第一部「序」
◯シャーク男爵…ラムズ・シャーク。宝石狂いの船長。ラピスフィーネと密会。聖魔士。
◯リジェガル摂政公…元プルシオ帝国の王族。ニュクス王国摂政。ラピスフィーネとシャーク男爵の仲を怪しむ。
◯ラピスフィーネ女王…元ニュクス王国の王族。シャーク男爵との密会にあたり宝石を差し出す。
◯ワリドー…ラピスフィーネに仕える騎士。
◯リップシュタット宮内大臣…親衛隊を操りシャーク男爵を捕らえようとする。
◯ヴァニラ…宮内大臣とシャークとの二重スパイ。
「剣を抜け!」
ニュクス王国にて、とうとうシャーク海賊団は兵隊に囲まれた。
大勢の黒衣の騎士らに剣を突きつけられている。
まさに、絶体絶命……とは言えない。
我らがラムズ船長は余裕の笑みと冷徹なアーモンドアイで状況を見据えているではないか。対照的にルテミスたちは燃ゆる血潮に殺意を漲らせているが。
戦士の国プルシオの黒衣の騎士たちに囲まれるということは、死を意味する。だがそれは相手が人間であればの話だ。
シャーク海賊団は恐れられている。だから、リジェガル摂政公がプルシオ帝国から連れてきた親衛隊ですらうかつに手が出せない。
「う、動くな! 貴様らシャーク海賊団には逮捕状が出ている」
みっともなく震える黒衣の騎士のもとに、ジウが歩み寄り、にらむ。
「やってみれば? ボクたちを逮捕できるもんならね」
「ジウ」
ラムズが気怠そうに止めにかかった。
「はいはい、ラムズ船長さまー」
ジウが引き下がると同時に、ラムズが前に出て、何やら魔法を無詠唱で発動する。
たちまち騎士の何人かが氷漬けにされたではないか。
「次は5人、氷漬けにしてやる」
ラムズは冷酷無慈悲な魔神となって黒衣の親衛隊騎士に宣告した。
ラムズは、嗤った。
◆◆◆
ニュクス王国。女王制を敷く夜の国。
煉瓦造りの城、宮殿は高くそびえ、塔が青空に突き刺さる。青空には白い月がぽっかりと浮かぶ。
城のあるじはラピスフィーネ。数年前にリジェガル王子とむすばれ、王位を継承した。
城の広場には青い花が可憐に咲き、草木が萌える。
その広場を歩きながら、親衛隊の者が宮内大臣リップシュタットに、シャーク男爵を捕らえそこねたことを報告する。
リップシュタット大臣は宮廷の行事を取り仕切る責任者であり、リジェガル摂政公の直接の臣下でもあった。
リップシュタットは文官としての装束に身を包み、髭をたくわえた初老の男。面構えは飄々としているのに声は渋く、会う者に戸惑いを覚えさせる。
なるほど、これが奸臣たるものか、と後世の歴史愛好家は論評する。
形式的にはリジェガルに直接仕える親衛隊は、実質的にはリップシュタットの配下の者でもある。
そう、シャーク海賊団に逮捕状を出し、やり合ったのも大臣の差金だ。
「今度は何人やられた?」
「4人です」
「なんたることか!」
大臣はいきり立ち、ラピスフィーネとリジェガルのもとへ向かった。
……ラピスフィーネとリジェガルは応接間におり、果実酒を嗜んでいた。
報告を聞く摂政公リジェガルは赤と金銀で飾られた漆黒の軍服に身を包み、赤いマントを羽織る。彼は足を組み、果実酒の杯を揺らした。
「何度言ったらわかるんだ、シャーク海賊団を力づくで押さえ込んではいけない」
まず、リジェガルはリップシュタットを叱った。
摂政とは王に代わって国をおさめる者、すなわち宰相格である。宮内大臣であるリップシュタットは宰相たるリジェガル摂政公の政治的判断を仰がねばならなかった。
「ところで、無詠唱で魔法を使い、親衛隊を黙らせた者は我がニュクス王国の聖魔士であるそうね」
「ははっ、その名をラムズ・シャークと申します」
ラムズの名前が出た途端、ラピスフィーネの口元が緩む。
「シャーク男爵たちにぜひ会いたいわ」
ラピスフィーネの考えは正しい。
下手を打てば、ニュクス王国近衛騎士とシャーク海賊団とプルシオ帝国親衛隊との三つ巴の全面抗争となりかねない。だからラピスフィーネは、一旦シャーク海賊団を城に召喚し、対立を取りなそうと言うのだ。
召使いが卓にオードブルを供した。
「一緒にどうだ、宮内大臣」
「いえ、とんでもない」
◆◆◆
「お待ち! リルオークのグリルだよ」
「おお女将、うまそうだな!」
ロミューがナイフで皆に切り分けてやる。
宿屋では、ルテミスたちが賑やかに食事を囲み、肉を喰らう。
リジェガルの親衛隊もといリップシュタットの手の者とやり合ったラムズたちのもとに、この日、国の者からの接触があった。
入り口の鈴が鳴る。皆が視線を向けると、フードを被った怪しい人影があった。
ラムズの椅子の近くにわざわざ座った青い髪の青年はワリドー。ラピスフィーネに仕える誇り高き騎士だ。彼はシャーク海賊団へ遣わされたラピスフィーネの使者でもある。
「シャーク男爵、先日の件はこちらも謝罪しなければなりません」
「兵隊は血の気が多いな。相手するのが面倒だ」
ラムズは淡々と返した。
ロミューは女将に、ワリドーにも同じ飲み物を出してやるように頼み、彼は短く礼を言う。
「その詫びと言ってはなんですが、わが主はシャーク海賊団の皆を城へ招待したいと仰せです」
「海賊が宮廷に? つまらん冗句だな」
諧謔してみせるラムズは海賊であり騎士でもある。
「では言い方を変えましょう──シャーク男爵、誇りあるラピス様の家臣として、宮廷に召喚を命じる!」
海賊に命令はできなくても騎士に命令はできる。
そのような言い方をされると断れない。
店の雰囲気が変わり、驚いた皆がワリドーに注目する。
「シャーク男爵とその配下の者は明日、城に参上し、ラピスフィーネ女王陛下の謁見を賜ること!」
ワリドーはほくそ笑んだ。
「では私はこれにて」
ワリドーは自分のお代だけを払い、店をあとにした。
ルテミスらが追うも、雑踏の中にいつのまにか姿を消していた……
◆◆◆
翌日。シャーク男爵とお供の者らはニュクス王国の城に参上した。
謁見の間で、ジウがきょろきょろ見回すのをロミューが制する。
「リジェガル王配殿下のおーなーりー」
「これこれシャーク海賊団の者らよ、頭が高いぞ」
リップシュタット宮内大臣が手で頭を抑えるまねをする。
ラムズはニュクス王国の忠実なる騎士として華麗に拝跪するが、ルテミスたちは見よう見まねでお辞儀をしたり、土下座までしたり、ちぐはくだ。
はあ、とリップシュタットがため息をついた。
「構わん、ところで何人倒した?」
リジェガルは無礼を許し、ラムズが倒した人数を聞く。
「4人でございますかな」
リップシュタットは答えた。
エルフは流れる、フェアリーは囁くという言い回しがあるように、話はあっという間に広がるものだ。
リップシュタットはリジェガルに意見を述べはじめた。
「氷漬けにされ殺された親衛隊、それを従えるお立場にあるのはリジェガル殿下でございます。いくら相手がラピスフィーネ様にお仕えする聖魔士とは言えど、流血沙汰が起こった以上は、リジェガル殿下にもシャーク男爵に対して厳しいお裁きを下していただきますよう、臣リップシュタット心よりお願い申し上げまする」
リップシュタットはリジェガルに決断を迫る。彼がさらに言葉を続けようとしたとき、ラピスフィーネが姿を現した。
「ラピスフィーネ女王陛下のおーなーりー」
「これはこれは、女王陛下」
リップシュタットが揉み手をする。
「親衛隊に立ち向かった勇敢なるシャーク男爵に会いとうございまして」
ラピスフィーネは微笑む。その裏には社交的センスを大いに感じさせた。
「勇敢か、確かにその通りだ」
リジェガルはラムズを改めて見据える。
「リジェガル殿下、お裁きを」
リップシュタットがせかす。
いよいよ裁きの時。
「この者に褒美を取らせよ」
それは意外な宣告であった。
「親衛隊との流血沙汰は禁じる。その代わりにラピスフィーネの近衛騎士団となってその栄誉ある席に名を連ねよ」
それは、名目上リジェガルがおさめる親衛隊との争いを禁じる代わりに、ラピスフィーネ直属の近衛騎士となれとの宣告であった。
王と騎士にとって、これ以上の信頼の証明はあるまい。
リップシュタットが眉を顰め、口を尖らせた。
「よいな宮内大臣、仔細は任せる」
「……仰せのままに、王配殿下」
リップシュタットはこうべを垂れた。
謁見の間から、ラピスフィーネ、リジェガルが退席する。
退席する間際、ラピスフィーネは後ろを歩く侍女に、今起きている全ての問題を自分に報告するように言いつけた。
「女王陛下のお手を煩わせるわけには……」
「いいから、報告してちょうだい」
◆◆◆
ニュクス王国の夜は静謐で神秘的だ。月が感覚を煽る。
塔の上のお姫様は寝室で寝返りを打つ。青いネグリジェには彼女の美しき肢体が透けて見える。彼女が寂しさに身をむずらせるたびに、柔らかい肌とシーツが月夜にてらされ揺らぐ。
「私、ラムズにこんなに入れ込んで、女王失格ね」
ひとりごちる。
返事は、ない。
「でも、これからは堂々と会えてよ」
「本当にな」
返事があった。
今更驚かない。ラムズだ。
彼は窓に腰掛け、ブーツの足を軽く組み、優しい顔で振り返る。背景には満月と夜の城下町。
「こんばんは。塔の上のお姫様」
ラピスフィーネは胸を高鳴らせた。
キャンドルに灯りをともし、ふたり寄り添う。
ラムズは今宵も色仕掛けでラピスフィーネをたぶらかし奉った。
補足
※奸臣…悪い家来のこと。
※奉る…王様などを敬いながら何かを為すこと。