39 初雪の約束
手持ち提灯片手に夜も更けてきた道をナス子さんと歩き、フダツの村での仕事を終えての帰り道。
まだ雪こそ降らないものの普通に寒いし。女二人にこんな夜更けに隣町におつかいを頼んできた時成さんは絶対どこかおかしい。
手軽に行ける距離だからこそ良かったけど、ツジノカさんにもらった羊毛の羽織りが早速大活躍している。ふかふかもこもこの暖かさに私は命拾いしたのだけど、ナス子さんはそこまで厚着をしていなくて心配になる。
「ナス子さん寒くないですか?」
「私?平気だよ〜寒さには強いから!私とナズナはねぇ、ずーと雪が降るような山奥で産まれたんだぁ。」
あぁだから二人共色白なのかな、と腑に落ちる。
「ということはアネモネさんも?」とまだ見ぬその人を思い浮かべて聞いてみれば、それまで上機嫌に歩いていたナス子さんがピタリとその動きを止め私を見つめた
「…ナズナから、聞いたの?」
「アネモネのこと」と動揺しているような揺れる瞳で見つめられ、私は小さく頷いた
「え、っと…。瘴気のせいで、ずっと昏睡してるってことは聞いてます」
「……。それね、私のせいなの…。」
「え?」
思わぬ告白に固まる私に、ナス子さんはゆっくりと話し出した。
「…アネモネはね、私の2つ年上のお姉ちゃんで、いつも二人で遊んでた。でも10年前のあの日…私とアネモネの前に異形が現れた…。長い耳を持つのと丸くて大きな体を持つのと、もう一体は、よく分からなかった…」
「さ、3体も…!?」
「うん…完全に囲まれてしまって、異形から瘴気が噴き出して…あぁ、もうここで死ぬんだって思った。だけど、アネモネが…私を庇うように覆い被さってきて…私が瘴気を吸い込まないようにずっと…私の口に布を押し当ててた」
それでもだんだんと意識が遠のいて…
気が付いた時には目の前に、泣いてるナズナと、私を助けてくれたらしい時成様がいて…
後から来たキトワさんの助けもあって私は回復したの…
「でも、アネモネは……。私を庇って、ずっと大量の瘴気を浴びてしまったアネモネは…時成様でも、キトワさんでも、誰も、救うことができないほど…っ…手遅れで…」
ぼろぼろと涙を流すナス子さんの悲しみが、悔しさが、痛いほどに伝わってきて…
私の体は勝手に動き、気付けばナス子さん思いきり抱きしめた
「っ大丈夫です!ナス子さん!
「え…?」
「私が必ずアネモネさんの瘴気を浄化して、アネモネさんを救います!約束します!」
「そんなこと…」
「できるんです!!まだ鍛錬が足りないので今すぐじゃないですけど…っ頑張って1日でも早くアネモネさんを救います…!!」
「由羅ちゃ…」
「だからもう、自分を責めないでくださいナス子さん。アネモネさんもきっとナス子さんに笑っててほしいと思ってます!私も、いつも元気なナス子さんに救われてるんです!」
泣かないでください。とその涙を拭えば、ナス子さんの涙は更に増えて少し慌てる。
わんわんと泣き叫ぶナス子さんの背中をあやすように摩っていれば空から雪が降ってきた
(あ、雪…)
「ナス子さん初雪ですよ?」と頭を撫でながら言えば「由羅ちゃん結婚してぇ〜!」と小さな声が聞こえてきて、予想外の返事に私は(んん?)と首を傾げた
「私が幸せにするからぁ~」
「…ちょっと話が見えません」
泣いたせいだけでなく、赤くなったナス子さんの顔を、提灯の光とふわふわと舞う雪が照らしていたーー
ーー元気になってくれたのはいいものの、やたらと体をくっつけてくるナス子さんに戸惑いながらもトキノワに帰ってくると
暴れて気絶していた三人が目覚めていた
「由羅さん無事ですか!?」
「ナス子てめぇ!なにもしてねぇだろうな」
「雪降ってるから寒かっただろぃ」
「ではお茶を淹れてあげよう!僕の愛情たっぷりのお茶を飲めば心も体も温まること請け合いさ!」
ワイワイと賑やかな皆に「ただいま」と笑顔を浮かべていれば、私の隣でナス子さんが何故か踏ん反っていた
「ひかえおろう皆の者〜!ナス子は先程由羅ちゃんの豊かで柔らかなその胸に顔を沈め、熱い抱擁のすえ、一つの約束ののち、ナス子は!由羅ちゃんと結婚すると決めたぁ〜!!」
ドンっと効果音が聞こえてきそうなほど勢いよくそう宣言したナス子さんに「……へ…?」と口から息が漏れた。結婚を了承した覚えはないのですが
同じようにポカンとしていた皆も言葉を理解したとたん盛大に顔を顰めている
「はぁぁあ!?」
「何故、胸に顔を沈めたんですか!」
「いやサダネどうしたお前!?問題そこじゃねぇだろぃ!!」
「いいや問題だね!さぁナス子!一体なにがどうなってそんなハレンチで面白い展開になったのか一から説明を頼むよ!!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ皆を無視して、ナス子さんは私にパチリとウインクを飛ばすと
「覚悟してね、由羅ちゃん?」とそう言って笑った笑顔に私は少しだけ頬を染めた
不覚。ちょっとキュンとしてしまった…




