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30 霧の罠

 トビさんと二人獣道を馬で駆け、目の前に森が見えてきた頃、森に入っていた二人が戻ってきた。


 二人によると今夜過ごす予定の森の小屋もその周辺も異常なく、異形の気配もないとのことだった。



「なんか拍子抜けするほどなんもなかったっす!」

「僕の存在は危険生物すら近寄りがたいくらい高貴だからね!異形も獣も僕に恐れをなしてすでに逃げだしたのかもしれないね!この世の奇跡というものが具現化したらそれはきっと僕だろうさ!」

「あと兎がいました!今日の夕飯っすね!」

「もちろん仕留めたのはこの僕さ!兎すら僕に見とれて足を止めていたからね!まぁ止まっていなくとも僕ならば簡単なのだけどね!さぁプリンセス由羅遠慮などいらない!そんな僕を崇め称えてもいいんだよ!!」



 一気に賑やかになったかと思えばトビさんが間髪いれず「だぁ!おめぇらうっせーから黙ってろぃ」と叫んでキトワさんとイクマ君は口を結ぶ



「ふふ、なんだか本当に兄弟みたいですね」

「やめてくれ由羅さん鳥肌が立たぁ」

「いいや的を得ているとも由羅嬢!この僕とトビそして支部のツジノカは同じ学舎にて学んだ幼馴染であるからね!歳はバラバラだけどね!ちなみに僕が一番お兄ちゃんさっ!」



 特別にイクマも兄弟に入れてあげよう!と高らかに笑うキトワさんにイクマ君はとても冷静に「結構です」と断っていて少し面白かった



「何故だいイクマ!この僕と兄弟の契りを交わせるなんてめったにないよ!」

「その三人キャラ濃すぎてしんどそうなんでいいっす!幼馴染三人で仲良くどうぞ!」

「ただの腐れ縁だろぃ…ほらもう行くぜぃ」



 日が暮れる。とため息を吐いて、トビさんは馬を駆けさせた。



 さすがに森の中に入ると、声のボリュームも下がって警戒しながら進む三人の一番真ん中という安全な位置に置かれた私は、慣れない空気に緊張して変な汗が出ていた


 地面に残る足跡や、木々につけられた爪痕から、この森に異形らしき獣がいたのは間違いないらしい。だけど今その気配はない、と皆は判断したのか森の中に唯一ある小屋に一度落ち着いた。



「目撃情報があったのが今朝だとすると、もう半日以上経ってっから移動してもおかしくはねぇが…何かきな臭ぇな…」



 オノの柄でコツコツと床をたたきながら考えているトビさんにイクマ君も「確かに」と顔をしかめる。私はといえば異形がでなかったことにほっと胸をなでおろすだけで、二人が何に違和感を感じているのかはさっぱりわからなかった。



「まぁとりあえず少し休もうではないか。明日の朝まで待って異形が出なければ調査は終わりとしよう。さぁイクマ、トビ!そして由羅嬢。極上の兎鍋をこの僕に献上したまえ」



 僕はお腹がすいた!とソファに座りふんぞり返るキトワさんにトビさんが無言でオノを投げていた。間一髪よけたキトワさんと「避けてんじゃねぃ」と無理があることを叫ぶトビさんとでギャーギャーと喧嘩が始まってしまい、私はイクマ君と二人、兎鍋の準備に取り掛かるのだった。






ーーー






 夕ご飯も食べ終え、月が昇り始めたころ。交代で寝よう、と。まず私とイクマ君が休もうとしていた時だった。


 キトワさんとトビさんが見張りをしているはずの小屋の外が、何やら騒がしい…

 私とイクマ君が武器を手に小屋の外へ出ればそこには一面、もくもくと霧のようなものが溢れ出してきていた



「ひぇ、なにこれ!?」

「この霧…猫魔だな!」

「イクマ!由羅嬢を守れ!片時も離れるなよ!」

「っはい!」



 非常事態に驚き固まってしまった私の前に出て、守るように武器を構えたイクマ君と

 そのさらに前にはキトワさんとトビさんが警戒するように回りに目を走らせている


 もくもくとした霧はどんどん小屋の周りに広がっていき視界を遮ってきて、一体なにが起こっているのかわからなかった



「皆気をつけろ。この霧に触れたら幻覚で方向感覚を見失うからね!」

「こりゃひと月前、ナズナ達と俺がはまった罠と同じだな…!」


「由羅さん!自分が守りますからね!離れないでくださいっす!」

「は、はい!」



 慌てて返事をして差し出された手を掴む。

 だけどだんだんと濃くなっていく霧がキトワさんとトビさんを包み、ついには目の前にいるイクマ君の体を包んだ時には私の周りは白一色になっていた


 私の目はただの白い霧しか映さなくなり、握っていたはずのイクマ君の手の感覚すらいつの間にか消え去っていた



「う、嘘でしょう~…」



 確かに握っていたはずなのに、すぐ近くにいたはずなのに…

 私の手は何も掴んでいないし私の周りにはイクマ君の姿も、そこにあったはずの小屋さえ、なにもない。


 ただ広く真っ白い霧の中にひとりポツンと佇んでいる自分の状況に、混乱しないわけはなく…。

 勘弁してください。と私は半泣きでゲンナイさんにもらったナイフを手に持った


 草木が揺れる音や風の音はするけれど人の声も気配もなにもない。

 助けを求めてその場から歩いてしまったのが、悪かったのか良かったのかすらわからない・・・そもそも私の足はちゃんと動いているのだろうか、と疑ってしまうほど感覚がない



 これが幻覚というものなのだろうか・・・



 もはやどうすればいいかわからない。不安と恐怖で今にも失神してしまいそうだ…

 なにか打開策はないかと必死に思案していれば、そうだ!とひとつだけ思いついて、即実行に移すため私はこめかみに手を置くと力の限り頭の中で叫ぶ



(時成さん~!!助けてください~!今こそ交信して然るべき時ですよ~!なにか助言か、もしくは自ら助けにきてくれてもいいんですよ~!!)



 前に時成さんが実験していたあの少し気持ち悪いノイズまじりの交信を思い出し、こちらから発信も可能なのか不明だけどダメ元で必死に念を送る

 しかし反応はまったくなく、肝心な時に役に立たないあの男の薄ら笑いが頭によぎった時ーー


 --「グルルル…」と獣のうめき声が聞こえてきて私はひゅっと息が止まる


 

 え、嘘。なにか近くにいる?やだ無理。



(と、時成さん~!!お願いします!!助けてくださいなんでもしますから~!!)



 もはや恐怖で奥歯は震え目からは号泣しているけれど相変わらず反応はなく…

 ガサッと音がして私の目の前に何かの気配がした。ヒッと思わず一歩後ずさった次の瞬間ーースカッーーと、私の足が空を蹴った・・・。



「へ…?」



 突然地面がなくなった、この身に覚えのある感覚にデジャブを感じながらも、下に落ちていく自分の体に悲鳴をあげる



「ーきゃあああ!うわ!!いだっ!!っつ~~!!」



 意外とすぐに、体は地面と再会したようで、受け身なくぶつけた足と腰が痛い…


 感覚でなにか穴のようなものに落ちたのはわかるけど

 視界は相変わらずなにも映さない。白い霧から暗闇に変わっただけだ


 狭いし、土くさい…。

 だけど猫魔の幻覚からはたぶん逃れることができたのだとわかる。だってもう霧はなく、時折月あかりが見えるから。

 それでも現状動けないのは変わらないのだけど。どうしたものか、とため息交じりにその場にいったん座ると、私の手が何かにふれた



「え?」



 なんだろうと触ってみれば…なにやら温かく、どうやら人の手のようで、もしかして仲間の誰かだろうかと期待が胸に膨らみ「誰ですか?私は由羅です」と暗闇に向け聞いてみる。



「由羅さん…」

「トビさん!」



 触れた手はどうやらトビさんのだったらしく

 ホッと安心したのもつかの間、どこかトビさんの様子がおかしい…


 だんだんと暗闇に慣れてきた目に映ったのは限界まで体を縮こませ、オノを握りしめるトビさんの姿で…その手は小刻みに震えているようだった。



「トビさん…?どうしたんですか?」


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