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第二部「破」

 ラムズは今宵もラピスフィーネをたぶらかし奉り、宮廷を蹂躙し、乙女を傷つける。

「もう二度と会ってくださらないと仰るならば、せめて思い出の品をひとつお与えいただきたい。首飾りでも指輪でも、それを貴女様と思って、生きていくことにしよう」

 ラムズはすがるように言った。

 ラピスフィーネは渋そうな顔をする。

 ズルい。ヒドい。

 衛兵にいいつけて、城から叩き出してやりたい。

 宝石狂いの聖魔士はいつもこうして宝石をねだるのだ。

 やがてラピスフィーネは一呼吸し、寝台の下から宝石箱を取り出した。

「リジェガルから贈られた、首飾りです、ダイヤが12粒、連なっておりますの、これを……」

「ああ、可哀想なラピスフィーネ」

 ラムズはラピスフィーネの背に手を回し、口づけを落とした。


     ◆◆◆


 翌朝。リップシュタット宮内大臣は王立図書館にいた。本棚を挟んで、本の隙間からもうひとりの者と向き合い、何やら秘密のやりとりをする。

 王立図書館は人目を避け秘密のやりとりをするのに都合がいい。

 ラピスフィーネとラムズが夜に密会した事実については、親衛隊の者がリップシュタット大臣に報告を上げた。

「シャーク男爵はたしかにラピスフィーネ様より首飾りを賜ったのか?」

「はい、闇夜でしたが、確かに垣間見えました。女王は、シャーク男爵にダイヤの首飾りを与えました。12粒のダイヤが連なったものをですぞ」

「一計を講じよう。ヴァニラに手紙を書け」

 ヴァニラは、宮廷においてもその名を知られた者である。その身軽さを武器にあまたの権力者から依頼を受け、行動する。

「首飾りを欠損した理由を問い糺すことで女王陛下とシャーク男爵の密会の事実を押さえ、あの若き夫婦を亡き者とし、プルシオとニュクスを争わせるのですね」

 プルシオ帝国とニュクス王国の友好関係はリジェガルとラピスフィーネの政略結婚によって成り立っている。それが崩れれば……

「さすれば民衆は強い王を求める」

「リップシュタット閣下のような!」

 ……執務室に戻ったリップシュタット宮内大臣は短い手紙をさらさらと書き、蝋で封をした。


 ラムズの部屋から首飾りの十二粒のダイヤのうちふた粒を奪い取れ。


 と書かれている。

「これを早馬ヒッポカゲでヴァニラに届けさせよ」

「畏まりました」


       ◆◆◆


 宿屋のラムズの部屋に忍び込んだヴァニラは、出てくる際に、あっさりと彼に見つかった。

「そこは俺の部屋だが。何していたんだ?」

 ラムズはいつもの船長服姿となり、行儀悪く壁に背を預け、足を組む。

「えっ! ラムズいつからそこにいたの?」

 ラムズは無言を貫くが、ちょっと呆れた顔になる。

 ブーツヒールを踏み鳴らし、迫ってくるラムズに、ヴァニラは怯える。

「ねえ、怒らないで。ヴァニといい事しよ?」

 ヴァニラの手には、ダイヤモンドがふた粒。

「怒ってはねえな。だがこうもあっさりとリップシュタットが罠に釣られるとは思わなかったがな」

 ラムズは宝石のような目を細め、ヴァニラの手の宝石を見て、ため息をひとつ。

「罠?」

「俺は確かにダイヤの首飾りを頂戴したぜ。だがな、それはリップシュタットが俺とラピスフィーネを嵌める罠に思わせてそのじつ、リジェガルがリップシュタットを嵌めるための罠だったわけだ」

 ラムズは語る……

 宝石をわざともらい受け、敵の思惑に乗る形で罠をこちらも仕掛けた。

 具体的には、これからはじまる首飾り争奪戦にあたって、ラピスフィーネへの強迫、首飾りの剽窃、そして親衛隊による反乱をリップシュタットが行った事実を押さえた上で、リジェガルはリップシュタットを反逆罪で逮捕するのだという。

 リジェガルの正義感を、ラムズの深慮遠謀が具体化したこの作戦は、既に火蓋を切った。

「ヴァニはどうすればいいかの?」

 ラムズは顎をしゃくった。

「そのままその宝石を持ってリップシュタットのもとに帰参きさんしろ。見事に盗めたと言えばいい。


       ◆◆◆


「でかした!」

 ニュクス王国宮内大臣リップシュタット公爵の執務室において、ヴァニラが首飾りから取ったダイヤモンドふた粒を差し出すと、彼は破顔した。

 ヴァニラにはほうびの酒をたんと与え、下がらせる。 

 続いて親衛隊の幹部や部下の文官を呼び寄せた。

 ここからがリップシュタットの陰謀の真骨頂だ。

「私は宮廷舞踏会を開こうと思う! リジェガル殿下にこうご提案するのだ──リジェガル殿下がラピスフィーネ陛下に贈られたダイヤモンドの首飾り、その美しさをぜひ家臣一同目に焼き付けたいとな!」

 愛するラピスフィーネへの贈り物の宝石。きっとリジェガルも彼女に身につけてほしいと願うだろう。

「かしこまりました。リップシュタット卿」

 部下たちも退室した。

 リップシュタット宮内大臣は考えを巡らす。

 リジェガルがラピスフィーネに贈った首飾りを、彼女はラムズへの贈り物に転用してしまった。

 首飾りは既にラムズの手元にあり、ヴァニラに命じて首飾りの一部を奪ってきた。

 舞踏会にて、その首飾りを着けたラピスフィーネを見たいのではないかとリジェガルをそそのかす。

 そしてラピスフィーネは首飾りを欠損もしくは紛失したことをリップシュタットに問い糺され、ラムズとの密会を告発、糾弾される。

 この筋書きにリップシュタットは愉悦をおぼえた。

 後日、宮内大臣リップシュタット公爵の提案を、まるで予想していたかのようにあっさりと受け入れたリジェガルは、あらためて、摂政の名において舞踏会の準備を命じた。

 実は本当に予想していたわけであるが……


     ◆◆◆


「どうしましょう、ワリドー! とても舞踏会までに首飾りの返却は間に合わないわ!」

 リジェガルの退室を見届けると、ラピスフィーネは青ざめた。

「あの首飾りは、もうないわ。シャーク男爵に返してとお願いするにしても舞踏会に間に合うかどうか!」

「お命じくだされば、私が行って参ります」

 忠実なる騎士ワリドーはひざまずき、恋慕うラピスフィーネの手を優しく力強くとった。

 そうと決まれば話は早い。

 ワリドーは支度もそこそこにフードを被り、裏門から城を出た。

 裏道の石畳の水たまりにワリドーのブーツが飛び込み、泥水が跳ねる。

 急げ、愛しのラピスフィーネが罪人となる前に!

 そうみずからに言い聞かせ、決死の逃避行に挑んだ。


     ◆◆◆


 ……親衛隊から命からがら逃げおおせたワリドーは、ラムズの宿に着いた。

 ぼろぼろとなったワリドーを見かねた女将が水を渡すと、ワリドーは礼も言い忘れて一気に飲み干した。

 そして、いきなり本題を切り出す。

「首飾りは何処にあるのか、シャーク男爵」

「部屋に来い」

 ワリドーはくたくたの身体を引きづり、宿屋の階段を上がる。

「あいにくだが首飾りのダイヤのうちふた粒がヴァニラに盗まれちまった」

 ワリドーは顔面蒼白となった。

「ああ、これでニュクス王国、プルシオ帝国はおしまいだ! たったひとりの宝石狂いの船長のために、宮廷の財宝が紛失したために、ラピスフィーネ様は罪人となるのだ!」

 ワリドーは咽び泣いた。

 賢いラムズはワリドーを無視してロミューに言った。

「宝石商のキングダムのところに行く。首飾りを修復する」

 ラムズは首飾りをおもちゃみたいに手いたずらしながら言った。


      ◆◆◆


 キングダムは眼鏡をかけた老職人だった。

 彼は首飾りを吟味すると、ダイヤモンドをふた粒造り上げるのに数日はかかると言った。

 わがままなラムズは、徹夜で仕上げろ、報酬はいくらでも払うと譲らなかった。

 観念したキングダムは、その代わりに工房に入るなとかたく言いつけた。

 扉が閉まった。

 ワリドーは呆気にとられていたが、やがて体力の限界が近づき、今夜は宿泊したいと申し出た。

 ラムズはそれを容認したが、一言付け加える。

「寝る前にひとつ聞け。わかっていると思うが、これはリップシュタットの陰謀だ。ラピスフィーネ女王陛下直属の近衛騎士団として色々思うところがあるだろ?」

「やはりシャーク男爵もそう思っておいででしたか」

「俺はリジェガルと組んで、リップシュタットをかならず倒す。覚悟もないくせに宝石をもて遊ぶ輩は許せんからな。お前もその機があれば逃すな、かならずリップシュタットを逮捕しろ、さもなくば」

「さもなくば?」

「俺が奴を殺す」

 リップシュタットをワリドーが逮捕できなければ、ラムズは常軌を逸した殺人者となってしまう。

 近衛騎士団の名誉にかけてリップシュタットを生け捕りにすると、ワリドーは重ねて約束した。

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