七
七
眩い光に視界が奪われ、異空間を駆け抜ける感覚を覚えた――次の瞬間。叩きつけられるような衝撃が全身に走り、ノエルは大理石の上でジタバタと身を悶た。痛みで思考が停滞し、状況の認識もままならない。ふと隣に視線を向けると、息も出来ないほど咳き込むリージンの姿があり、ここが光の大広間で、マルコの力で転送された事を悟った。
「ノエル!」
声がする方へ首を回すと、丸い物体を飛ばされる。ノエルは持ち前の反射神経でそれを手中に収めると、渡すというより投げられた懐中時計をまじまじ見つめた。太陽の紋章が彫られた銀色の懐中時計の裏に、しっかり刻まれた自分の名前。蓋を開けると時計盤の真ん中に小さな穴が空いており、そこから僅かな魔力を感じ取る事が出来た。
「なんだこれ」
「おそらく、二次試験で使う物だろう」
アルバートチェーンをベルトループに繋いで、レイは時計部分をポケットに入れる。
「じゃ、2人とも急いで逃げるぞ。皆が来る前に」
「……は!?」
言葉足らずにも程がある。ノエルは訝しげに眉をひそめて、踵を返そうとしていたレイの腕に手を伸ばした。筋肉で引き締まった、されど線の細い彼の身体はいとも簡単に引き戻され、レイは“不快”とでも言いたげな顔でノエルを見上げる。
「ちゃんと説明しろよ、レイ」
「時間がない。詳しい話は後ほど――」
「そんな事言われても、はいそうですかって聞けるわけ無いだろ!?」
「……落ち着きなよ」
不穏な空気が流れる2人を引き離し、リージンは喉仏を擦りながら続けた。
「ここは従おう。全員がここに来るってなると、確かに厄介だから」
言葉遣いこそ丁寧だが、有無を言わさぬ語調だった。ノエルはもごもごと口籠りつつ、少々乱暴に自分の頭をかき毟る。
「わーったよ。……レイに従う。アンタの頭の良さは、よくわかってるんだ……これでも」
「それはどうも」
感情の起伏がない、お面のような顔をほんの少し柔らげて、レイはついて来いとばかりに地面を蹴った。我慢していた糸が切れ、ようやく自由になった奔馬のような走りだった。
「待ってよ」
リージンはノエルより遅れて一歩踏み出す。けれども、このまま彼らの背中を追いかけるつもりはなかった。何せ此処は光の大広間。部屋面積が広く、出口も遥か向こう。他の受験生が到着するより前に抜けられるか、彼らの疾さを持ってしても正直微妙なラインであった。リージンは「これじゃ間に合わないよ」と独り言ち、両手を拡げながら前を走る2つの背中に飛びかかる。
「なっ、何してんだリージン! 離せ!」
秘境育ち故の照れからノエルが叫ぶも、リージンは抱きついたまま全身の神経を研ぎ澄ませていた。彼の身体を覆う紫がかった光は、空間を移動するエスパー属性特有のものであり、レイはハッとしたように顔を上げる。そうか、その手があったか。2つの目がそう語る。
「マルコと同じ……この術は――」
「ご名答。……瞬間移動!」
他の受験者が光の大広場に移動してくるのとほぼ同時期。2人を抱えたリージンの姿は光の中に消えるのだった。
75階、階段前。「便利な術」と、独り言ちたノエルにリージンは得意げに笑みを浮かべたが、彼の額には疲労からくる脂汗が浮かんでいた。瞬間移動という技は、エネルギーを一瞬で目的地まで飛ばす中級補助術である。闘いの場での短距離移動ならいざしらず。魔力の総量や濃度、技術において平均的なリージンに、人を抱えた状態での長距離移動は無理難題と言っても過言ではなかった。
「参った参った。5階上にしか行けなかった」
「上等だ。上等すぎて、不安になる。……時間がなかったとは言え、二次試験の前に魔力を使い果たすつもりか?」
リージンはタハハと笑う。長い袖で口元を覆いながら。
「今21時でしょ? 6時に起きるにしても、10時間はゆっくり出来るから、大丈夫だよ」
「そうそう。レイは心配しすぎ。部屋でゆっくりすれば、体力も魔力も回復するっしょ」
珍しく、リージンの意見に賛同するノエルに、レイはさもやれやれといったふうに肩を竦めてみせた。
「やはり、わかっていなかったか」
「は?」
「休憩時間は建前。二次試験は、もう始まってる」
※
「……」
誰もいなくなった一次試験会場。マルコは額に浮かぶ汗を拭いながらモニターに目を向けていた。先程までは自室を映し出していたが、今は受験者を見張る監視カメラの役割を担っている。16個にも別れた映像を全て把握するのは難しいが、マルコは読唇術を駆使して、一部受験生の発言を読み取っていた。
警戒する者、笑っている者、早速グループ作りをしている者。
受験者の行動は十人十色で、どんな行動を起こすのかとても興味深い。しかし、その中でも群を抜いてマルコの興味を惹きつけた者がいた。それがレイである。
誰もが躊躇い、一歩踏み出せずにいた中。2人の青年を巻き込んで、突っ込んで来た彼の姿には、正直度肝を抜かれた。まさか、あの短時間で答えに辿り着いたなんて思えず、何を考えているのかわからない薄気味悪ささえあった。だけど――
「まさか、まさかですよ」
くっく、と喉の奥で笑いながら、マルコは感心した様にモニターを見つめる。レイは気づいていた。あの短い時間で。“二次試験が始まっている”という答えに辿り着いただけじゃなく、光の大広間では行動が制限される事まで予測していた。シャワーを浴びる事はおろか、最悪睡眠時間を削られる。休憩時間は建前だと言い切った彼の判断は、末恐ろしくなるほどに正しかった。
現に今。光の大広間では、如何に強い仲間を作るか、お互い監視し合う拮抗状態が続いている。置かれたバイキングを楽しんでいる者は数える程度しかおらず、オスカー=L==ファントムを始めとする底の見えぬ実力者たち。もしくは、リオ=クルスクのような士官学校に通う者くらいであった。
「彼らを出し抜くなんて。猫目の青年は、随分と頭の回転が速い……」
他の追随を許さない頭脳と、手の内を明かそうとしない狡猾な性格。魔力総量こそ他者に劣るものの、それを補う魔力コントロール。二次試験でどのような活躍を見せてくれるのかと、マルコは愉快な気分にならずにはいられなかった。
(それでも)
「私が最も期待を寄せている人物は彼でも、ましてやイズミやファントムでもないんですけどね」
天才と名高いシオン=アルジェントの弟――ノエル=アルジェント。その人に視線を移しながら、マルコは批評的な眼差しで見つめた。
(最終試験、期待していますよ。アルジェントくん)
※
緊張感というものが欠如している――。
イズミは、隣でデザートを頬張る女の子を見ながらぼんやりと思った。小柄で、少し肉付きが良く、人懐っこい雰囲気を醸し出しながら、隠しきれない好戦的で狂気的な部分。ノエル達と行動を共にしていながら、1人で行動している姿もよく見かけた、不思議な女の子。
一次試験の時から“良い度胸している”と思ってはいたが、今回ばかりは唖然とする他ない。こんな緊迫した状況下。平常心を保てているのはオスカー=L==ファントムを始めとする底の見えない実力者くらいのもので。自分の力に絶対の自信があるイズミですら、普段通りというわけにはいかなかった。なのに――
(もう1時間は食べっぱなしだ……)
ため息が零れた。拍手を送りたくなるくらい呆れて感心もした。気配も消さず、遠慮もせず、好奇の目を瞠って観察しているというのに、リオは一切合切気にせずにデザートをペロリと平らげる。信じられない、そんな感想を抱いたのは決してイズミだけではないだろう。
「お腹いっぱい」
下腹の膨満感を擦り、フーと大きく息を吐く。ようやく空腹が満たされたのか、よっこらしょと席を立ったリオの姿をイズミは目で追った。グループ作りを始めるのか、一体誰に声をかけるのか、イズミの中でもそりと好奇心が動く。しかし、どこまでも予想の斜め上を行く彼女は他の受験者に目もくれず、シャワールームへ向かおうとしていた。確かに、今は休憩時間、何をしようが個人の勝手かもしれない。
(けど……)
「いくらなんでも余裕ありすぎだよ、君ィ!」
「……えっ!?」
イズミは咄嗟にリオの腕を掴み、自分の元へ引き戻す。突然の引力にバランスを崩し、中腰になった彼女と初めて視線を交わした。戸惑いと好奇心が同居したような瞳で、彼女はイズミを見据える。それに引き換え、彼女の瞳に映る自分は、酷く動揺をしていた。
「あ!」
「あ?」
「ノエルさんを完膚なきまでに叩き潰して尊厳破壊した人!」
「……そ、尊厳破壊?」
「が、私の腕を掴んでいる……?」
リオは唇で弧を描き、揶揄するように、または値踏みするようにイズミを見つめる。が、すぐに真顔になって、
「どうして? 私に何か用ですかぁ?」
と、ほんの僅か警戒心を滲ませた。
リオにとって、ノエルは命の恩人である。私情で傷つけたわけじゃないにせよ、イズミに対して好意的な感情を抱けるはずもなかった。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、イズミは丸くした瞳にほんの少し驚きの色を浮かべる。
「いや、突然悪かったね」
パッと彼女から手を離しながら、イズミは続けた。
「僕はイズミ=ヒルベルト。……君は?」
「……。私は、リオ=クルスク。よろしく、イズミさん」
自己紹介をした途端。リオは喜色満面、警戒心を解いたような笑顔を浮かべる。よろしくと握手を求められたが、イズミはそれを握らず自分の首の後ろを擦った。皮膚が痛い。ピリピリと刺すような痛み――これは殺気である。嫌われたものだなと一息ついて、イズミはジト目でリオを見据えた。
「隠しきれてないよ。殺気」
「え」
キョトンと目を丸くして、リオはバツが悪そうに視線を反らした。
「あー……私、感情殺すのも下手なんですよねぇ」
「そんな警戒しなくても良くない?」
「そりゃしますよ。ノエルさんと交流のある私に近づくなんて、どー考えても怪しいじゃないですか」
長い睫毛で頬に影を作り、不機嫌を隠そうともしない彼女に、イズミはクックと喉の奥を鳴らした。今試験一の実力者と持て囃され、同時に怖れられてる彼にとって、彼女の反応は物珍しく映ったのである。イズミは、面白いものを見るような目つきでリオを見下ろしながら、
「リオくん、だったかな」
唐突に、人差し指の腹を彼女に向けた。
「僕とチームを組まない?」
「……はい?」
狐につままれたような顔でポカンと見上げて、リオは意味がわからないとばかりにお手上げのポーズをするのだった。
※
鳥の鳴き声が聞こえた。カーテンの隙間から朝の光が差し込んで、新たな一日が始まろうとしている音がする。レイは、意識を急いでかき集めながら室内を見回すと、爆睡しているノエルの向こう側――ドアの前で屈むリージンに視線を定めた。「起きた?」と言って首を回す彼の眼光は鋭く、ただ事とは思えないほど険しい顔つきをしている。レイは何かを察したように頷いて、ノエルを揺さぶり起こした。
「どうした」
「物音がしたと思ったら、ドアに紙が挟まっていた。二次試験について書いてある」
「……!」
「明日の17時までに脱出すればクリア。ただし、三人一組である事が必須。懐中時計の破壊イコール、失格とす……」
「なるほど」
一聴すると、三人一組でタワーを脱出、という至極単純な試験内容。しかし、69階から下は迷路のような設計となっており、行く手を阻む者として複数人の“候補兵”を配置しているとの事だった。まさか、本気で殺りに来る事はないだろうが、戦闘部隊にも入れない、実力差がほとんどないプロ成り立てに、手加減をする余裕などあるはずもない。
これは脱出ゲームと見せかけた、命懸けのサバイバルゲーム。未だ嘗て見た事も聞いた事もない危険な試験内容に、レイは伏目がちに視線を逸した。
「リージン。ちなみに、なんだが……」
「ん?」
「三人一組であれば、脱出方法に縛りはないのか?」
リージンの目が瞬く。何を言いたいのかわからないと言いたげな顔をしていた。
「ない、と……思う、けど?」
「もし方法に縛りがないのなら、瞬間移動で脱出しても問題ない……という事になるな、って」
二次試験の攻略法をあっさり見出したレイに、軽く手を振る動作で断ると、リージンは「嫌だよ、無理無理。出来ませんからね」と釘を差すように言った。やってみようという意欲も、見栄を張るプライドもない。少しは悩めと思いはしたが、リージンの実力では難しいだろう事はレイもわかっていた。
瞬間移動は、エスパー属性なら誰でも扱える、基本術の一つ。しかし、短距離から長距離へ。1人から複数人へと条件が変わるだけで、難易度は上級魔術にまで跳ね上がってしまう技でもあった。余程の魔力総量とコントロール力がない限り、人を抱えた状態で、70階を超える長距離移動は不可能と言えよう。
レイは、思案投げ首になりながら、電子手帳の角を顎に押し当てる。
「まあ、現実的に考えるなら――候補兵と遭遇したら、隙を見て瞬間移動で逃げる、かな」
「隙が出来れば、の話だけどね」
「それは私達の役目だ。大船に乗ったつもりで安心してろ」
「それは随分と心強いね」
両手を突き上げて大きく伸びをすると、リージンは突然はた……と動きを止めた。
「で。ノエルは今までの話ちゃんと聞いてたの?」
ベッド上でゴロンと寝返りを打って、ノエルは、んー……と思案声を漏らした。レイは頭がいい。彼の発言はいつも的を得ており、これが最善の策である事に間違いはない。しかし、ノエルは脱出という言葉に、引っ掛かりを覚えてならなかった。
「聞いてたよ。聞いてたけどさ」
さっさと準備を終える2人に、ノエルは話しかける。
「これってさ、脱出すればどんな手段を使ってもいいんでしょ」
「まあ、そう言う事になる……ね?」
「じゃあ、屋上から飛び降りる、ってのはどう?」
まるで自殺志願者のような言葉に、レイとリージンは一瞬動きを止めた。ノエルは身振り手振りに「違う違うそうじゃない」と強く否定する。
「別に紐なしバンジージャンプをしろってわけじゃなくて。地面に当たる直前に、全魔力を地面に放出すれば、衝撃は軽減されるかなって」
「随分と簡単に……」
レイは呆気に取られた。彼の口振りが真剣でなかったら、一笑に付したいところである。
「俺の魔力総量なら何とか――」
「着眼点は悪くない。確かに、お前の魔力総量なら何とかなるだろう。……けど、自分の落下地点に、全魔力を的確に放出するコントロール力がないと、衝撃の相殺は出来ないぞ」
「……う゛っ」
「お前には無理だ。あんなひっどいコントロール力じゃ100%死ぬ。基礎を学んでから出直すんだな」
腰に手をかけ、やれやれと頭をふるその姿に、ノエルは思わず歯を鳴らした。神経の束を逆撫でされたような苛立ちが身体中に走る。
「アンタのひっくい魔力総量よか伸び代あると思いますけどねぇ!」
「慌てるな。本題はこれからだ」
レイは別段癪に障った様子もない。二度も同じ挑発には乗らないとばかりに、沈着な口調で続けた。
「私はお前には無理だと言った。……お前じゃなければ、作戦自体は不可能じゃないし、むしろいいと思う」
「は? いや、アンタやリージンの魔力量じゃ到底――」
「わかってる。だから、|私がノエルの魔力をコントロールする《・・・・・・・・・・・・・・・・・》」
「はあっ!?」
あっけらかんと言う。それはもう簡単に言ってくれるが、魔力は人それぞれ波長というものがある。余程コントロールに優れた技術特化型の玄人なら兎に角。魔術師にもなってない受験生が、他人の魔力に波長を合わせる事など、誰に聞いても十中八九不可能だと言い切るだろう。ノエルは「いやいや」と嘲笑混じりに口を開いた。
「他人の魔力に波長を合わせるんだぞ? しかもそれを操るって……」
感情の起伏が乏しい表情に、ほんの僅か自信を滲ませて、レイは「出来ない事は言わない」と断言する。わずかの濁りもない、確信に満ちた声色は、ノエルの中にある疑心を掻き消していった。
「私は、力のコントロールに優れてる。それに……特殊な生まれだから、魔力濃度だけは高いんだ」
「特殊……」
「お前の家もそうだったんじゃないか? 婚姻に制約があったろ」
魔力は遺伝だ。魔力を持たない人間との間に生まれた子供は、人の遺伝子が混ざり魔力濃度が薄くなる。薄くなればなるほど、術の効果が弱くなり、強い効果を発揮させる為には、より多くの魔力を込めなければならない。故に、多くの魔術師を輩出していたアルジェント一族宗家は、魔力を持たない人間との結婚を認められていなかった。
「アンタも似たような家の出か」
ノエルは苛ついたように頭を掻き、溜め息をついた。溜め息をついてどうなるというものでもないけれど。
「血が、魔力が、薄まる事がなかった私の……」
何もない壁を見つめながらレイは続ける。
「魔力濃度を超える者は、この会場には居ない。ノエルの魔力に波長を合わせても、その高い濃度に飲み込まれる事はない。だから、出来る」
「アンタが出来るって言うなら、俺はそれを信じるよ。リージンも、それでいいよな?」
「……」
無茶な、リージンが呟く。レイの能力、思考を全てを理解したわけじゃない彼にとって、これは危険な賭けであり博打に等しかった。練習は出来ない一発勝負。失敗した時リカバリー出来る代案もない。だけど、刺客だらけの迷路で、何日も神経をすり減らすくらいなら――。リージンは前髪の下の眼帯を外しながら、眉の辺りに決意の色を浮かべた。
「……っ」
ノエルの目が、瞳孔が、扇のように拡がっていく。
「リージン、アンタ、その目――」
「外であっても、どこに妨害の仕掛けがあるかわからないだろ? だから、僕が、この目が、2人を守るよ」
オリーブ色の左目とは違う赤色の瞳。常に右眼を封じるという制約を作っている彼の千里眼は、数十キロ先まで透視る事を可能にしていた。ノエルは楽しい企みを前にした子供のような顔をして、準備もそこそこに扉を開けて、二次試験へと飛び出していく。早く早くと振り返る彼の目に不安はなく、どこか緊張感を漂わせたリージンの心を随分と軽くした。レイはショルダーバッグを肩にかけながら、
「こっちだ。付いて来い」
廊下は相も変わらず人気がなく、牢獄のような陰鬱さだった。この階に泊まった受験生は居なかったのか。生活音が聞こえない、自分たちの靴音だけが反響する気味悪さに、3人の足は自然と速まる。屋上から飛び降りる事に、最早不安や抵抗はなかった。なのに――
「っ!?」
不安を煽る、禍々しい魔力がタワー全体に拡がる。まるで津波に飲み込まれるような感覚に、3人の視界はぐらりと揺れた。上級魔術を使用したかのような、それも明確な殺意を込めた強い波動にお互い顔を見合わせる。今のは何だったのか、誰がなんの為に使用したのか。ノエルは居ても立っても居られずに、前方で動きを止めるレイを追い抜いて、階段へと走り出した。
「待てノエル!」
気配がする。先程の魔力の持ち主とは限らないが、近づく気配にレイは警戒を強めた。正直、余計な争いは避けたい。願わくば、ノエルの首根っこを掴んで引き返したい。しかし、存外頑固者な彼の事。今更何を言ったところで、聞く耳など持ってくれはしないだろう。仕方ない。レイとリージンは、どちらからともなく目線を合わせると、抜剣するノエルの後ろでそれぞれ体に魔力を纏った。
気配は数人。チャンスは一度きり。
黒い影が駆け上がってきた一瞬を狙い、ノエルは大剣を力の限り振りかぶった――
「なっ!」
「――っ!」
が、ノエルの大剣は相手の頭上で。相手の心武刀はノエルの脇腹前で止まり、互いに驚きの表情を浮かべる。
「イズミ……ヒルベルト……」
「アルジェント弟」
武器を突きつけたままの2人に、もはや殺気は感じられなかった。




