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異世界って良い世界?

心も体もボロボロだった。あー、眠い。

俺はあの時疲れてたんだ、だからつい、やってしまった。普段は絶対にこんなことしないんだけど、今日だけは今日こそは、本当にこうする他なかったんだ。


吸い寄せられるように明るく暖かい店内に入る。

俺の欲望が騒いでる。


気がついたときには、俺の電子マネーの残高は8円だった。

こんなに疲れてるのに見事に計算して電子マネーを使い切ったのだ。


家に着くなり俺は、さっきコンビニで買ってきたご飯やお菓子やデザートを食べまくった。デザートはご飯の後よ、なんて言ってられない!とにかくお腹が空いてる!!ロールケーキを手で掴んで食べる。おにぎりをひとくちたべる。米粒が少し落ちても気にしない。あー。まだお腹がぺこぺこだ。やわらかいコッペパンにかじりつく。涙が出てくる。

この涙はなんだろう。悲しいわけでもなく、悔しいわけでもなく、怒ってるわけでもない、だけど、限りなくそれらに近い感情。

疲れてるんだ。疲れた体に食べ物が染み込んでいくんだ。

ありがとう、ありがとう。

とにかく俺は食べたんだ。夢中で。

いつもなら本当にこんなことはしない。でも、今日だけは許してよ。だって、今日は特別頑張ったんだから。仕事中に涙を堪えて、笑顔を絶やさずに。本当に僕はよくやったんだよ。


ガサガサ、ガサガサ。


薄暗く、肌寒い部屋にお弁当の包装を剥がす音が響く。

男は静かに泣きながら、お腹が膨れてパンパンになるまでコンビニのご飯を食べた。


全部食べちゃった。

今日だけでいくら使ったんだろう。でも、まぁいいか。やっとお腹も落ち着いたし、もう寝ちゃおう。


そのまま、毛布をかけて簡単なせんべい布団の上に横になる。

体が泥になったようだ。もう一歩も動けない。

体がずうんと重たくて、毛布の柔らかさが包み込んで。

そのまま眠ってしまった。


全然寝た感じがしないのにもう朝か。

瞼にまぶしい光を感じて俺は目を覚ました。


やけに体が軽く感じる。気持ちよく目が開く。

久しぶりだな。この感じ。子供のころ、実家で良く寝た後に目を覚ます、あの時みたいな感じ。あの時なら初めに目に映るのは、飼っていた猫だったか。いつも近くにいてくれたあいつ。元気かな。

そんなことを思いながらぼんやりと目に映る光景を眺める。

そして。その時に目に映っていたのは。


黒い髪に、ふさふさな丸い猫耳。

顔はキラキラの猫目に、まんまるのかわいい頬っぺた。

上等な黒いワンピースを着た、妖精?人間?猫?


「うわ!だ、誰!?」

さっきからの気持ちのいい気分は吹き飛んで、俺は飛び起きた。


「やったー!やっと我が国にも転生者がきたでちー!」


目をぱちくりする俺をよそに、その子は話続ける。


「あなたは、どこから来た転生者様でちか?」

キラキラした瞳が一層輝く。


“転生者”…?聞いたことのある響きだ。

ついに俺も現世で死んでどこかに転生したのか。

「転生って、そんなこと本当にあるんだ」


「なーにをきょとんとしてるでちか!こんな幸運なことはありませんよ。

あなたはどんな特殊技能を持ったどんな人でちかー?」


「そんなこと言われても、俺は別に…、それよりここは一体」


「ここは、魔法もドラゴンも何でもござれの異世界イーセカイでち。僕はいーセカイの案内役のクロちゃんでちー☆この自己紹介をいうために10年まったでちー、やっと来てくれて僕感激してるでちー!」


「なんか元気なやつだな、そ、それは良かった。

えっと、俺の名前は安間(あんま) 大成(たいせい)よろしくね」


「大成!よろしくでちー!これから、大冒険がまってる予感がするでちー☆」

そんな話をしていると町の方から大声の怒鳴り声が聞こえてきた。


「こーらー!何度言ったら分かるんだー!」


「うわ!この声はなんだ?」


「大成、びっくりさせてごめんでち。この町の村長さんは、普段はとっても優しいのに短気で怒りっぽくて怒ると怖いんでちよ。でも、普段はとっても働き者で誠実で村人にしたわれてるんでち。」


「短気で怒りっぽいのか。」


「そうなんでち、でも決して悪い人ではないんでち。後で機嫌がいいときに挨拶しに行くでち」


「わかったよ」


そんなことを話しながら村を見てまわる。

村と言っても石畳の道が続いて、木造の家が並ぶ。窓からはカーテンが揺れ花が咲く、きれいな街並みだった。


「なんか、いい町だね」

(現世では、旅行もろくに行けなかったから、すごく新鮮だ。いつも整体院と家の往復ばかり。たまにはこんなところでゆっくりするのもいいな。)

「って!あれ!!ちょっと!どういうこと!?」

大成は目を疑った!村人たちはみんな家の中で机も椅子もおかずに地べたに座って、熱心に書き物をしていた!


「なにかおかしいでち?この町の住人はみんな働き者で素晴らしいでち!体が丈夫で一日中お仕事してもへっちゃらなんでち!」


「え!あの体勢で一日中!!!?」

物腰が柔らかい大成もこの時ばかりは強めの声が出た。

「ちょっとちょっと!ダメダメ!あんな背中を丸めた姿勢で書き物してたら体がバキバキになっちゃうよ!大丈夫なの!?」


「ん?体はバキバキなのが普通でち。」

「えー!」

たしかによく見ると、クロちゃんも猫背がやばかった!猫っぽいから猫背でもなんとも思わなかったけど、猫の要素は猫耳としっぽとかわいいことだけで、どうやら骨格は人間のものらしかったので、猫背なことは自然なことではなかったのだ。

「もしかして、クロちゃんも、何か作業するときは床で…?」

「当然でち!クロちゃんもこう見えて働き者なのが自慢なんでちよ!さっき披露した自己紹介も何パターンも用意していたのでち!優しいときの村長さんと何度も練習したのでち」



(うーむ。こうなってくると、なんだかその村長さんの短気も原因があるような気がしてきたな。)


「よし、せっかく村にお邪魔したんだから村長さんに挨拶にいこう。」

「了解でち!やっとクロちゃんのお仕事がきまちたね!そういうことなら案内は任せるでち~☆」



歩いていると。洗濯中のご婦人がいた。

「あ!村長の奥さんでち。せっかくだから挨拶して一緒に行くでちか?」

「うん、そうしよう。」


「奥さん!さっき村の少し外れたところで転生者さんに会ったでち!」

「あら!うちの村にも転生者さんが来てくれたのね!嬉しいわ。私はこの村の村長の配偶者の奥さんです。よろしくね。」

「えっと、はじめまして。安間 大成と言います。よろしくお願いします。いつもここで洗濯をしてらっしゃるんですか?」

「そうよ。洗濯板と石鹸!いい匂いでしょう?」

奥さんは泡のついた服を見せてくれた。確かに洗濯物はきれいになっていたし、いい匂いもした。でもやっぱり、地面に桶を置いたままする洗濯はとても体勢が辛そうに見えた。


「あの、おれ、現世の方では整体師っていう仕事をしてたんです。」

「え!さっきは教えてくれなかったのに!整体師ってなんでちか?」

「あ、いや、そんな大したものではないから言わなかったんだ。でもこの村の人たちの体を見てたら、ちょっとどうしても黙っていられなくって。」

「大成はさっきも体がどうこういってたでちね。この村では体の事を気にしてる人なんて一人もいないでちよ。大切なのは、し、ご、と、でち。」


「うん。仕事が大切なのは分かるけど。でも、やっぱりこんなのおかしいよ!体が良くないと集中力だって続かないはずだし、夜だってねむりずらい。疲労が溜まっていくだけで作業効率が落ちるはずなんだ!!」


「大成さん。村の人の事を心配してくれているのね。ありがとう。確かに最後の作業効率ということは気になるわ。詳しく話を聞かせてくれないかしら。」


「はい。」

(この村の人たちは仕事ということをかなり重要におもっているみたいだ。この場合は体を大切にすることでもっと仕事がはかどるイメージを持ってもらわないと。体がバキバキなことに慣れすぎていて、良い状態を知らなすぎる。これだと口で説明しても伝えるのは難しそうだ。これだけ蓄積した疲れを一回だけの施術では不調を全て取りきるのも無理だろう。うーむ。体の特性をなにか実感してもらうのがいいか。よし、ダメもとでやってみよう。)


「では、奥さん。そちらの針金で出来たハンガーを一本貸して頂けませんか?」

「あら、良いわよ。」

「クロちゃん!このハンガーを頭にはめてくれないか?」

「え!大成!仕事の道具で遊んじゃいけないんでちよー!」

「そうだね、だけど今日はこれが俺の仕事だ。試しにやってみてくれないか。」

「うーん、そう言われたら案内役としてやるしかないでちね。えっと頭にはめるっていうと…」

「ありがとう、ひっかける部分が左耳の上にくるように、帽子をかぶるみたいに…そう!」

「うふふ、なんでちか、オシャレでちか、照れまちねー」

「クロちゃん少し力を抜いて自然な感じでいてみてね」


「うん、、、、

って、あれれ??」


「あら、クロちゃん左の方に何か?」

「いやいや、首が勝手に動いたでち、全然左を向こうと思ってないのに自然に左向きになってるでち!!!」


「これはハンガーを頭に装着すると、無意識に頭が回転する現象〝ハンガー反射”です!

面白いでしょう!クロちゃん!奥さん!人間の体って、不思議なことがいっぱいあるんだよ!」


「「っっえええええーーーーーーー!!!!!」」




クロちゃんと奥さんはたいそう驚いた。これまで体の事なんて考えたこともなかった。まして自分の意志と違う動きをする可能性なんて!

それが突然現れた転生者は!なんと不思議な術を使うのだろうと!心底驚いた。



「このように体にはたくさんの不思議がありその力は物凄いものです!体を労り大切にすることで、きっと皆さんはもっともっと好きな仕事に打ち込めます!」


「はなしは聞かせてもらったぞ。」


「そ、村長!!」


そこには、大柄でガッチリとした体型、ストレートネックで猫背、目の下にクマ、ガニ股歩きのなんだか疲れていそうな大男が立っていた!


「ようこそ転生者さん、私はこの村の村長の村田です。」

「初めまして、転生者の安間 大成です。」

転生者って自己紹介でいいのか、まあ相手がそういってるんだからそれでいいか。


「安間大成殿!この村には村のピンチの時に転生者が現れるという言い伝えがある。まさに、この瞬間転生者が現れてくれた事。非常に喜ばしい。

もしよろしければ私の家に来てはくれないか」


「はい、そういうことでしたら。」

(突然この世界に来たのだ、当然予定もなにもあったもんではない。ここは事の成り行きに任せて村長の家にお邪魔することにするか。しかし見たところみんな仕事に打ち込んで、特にモンスターとか魔王とかそういう不穏な雰囲気は一切感じないけれど…。)


ほがらかな陽気の中、石畳の道をのんびりと歩きながら村長の家へ向かう。奥さんがお洗濯していただけあって、村長の家はそう遠くない場所にあった。


「おじゃまします。」

「どうぞどうぞ、おかけください。」

奥さんが、よく手入れされているだろう綺麗な応接間に通してくれた。

「本当に、この村の方たちは働き者なんですね。おうちの中もピカピカだ!」

「そうなんでちよ!みーんなお仕事がダイスキで家の中のお掃除やお洗濯も完璧なんでち!クロちゃんの耳毛やしっぽの毛もすーぐお掃除してくれるでち。」

なぜか嬉しそうに話すクロちゃん。

「あはは、見習わないと。」

そういいながら、現世でコンビニのご飯を食べ散らかしてそのまま眠ってしまった自分を思い出す大成。


「さて、話なんだが」

村長が話始める。

「悪いが、ハニーとクロちゃんは席を外してくれないか?」

「はい、ダーリン。」

「わかったでち☆」

家に帰ったとたんハニーとダーリン呼びになったことには誰も触れることなく、村長の奥さんとクロちゃんは別室のリビングのような部屋へと行ってしまった。


「ごくり…。」

(なんとなく付いてきたけど、なんか二人っきりだと緊張するな。さすが村長さん、威厳がるというか、デカいというか。)


「では、話なんだが…。その前にこの村の紹介をさせてもらおうか。」

村長は慎重に話始めた。

「この村の住民は、見てもらった通り、みな自分の仕事に誇りを持っている。働き者で仕事を生きがいとしているのだ。それによって発展し、みな豊かに暮らしている。村長である私は、それはもう人一倍働いてきた。体が丈夫なことが取り柄でなあ。のだが…。」


一息ついて、村長が続ける。

「実は、非常に言いにくいことではあるんだが、いやこんな事認めてしまってはいけないのかもしれないのだが、うーむ、しかし…」

言いよどむ村長。


「もしかして、あの、村長さん。体が疲れている、とか?」


ハッ!っとする村長。

「そうなんだ。最近特に40歳を過ぎたころから、なんだか体の節々が痛いのが耐えられなくなってきて、このところ仕事に対する情熱も集中力もあまり続かなくなってしまったんだよ。こんな事言いたくないが、正直最近仕事がしんどいんだ。こんなピンチは産まれてこのかた初めてなんだよ。」

とても悲しそうな村長。


「そうですか、最近体の節々が痛くて情熱や集中が続かなくなってしまったんですね。それはお辛かったですね。」

大成にはその辛さが痛いほどわかった。大成自身も、整体の仕事をしていて腰を痛めたしまったことがあるのだ。

「そうなんだよ、しかし村人はこうしているこの瞬間もみんな自分の役目をまっとうしている。村長である私が、弱音を吐くわけにはいかないのに。それどころか、頑張ろうとすればするほどイライラしてきて、もう感情のコントロールも出来なくなってきているんだよ。こんな事では村長失格だと、頭ではわかっているのに。」


「村長!!大丈夫です!私は現世で整体を生業としてきました!!村長はみたところかなり体が疲れている状態です!しっかりと体のケアをしましょう!それが村長のお仕事や村の方々の幸せにもつながるはずです!」

大成がハッキリと言い切った。その時、大成の後ろには光がさしていた。

眩しすぎるほど輝く大成を見た村長は、感動して自然と涙があふれ出してきていた!!


「では、村長!まず施術を始めます!!」

てきぱきと身近なもので施術スペースを作り早速施術のはじまりです!!



「まず、うつぶせになって下さい。」

(やっぱり、ものすごい体中がばきばきだ。どうほぐしていくか。まずは、張りつめている気持ちをほぐしてあげよう。)

背中をさっさ、と手のひらでなでながら大成はどのようにほぐすか、どこが一番疲れているか見極める。


肩は力が入り寝ていても肩をすくんだようになっている。

ふとももの裏の筋肉がはっていて、おしりの筋肉や腰回りも緊張している。これは相当かたそうだ。

「軽くおさえていきますね。」

ぽきぽき

大成が背骨の上を手のひらで押していくと、優しく押しただけなのに、ぽきぽきという音がした。

「これは、相当疲れていましたね。」


「…。」

村長はもう声も出ない。おとなしくなってしまった。

緊張の強い部分をサッサっと手のひらで何度かさすって緊張をとる。


(おそらく、体をほぐすのは初めてのはず。ならば、無理にほぐすのではなく、軽く流して、あとは体に負担のないように、あの技を使おう。)


 

基本穴(きほんけつ)拇指圧迫(ぼしあっぱく)!!!」

大成は突然、とっておきの技の名前を叫んだ!!!

これは、大成の必殺…いや、必勝技なのだ!!!


手際よく前進の大切なツボの部分を的確に親指で押していく技で、昔大成が修行中に師匠に教えてもらった技だ!!!


まずは、全身の緊張をとく!頭のてっぺんにある【あたまのツボ】!!

両手の親指を重ねてゆっくりと、5秒かけておす、5秒とどめて、5秒かけて離す。特に離すときは意識していないとパッと離しがちだから注意しよう!!


そして、肩の首と肩の真ん中にある【かたのツボ】

そして、腰が痛いときに手が自然おさえる場所【こしのツボ】

そしてふくらはぎのどまんなか【あしのツボうしろ】

そして膝の少し下で骨の外がわ【あしのツボ前がわ】


この5つのツボを親指でしっかり押していくことにより全身の血の巡りが良くなるのだ!!





大成は整体を続ける。

背骨のきわを首の方から腰の方へ向かって何度か繰り返し細かく押していく。はじめ横から見た村長の背中は山のように膨らんでいたが、何度か押していくうちに平らになってきた。

猫背がすこーし伸びてきたのだ。

大成は体の負担にならないように村長の背骨の上に手を添えて村長の体を左右に揺らす。


(さすがに、見知らぬ土地で既往歴も知らない初めて会う人をガッツリほぐして何があっても怖いから、軽くにしておくか。)


足を持ち上げて、足の付け根から動かすように意識しながら足を揺らす。無理のない軽いストレッチもかけた。

腕を持ち上げて、こちらも腕の付け根から動くように揺らす。凝り固まった筋肉が少しずつ緩んでいく。


(そういえば、村長は最近怒りっぽくなったっていう噂。もしかして…。)


「村長、この村には乾燥した豆と絆創膏はありますか?」

「…。」

「そ、村長?」

村長はグーグー眠ってしまっていた。これは相当疲れていたに違いない。


村長を寝かせたまま大成は奥さんとクロちゃんのいる部屋へ行った。


「あの、奥さん、この村には乾燥した豆と絆創膏はありますか?」

「はい、ありますよ。あれ、あの人はどうしました?」

「村長さんなら少しだけ休んでもらっています。」

「あの人が休んでいるんですか!?お客さんが来てるのに!?めずらしい。」

「いいんです。たまにはゆっくりしてもらいましょう。」

ニッコリする大成。

「あと、最後の仕上げに、豆と絆創膏おかりしますね。」


また村長の部屋にもどり、寝ている村長の足の甲に豆を絆創膏で張り付ける大成。

「これで、よし!」


「むにゃむにゃ。…。は!これは失礼!!私としたことが、ちょっと寝てしまったようで!」

村長が飛び起きる。

「いいんですよ。村長さんは体が疲れていたみたいです。でも少しほぐさせてもらいました。今ご気分はどうですか?」


「うん!なんだかパッと視界が明るい!なんだか体が軽くなっているよ。久しぶりに穏やかな気持ちだ!!」

血色の良くなった村長がまだ少し眠そうな目で答える。

「これなら、今日は久しぶりに情熱を持って自分の仕事に打ち込めそうだ!!アイデアもどんどん湧いてきた!!本当にありがとう!!何とお礼を言ったらいいか。本当にあなたはこの村の救世主様だ!なんてありがたいんだ!!」



「あはは、それは良かった。」

大成は照れながらも、心があたたかくなるような気がした。


「今日はぜひこの村でおもてなしをさせて下さい。ハニー!安間殿に最上のおもてなしを!!」


「ダーリン!分かったわ!さぁ!安間さんどうぞくつろいで行って下さいね。」

奥さんがお茶のセットを用意してくれた。

「大成!問題は解決したんでちか??さすが大成でち!すごいでちー!!なんだか、村長さんの雰囲気が優しい時の村長さんに戻ってる気がするでち。」

とクロちゃん。


「最後の仕上げが効いたのかな?」

「仕上げ?」


「そう、イライラや怒りすぎは体のエネルギーが頭の方に上がりすぎて、伸びやかに巡っていない事が原因になることがあるんだ。だから、エネルギーを下におろして伸びやかに巡らせるツボに小さな豆を絆創膏で貼り付けたんだ。足の親指と人差し指の骨の根本が交わる足の甲にあるツボだよ。」


「えーー!大成そんなことできるんでちか!!凄すぎでちー!!これから村長さんが優しいままだったら嬉しすぎるでちー!!」

大喜びのクロちゃん。


「あの人をお救いくださって本当にありがとうございます!!」

奥さんもうっすら涙をためて感激している。

「とにかく、安間殿の技は素晴らしかった!!もはや人間のものではなく、神わざだ!!安間殿もしよろしければこの村の守り神になってくだされー!!!」


「か、神!?そんな大袈裟な!!」

「大袈裟ではない!この村に体を労るという概念などなかった。そこにこんなに素晴らしい考えを、技をもたらした!守り神だ!神の手だー!!」


「えーーー!!」



そして、大成は神殿にまつられた。

キラキラした装飾。尊敬の目でみてくる村の人。なんだか背中がくすぐったくなった。



大成はふと思い出した。あの辛い1日を。その日は朝から、少し憂鬱だった。いつものクレーマーが予約で入っていたからだ。いつものクレーマーというのもおかしな話だ。いつもクレームを入れるならもう来なければいいのに、そういう客に限ってまたなぜか来るのだ。そして、店をよくするという謎の理論で自分の思い通りにいかないことを喚いて帰っていく。スタッフもみんな嫌がって、気分も下がって、受付に立っていた新人がこの客にたまたま会ってしまって泣かされた。そして、未来のエースは店を辞めてしまった。完全に店を悪くしている。出入り禁止にする方法もある。俺が今のところまだクレームをもらっていない最後のスタッフなので俺が担当することになっている。俺にも何か言ってきたら、もう、今後は出入り禁止にせざるを得ない。そういう事になったのだ。

なぜ、俺にだけクレームを言ってこないのか。本当にそうなのか。そんなことを考えながらも、この日はその客の担当をした。

うん。これは、不味かったのかもしれない。

客が機嫌が悪そうなのは店の扉が開いた瞬間に分かった。気を遣いながらも、大切に扱いながらも対応したが、それでも、左と右の押し方が違うとか、強く押せとか。荒い口調でそういうことを言われた。まぁそれは良い。実際にそうだったのかもしれないし、だとしたら自分の練習不足。お金をもらっている以上、プロなのだから精進しよう。そうなんだけど。なんだろう、なぜか辛くなってしまったんだ。全然大したことじゃないのに。たえられることなのに、たえられるはずなのに。

あー。人から敵意を向けられるのはしんどいな。

そもそも、自分の仕事は何もつくりだしていない。

何も残らない。客の体を一瞬ほぐしても、また次来る時には体が元に戻ってるし。そのときに客が安らいでる時間を売ってるような物なのかもしれない。

自分は一体何なんだろう。ただの肉体労働なのか、時間の切り売りなのか。人の為になりたくて、自分なりに勉強して、今こうしてこの仕事をしているけど、本当にこれで良いんだろうか。何かのためになってるんだろうか。胸の辺りがぎゅーっと痛くなる。


ちょっと考えすぎなのかな。だけど、そんな事が頭をぐるぐる回るんだ。

仕事柄、健康には気をつけている。

でも、もういいか。今日はめちゃくちゃに好きなもの食べて思いっきり寝よう!!

仕事が終わった頃には、もう飲食店は空いていない。

唯一空いてるコンビニに駆け込んだ。

自分より遅い時間まで働いてる人がいることに、変な安心を覚えながら、食べたい物を選ぶ。なるべく幸せになれる物。なるべくうれしくなれる物。なるべくストレスが解消できる物。もはや、食べ物に期待しすぎな感もあるが。だけど、それを成し遂げてくれるのが食の素晴らしさなのである。

そして、大成は食べまくり、そして眠りまくり、そして結果、ここに居るのだ。


こう思うと。なんだろう、この村長と、あのクレーマーの客は、なんだかコリや痛みの症状は似てるな。

違うのは気性だけか?いや、怒りっぽいって言ってたから気性も同じか。違うとしたら。そうだな、素直に辛いところを辛いと言っている点だけか。

体が辛い。体がつらくて大好きな仕事ができないのが辛い。思うように仕事ができない自分が許せない。結果がうまく出ず悔しい。悲しい。

それを素直に言ってくれたから、そこにアプローチできて、改善できた。

でも現実の客は、素直に言うことができず、自分の辛さを自分で認められず、誰かのせいや、何かのせいにするしかなかったのか。色んな感情に怒りという蓋をしてその表面しか表現することが出来なかったのか。


大成は、涙が一粒流れた。

可哀想に‥。

もし、そうなら。

次会った時は、もう少し力になれるかもしれない。

俺の頑張りは全部が無駄じゃないのかもしれない。

もう少し誰かの為になれるのかもしれない。



そう思った時、急に大成はなぜか猛烈な眠気に襲われた。

あ、寝てしまう。





そして。

目が覚めた。


あれ、ここは。



そこは、大成が食べ散らかしたコンビニのご飯が散らかる現世で暮らしていた部屋だった。時計を見ると朝の9時。


あ、あれ?

夢だったのか??


大成は混乱しながらも体を持ち上げる。


血糖スパイクで寝てしまったので、何となく頭がぼんやりする。

だけど、異世界で起こったこと、感じたことはハッキリと覚えていた。



大成は部屋のゴミをゴミ袋にガシャガシャと詰め込んだ。

シャワーを浴びて、休みの過ごし方を考える。


今日は、実家に帰ろう。

何故か無性に実家の猫に会いたくなった。


電車に乗って実家に帰る。


実家の扉を開けると母がエプロンで手を拭きながら駆け寄ってきた。

「おかえり、大成。なんだか顔色悪いのねー。疲れてるんじゃない?今日はのんびりしていきなさい。ごはん何食べたい?」



「ただいま。うん、ありがと。母さんの作った物なら何でも良いよ。」


そう言いながらカバンを下ろす。


黒猫がタッタッタと近寄り大成の足にすりすり頭をこすりつける。


「よしよし、クロ。元気だったか?」

大成が撫でてやると、


クロと呼ばれた黒猫はピンとシッポを立てて返事をした。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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