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31 一筋の光

 どこかケガでもしたのかと声をかければ、しばらくの無言の後、歯の奥が震えているような声で「情けない話…」とトビさんが話す



「俺…暗く、狭ぇとこが…耐えられなくて…」



 息すらし辛いのか、ぜぇぜぇと苦しそうにするトビさんが今どういう状態なのか、瞬時に理解した私は、トビさんの腕をぎゅっと掴んだ



「大丈夫ですよトビさん!頼りないかもしれないけど、私もいますからね!」



 図らずもそれは、私にも身に覚えがあることだった。

 だれにでも少なからずあるとは思う。ただ人によってその重さは違うのだろうし、目の前のトビさんの様子ではトビさんにとってその重さが私には計り知れないほど大きいのだろうことが分かる

 だけど、だからこそほんの少しでも、役に立てたらいい



「トビさん、体を縮こませたらダメです。ちょっと立って深呼吸してみましょう!立っても両手がのばせないほどの狭さではないですよ!」



 ガチガチに硬くなってしまっているトビさんを、多少無理やりに立たせて、その手を広げてみせる。オノの先端がカツンと土にあたった音がした。



「ね?ちゃんと身動きはできます!大丈夫です!それに時々ですが月あかりが入ってきて明るくなる瞬間が…あ!」


「…?」



 まだ少し苦しそうなトビさんの腕を引き「トビさんこっちにきて見てください」とさきほど見つけたものを見せるために少しだけ移動して、それが見えるようにトビさんの両頬に手を添えてぐいっと動かす



「あ…」



 おそらく私が落ちてきた穴だろう。とても小さいけれど、そこから夜空に輝く満天の星が覗いていた。

 まるで天体望遠鏡から見ているような感覚だけど、この世界が江戸時代に近いならその文化はまだ広まってはいないのだろうか



「すごく綺麗ですね!きっと今私たちが暗闇にいるからあんなにも星が綺麗に見えるんですよ」


「暗闇にいるから…?」


「はい!だってトビさんも言っていたでしょう?森に入る前キトワさんの事『良いところも悪いところもある』って。それと同じで、狭い暗闇の中、辛く苦しいだけだと思っていた場所にも、私はトビさんに会えましたし、一緒にこんなに綺麗な星空を見ることもできた!暗闇も悪い事だけじゃなかったです!」



 ね?と笑顔でトビさんを見れば、トビさんは見事に目を丸くしていて私はとたんに冷静になる。

 ・・・なーにを言ってるんだ私は調子に乗って…。トビさんの状態も考えず能天気にもほどがある…。


 トビさんがますます体調悪くなるのでは?と顔からサァーと血の気が引いて私は深々とトビさんに頭を下げた



「…すみません。調子のいい事言って、私だけがトビさんの存在に安心してしまってまして…」



 自分の言動に後悔しながら半分泣いていると、トビさんから小さく「…ありがとう」と聞こえてきて一瞬聞き間違いかと自分の耳を疑った。


 顔を上げれば月あかりに照らされたトビさんの顔が小さく笑みを浮かべ私を見ていた。

 初めて見るそのトビさんの表情にほんのりと私の頬が赤くなった気がしたけど、暗闇のおかげでバレることはないとほんの少だけ、この闇に感謝した。






ーーー






 不思議と、息がしやすくなっていた…。


 不安と緊張、焦りや恐怖。負の感情が渦巻く暗闇の中で、まるで一筋の光が灯ったような。そんな感覚だった。



 トラウマなんだ、と一言片付ければ済むのだけど、そうできるほど自分の暗闇に対する恐怖は尋常ではなかった

 目の前に何があるのかさえわからないその闇は少しでも動こうものなら、自分の恐怖の象徴に触れてしまいそうで、ただひたすら体を縮め、硬直していくだけだったのに・・・


 この小さな穴の暗闇に落ちてきてから、ずっと握られているその暖かな手に甘えるように、気付けば俺はぽつりぽつりと話していた



「ガキのころ、森の中で一人、異形に襲われ、迷子になったことがあってねぃ」


「逃げ惑ううちに暗くなっていって、獣のうめき声もして…木の根っこにあった小さな穴に隠れたんだが…運が悪かったのかその穴はめっぽう深く、だいぶ底まで落ちちまった。」



 異形や獣に見つかりそうで声を出すこともできず、岩土が固すぎて出口を掘り出すことも敵わず、ただひたすら黙って真っ暗でせまい土の中、息をころし助けがくるのを待った…



「何度か気絶したせいか結局何日そうしてたのか覚えちゃいねぇが、いまや立派な恐怖の象徴になっちまっててな…こういう場所に来ると体がいうことを聞かなくなる…」



 同時に、いつまでたってもガキの頃の恐怖を払拭できてねぇ自分の弱さと情けなさに吐き気もする…。


 苦々しくそう呟いた俺に由羅さんは俺の手を握る力を少し強めた。

 あぁ本当に情けねぇ…どうしようもなくそれに安心してしまっている…



「…その時は、どうやって助かったんですか?」



 そう聞いてきた由羅さんの顔がちょうど月あかりに照らされる

 どこか力強いその瞳が少し苦しそうに寄せられる眉間の皺と相まってなんとも綺麗に見えるから不思議だ


 その顔に一瞬見惚れて、何を聞かれたのか忘れそうになった時。遠くからこちらに駆けてくる聞き覚えのある足音が聞こえてきた



「…俺の同郷に、かくれんぼで鬼をやらせりゃどんなとこに隠れようが必ず見つけちまう奴がいてねぃ…。だいぶ時間はかかっちまうみてぇだが…ほら、聞こえてきただろぃ?」



 すぐそこまできた足音にフッと小さく笑みが漏れる。今回は意外と早く見つけてくれたじゃねぇかぃ。



「トビ!由羅嬢!!無事かい!?」



 小さな穴から顔を覗かせたキトワの焦ったその顔が。昔、俺を木の根の穴から見つけた時と同じ顔をしていて懐かしくなる。無事かと聞いてくるそのセリフも、まるっきり同じとくりゃ成長がねぇな、お互い。



「おや、トビ。てっきり硬直していると思っていたのにずいぶんとリラックスしているね?その穴は君の恐怖の源だと思うのだけど?」

「あぁ、どうも。由羅さんのおかげでねぃ」



 おどけたように聞いてきたキトワから視線を隣の由羅さんへ投げると、驚いた顔をしたあと「え、私なにかしましたっけ?」ときょとんとした顔が見える


 「むしろ失礼なことしかしていない」と何故か落ち込んでいるそんな由羅さんが今の今まで手をつないでいてくれるのも、まるでそれが当たり前かのように振る舞う様子には、もはや頭が下がる


 キトワが降ろしてきた縄で穴から脱出する時、ついに離れてしまったその手の温もりが、『恋しい』と感じてしまった俺の頭にはもう


 今ここが暗い穴の中だという恐怖はどこにもなくなっていた…。



 あぁ、こりゃまずいな…と自覚した時には、にやにやと楽しそうに笑うキトワと目が合って俺の眉間に皺が寄る


 この野郎…。

 勝手に俺の感情の機微を読み取った罰として、今回の礼は見送らせてもらおうか



「つれないねトビ!熱を感知して見つけてあげたのに!」

「感情まで読めとは言ってねぇだろぃ」


「…え、なんの話ですか?」



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