮廷財産を破損、配下の兵隊を使った反乱、そしてラピスフィーネ陛下に対する反逆罪を犯した!」

 皆の視線が宮内大臣に集中する。

「そんな、ラピスフィーネ陛下、リジェガル王配殿下、今までの私の献身をおわすれですか!?」

 醜く騒ぐリップシュタットの言葉に構わず、ワリドーは部下に連行を命じる。

「連れて行け!」

「おのれえっ!」

 衛兵4人がかりでようやく罪人は引きづり出されていった……

 リジェガルはラピスフィーネに駆け寄り、白い肩をさする。

「大変な苦労をかけたな、ラピスフィーネ、許せ」

「いつから仕掛けていたの? この展開を」

 ラピスフィーネの瞳は星空みたいにきらめく。

「貴女がシャーク男爵に首飾りを贈った時……というのはただのきっかけで、実はリップシュタットの汚職に気づいた時から罠に嵌めるタイミングを探していたんだ」

 ラピスフィーネは俯く。紺色の髪が白い肩を撫でる。

「……ごめんなさい」

 ラピスフィーネは己を恥じ、詫びた。

「貴方の愛を信じられなくて、頂いた首飾りをラムズに渡してしまったわ」

「いいんだ、ラピスフィーネ」

 ラピスフィーネは顔を上げた。

「その代わり、わがままをひとつ聞いてほしい」

「何、かしら」

「目を閉じて」

「……」

 リジェガルはラピスフィーネの背に手を回し、身体の向きを変え、背後から首飾りを丁寧に着ける。

「よく似合っている。だから、もう誰にも渡してほしくない、いや、渡したくない」

 ラピスフィーネは頬を赤らめ、はにかむ。

 誰にも渡したくない。

 その言葉はリジェガルの素直な感情の表れであった。

 華やかな宮廷音楽がふたりのラブロマンスに彩りを添える。

 リジェガルはラピスフィーネの手を取り、ワルツを踊る。

 ふたりのシルエットはいつまでもくるくると舞い続けた……

いかがでしたでしょうか、お楽しみいただけたならば幸いです。

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