006-勇者たちの旅立ち-
いい日、旅立ち。
馬車の窓から見る帝都は、港町であるラグーザほどの騒がしさではないものの、多くの人々が通りを忙しそうに歩く様子が見て取れる。ただ人種構成が多様なラグーザに比べ、ここは人間が圧倒的多数を占めているように感じる。数少ない獣人達はおそらく商人か冒険者なのだろうと思われる服装で、商店やギルドの周りに集まっているようだ。
王城が近づくに連れ、活気のある空気が落ち着きを取り戻し、徐々に物々しい雰囲気に変わっていく。通りのあちこちに武器を携えた警備兵と思わしき者が立ち、通りを横切る人物や場所を注意深く睨みつけている。ピリッとした空気に緊張感が漂っている。
騎士が迎えに来た馬車は、幸いにして非常に作りの良いもので、揺れを気にすることもなく快適に王城までの道のりを走ってくれた。
「何度来てもこの空気には慣れないよ。普段港町で暮らしているからかな。」
町並みを眺めながらアトラスはそう呟いた。
「ここは帝国の中心だからね。経済的にも軍事的にも要となる場所だ。攻められはしないにせよ、敵国のスパイが紛れ込んでいるか分からないのだから、警備の厳重さは必要なことだよ。」
少し退屈そうに外を眺めているアトラスを諭すようにペリクレスは語りかけた。
「その通りです。ここは皇帝陛下のお膝元であり、帝国全土を支える中心地となります。帝国全土の命運がかかっているわけですから、我々のような騎士や兵が誰一人の不審人物も王城に侵入させぬよう、目を光らせているのです。」
補足するかのように迎えの騎士が説明をする。
いつの間にか兜を脱いでいた騎士は、美しいなブラウンの髪を持つ女騎士だった。
「ご挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。私は王城近辺の警備を担当しております、クラウディア・ガブリエリと申します。王城までの送迎を担当させて頂いており、お帰りの際も私が同行させて頂く予定です。以後お見知りおきください。」
「ガブリエリというと、ひょっとして親類にアルバーノ・ガブリエリという剣術指南役がいないかな?」
ペリクレスは聞いたことのある姓だという顔をして訪ねた。
「はい。アルバーノは私の父です。ご面識はおありでしょうか?」
「以前、陸軍で彼から剣術の指南を受けてね。そこのアトラスの亡くなった兄もアルバーノさんに剣を習ったことがある。まさかこんな立派な娘さんがいたとは知らなかったよ。彼は息災かな?」
ペリクレスは驚きながらも嬉しそうな顔で答えた。
「そうだったのですね。素晴らしい御縁があったとは驚きです。剣聖候補とも謳われるペリクレス様に剣術の指南とは、父は光栄に思っていることでしょう。父は北方戦線でアルバ砦の守備についていると聞いております。現在戦闘は沈静化しておりますので、近いうちに一度帝都に戻って来ることでしょう。」
「そうか、彼の腕ならきっと戦場でも活躍しているに違いない。ペリクレスがよろしく言っていたと伝えてくれ。」
「はい。必ずや。」
アトラスは二人の会話を聞いていて、亡くなった兄のことを少し思い出してさみしくなった。
「ところでアトラス様は剣を携えておられますが、どなたに師事されているのでしょうか?」
「彼には私が剣術を教えているよ。非常に飲み込みが早く、最近は私も勝てなくなるぐらいに強くなった。」
アトラスが返事をする前に、ペリクレスは横から答えた。
「ええ!ペリクレス様よりもお強いのですか?」
そんな若者がいるとは信じられないといった顔をしたクラウディアに、アトラスは照れながら説明をした。
「僕は魔力が強いみたいで、剣術というよりも魔力を使った身体能力強化のおかげなんです。技術だけならまだまだ義兄さんには勝てません。」
「それでも私に1対1で勝てる人間なんて、帝国内にもほとんどいないわけだから誇っていい。これで技術が身についたらどこまで強くなるのか、正直なところ一介の剣士として非常に悔しい反面、楽しみでもある。」
興奮したクラウディアは、ぜひ一度手合わせ願いたいとアトラスに乞い、いずれ機会があればと誓うことになってしまった。
しばらく剣術談義に盛り上がっているうちに馬車は王城の門の前に着き、アトラスとペリクレスは馬車から降りた。
「それでは私はここで失礼いたします。陛下との謁見は明日ですので、今日はゆっくりお休みになられてください。」
迎えに来たときと同じように、クラウディアは深くお辞儀をしてから去っていった。
城門を潜ると王城の入口までは100mほどの道を歩くことになり、両側に完全武装の兵が立ち並んでいた。アトラスはピクリとも動かない彼らの様子を見て、足がしびれてしまったりしないのかと心配になった。
王城に入るとメイド長が出迎えに現れ、客室を案内してくれた。アトラスとペリクレスにはそれぞれ100㎡もありそうな広い部屋が用意され、どちらも3階に上がった街の明かりを見下ろすことのできる気持ちの良い部屋だった。
「アトラス、私は用事があって人と会ってくるが夜には戻る。君は先に食堂で夕食でも取っていてくれ。場所はメイドさんに聞けば案内をしてくれる。」
ペリクレスはそう言うと荷物を部屋に置き、急いで出ていった。丁度お腹も減ってきたところだったので、メイドさんに食堂を案内してもらったアトラスは、普段ラグーザでは食べることの少ない山の幸を堪能してから部屋に戻り、着替えてベッドに横になるとすぐに眠りについてしまった。
(ああ・・・お風呂に入ろうと思ったんだけど・・・もう眠いから明日の朝でいいか・・・)
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翌朝、前日に早く寝てしまったアトラスは、日が昇り始める午前5時頃にすっかり目が冴えてしまった。部屋に備え付けで朝風呂を堪能してから着替えると、朝食前の王城探検に出かけた。
(もっと色々回りたかったけど、ここのバルコニーが気持ちいいからのんびりしようかな)
宿泊している客室の同じ階の反対側に、表に出るバルコニーがあり、木でできたテーブルと椅子が置かれており、そこから部屋から見るのとは逆方向の街を一望することができた。早朝から煙が上がっている建物が見えるが、パン屋さんだったりカフェだったりするのだろうか。そんなことを考えながら街を眺めていると、ちょっと窮屈な感じはするけどラグーザとは違う街の雰囲気が楽しいものに思えてきて、アトラスの冒険好きの虫が騒いでいるようだった。
食堂で朝食を取り、部屋に戻ってくつろいでいると、トントンとドアを叩く音が聞こえた。
「アトラス、表で待っているからそろそろ謁見の準備をして出てきてくれ。」
昨晩いつ帰ってきたのか分からなかったペリクレスの声が響いた。
軽く身だしなみを整えて外に出ると、キッチリ正装を着こなしたペリクレスと、どうも窮屈そうでツヤツヤした高そうな礼服を持ったメイドさんが待ち構えていた。
「ささ、アトラス様。陛下にお会いされる前にこちらをお召になられていただきますからね。」
いつ採寸をしたのかわからない自分の体にピッタリのジャケットを、あれよあれよと言う間にメイドさんに着せてもらったが、ピッタリしすぎて多分自分一人だったら着れないかなと思うアトラスだった。
「うん、それなりにちゃんとしたように見えるから大丈夫かな?」
ペリクレスはからかうようにそう言うと、謁見の間に向かって歩き出した。
「なに、そんなに緊張することはない。陛下からも楽にしていいと言われているからね。」
謁見の間の前で立ち止まると、重々しい扉が音を立てて開いていった。
広々とした部屋の中央奥には、3段ほどの高さに豪華な玉座があり、体格の良い王冠を被った男性が堂々と座っていた。彼が皇帝であることは一目でわかる。
謁見の間というと大人数が両側にずらりと並んでいるようなイメージがあったが、実際には数人が玉座の周りに立っているだけで、アトラスはどこか拍子抜けしてしまった。
部屋に足を踏み入れると、すぐ後ろで扉が閉まる音が聞こえた。
玉座の手前まで足を進めると、二人は皇帝に向かって跪いた。
「二人共、かしこまらずに面を上げて良いぞ。
ペリクレスよ、よくぞ来てくれたな。」
「は!この度は謁見の機会を頂き・・・」
「ワシから頼んだのだ。そう気にせずとも良い。」
ペリクレスの声を遮るようにして皇帝は言葉を続けた。
「さて、お主がアトラスじゃな?」
「はい、陛下。テミストクレス・カサヴェテスが長男、アトラス・カサヴェテスと申します。」
多少緊張した面持ちでアトラスは答えたが、皇帝は優しい顔で微笑んだ。
「面影は残っておるな。覚えておらんかもしれんが、お主が1歳の頃だったか、実はお主の生母のアマリアとは知らぬ仲ではなくてな、アマリアの墓に立ち寄る際に会ったことがあるのだよ。立派に育ってくれてあやつも喜んでおるだろう。」
「さようでしたか!覚えておらず申し訳なく・・・」
アトラスは少し緊張が解れたような気がした。
「よいよい。」
皇帝は膝を叩き、それから玉座の周囲に集まる面々を眺めてから言った。
「さて本題に入る前に、今日集まった者たちの紹介をしておこうか。」
皇帝は玉座の右手に立つ一際大きな黒髪褐色の男をチラリと見た。
「こちらの勇ましい大男は、お主も聞いたことがあるかもしれんが、北方同盟から呼び寄せた今代の勇者サイラス。丁度北方同盟とは停戦となってな、事情を話して今日に合わせて来てもらったというわけじゃな。」
褐色の男はグイと胸を張り、ニヤリと笑って声をかけた。
「剣聖ペリクレスに、その義弟のアトラスだな。噂は聞いている。」
何の噂だろう?とアトラスは疑問に思ったが皇帝は話を続けた。
「その隣にいるのが大賢者カシウス。おそらくは魔法使いとして魔王にも負けぬ最強の存在であろう。」
ヒョロっとした体格にローブを来たカシウスはペコリを会釈をした。その尖った耳を見るかぎりでは、エルフか、もしくはエルフの血が混じっているのであろうことは推測できた。
「そして左に立つこの者は、他ならぬ我が子にして皇位継承順位1位、アウレリアス。
鉄壁の加護を持ち、戦場でも傷一つ付かん。」
錚々たる面々を紹介し終えると、皇帝はパンと手を叩きアトラスに語りかけた。
「それでじゃな、この面々と共にお主に来てもらった理由がある。
セバスチャン!」
呼びかけられた白髪の執事は、皇帝に近づき何か魔法陣のようなものが描かれた20cm四方の布を手渡した。
「これは血もしくは髪から精霊の加護の種類を判別する魔法陣。
かつての神聖帝国から現代に受け継がれている技術の一つじゃ。」
そう言って一拍置いてから言葉を続けた。
「お主も知っているだろうが、古代に神々の加護を失った我々には、代わりに精霊たちの加護が宿るとされておる。そして加護を受けた者は、驚異的な身体能力や魔力を得ることになるのは皆も知っている通り。」
皇帝はサイラスをチラリと見てから続けた。
「この勇者サイラスは、勇者の加護を持っている。この勇者の加護は同じ時に二人として存在することなく、災いや人族の滅亡の危機が迫ったときに現れると言われ続けてきたのじゃ。」
サイラスはこくりと頷いた。
皇帝は手に取った魔法陣の描かれた布を広げ、よく見えるように掲げた。
「この魔法陣の中央をみたまえ。言い伝えられている勇者の印である浮かび上がっておる。ただし、この印を浮かび上がらせたのはこのサイラスの血ではない。
アトラス。お主の血なのじゃよ。」
まさかこんな話をされるとは思ってもいなかったアトラスは、ポカンと口を開けて放心状態だった。
「ペリクレスが初めて手合わせでお主に負けた時、あまりの身体能力の高さに何かを感じ取ったのじゃろう。お主の血が付いた服の生地を手元に残しておったのだ。そしてワシに話をされてな、何か強力な加護があるのではないかと神官に調べてみてもらったところ、まさかの勇者の印が浮かんだと言うわけじゃ。」
黙っていたカシウスが横から話に加わった。
「古来から勇者は同時期に一人しか存在した記録がありません。今回が初めてのケースなのです。また勇者が現れる時は何か大きな災害や、人族の存亡の危機が迫っている時と言われています。つまり二人の勇者の存在は非常に心強いと同時に、計り知れない災厄が迫っているのではないかという懸念があるというわけです。」
アトラスは他人が魔法による身体強化を試みても、自分よりも遥かに弱い効果しかないことをずっと不思議に思っていた。自らの魔力が強いのは確かなのだが、本職の魔法使いのバフよりも強力な効果が常に自分に発動している理由がわからないままでいたが、勇者の印を見せられたときに、今までの疑問が一気に解けていくような気がした。
「この事実は北方同盟にも伝えた。向こうも重大さを理解しているのだろう。即時停戦となり、勇者サイラスの派遣にも同意をしたというわけじゃ。何か災厄が迫っている可能性があるのであれば、人族同士が戦などしている場合でないと言ってな。」
「陛下、私は一体何をすればよいのでしょうか?」
スッキリした気持ちになったアトラスは皇帝に問いかけた。
「この者たちと世界を巡り、災厄や人類に仇なす者を打ち倒して参れ。人族が治める国々の首脳には既に通達は出しておる。お主らの入国を拒む国はないだろう。災厄を座して待つのではなく、こちらから動くのじゃ。」
急な話ではあったが、アトラスは不思議なぐらい話が頭に入ってきて、全てに納得したような気分になってしまった。これも運命なのかもしれないと。
「皇帝陛下よ、世界最強の俺達が手を組んで世界を回るってわけだ。旅の路銀はしっかりと頼むぜ。」
勇者サイラスはふてぶてしく言い放ったが、皇帝はニッコリ笑顔で答えた。
「とある古の国では、勇者に銅の剣と50ゴールドだけ渡して魔王の討伐に送り出した鬼畜な王がいたと聞く。もちろんワシはそんなことはせん。宝物庫にある神話級の武具は好きに使って良いし、小国であれば買い取れるぐらいの莫大な予算をつけよう。もちろん必要であれば国家予算1年分ぐらいは追加で用意するので安心して旅立つが良い。一級錬金術師が用意したエリクサーも容量無制限のマジックバッグと一緒に500本つけよう。」
「おおお!陛下!!」
なぜかペリクレスが色めきだった。
「それとこれを渡しておこう。一度限りだが帝都と繋ぐゲートを作り出せる指輪じゃ。お主ら直属の軍団を編成し50万を応援に向かわせられるように準備しておこう。露払いが必要な時に使うが良い。」
「陛下!陛下!」
ペリクレスは興奮している。
「あ、ペリクレス。お主は辺境伯としての仕事があるじゃろ。もちろん領地で留守番じゃ。」
ペリクレスの嘆きの声が王城に響き渡った。
勇者パーティーは、
アトラス、サイラス、アウレリアス、カシウスの4名と50万人の軍団で、
合計500004人の大戦力です。