003 -ドラゴンスレイヤー伝説-
ドラヴァニア帝国の帝都へは、辺境都市であるラグーザからは馬車で1週間ほどの距離にあり、道中の殆どは多少の森林は通過する必要はあるものの、概ね平坦と言って良い整備された街道でつながっていた。およそ50km毎に設けられた休憩場では馬車を休め、馬も人も休むことができる宿泊施設を兼ねた酒場があり、必要な物資や食料を買い込むことのできる雑貨店も併設され、警備のための駐屯兵が配備されていることで、帝国内の移動は概ね平和的に行うことができ、商人たちの往来が安定することで物資の供給も滞ること無く、戦乱の絶えないこの時代においても領土内は経済的にも安定し、大多数の国民は満たされた暮らしを送ることができた。
レンガやところによりコンクリートで舗装された街道は、馬車二台が余裕を持ってすれ違うことができ、有事の際の兵站にとっても重要なものであり、一度戦が起これば帝都より騎士団を迅速に派遣することができた。
領土内の主な交通手段としては、やはり前述の休憩所を利用した馬車や徒歩での移動が一般的ではあるが、飼いならされたドラゴンやグリフォンなどの騎乗することができる空飛ぶ魔物の存在や、魔石を使い浮力を得た飛空船なども一部実用化されていた。だが空の旅は人族と敵対する竜族の急襲を受ける可能性があり、安全面を考慮して竜族を迎撃可能な戦力を保有している者達の運用に限られていると言っても良かった。
竜族とドラゴンは見た目こそ非常に近いものの、文化的な生活を送り共通言語を話し、交渉のできる存在としての竜族と、野生動物のように言葉を持たず野生のままに生きるドラゴンとの違いがあり、人類が飼いならすことができるのは一般的に後者のドラゴンであり、竜族は同じ知的生物ということでプライドも高く、言葉は交わせるものの、一部のレアケースを除けば信頼関係を構築することは難しかった。
辺境伯として、そして国防の要としても期待のかかるペリクレスは、そのレアケースである竜族との親しい交流を持つ人物であった。
「馬車でのんびり帝都への旅というのも悪くないが、先日王が手配した馬車に揺られていて腰を痛めてね。今回はこの空飛ぶオオトカゲさんに連れて行ってもらおうか。」
背に大きな鞍が取り付けられた全長10mはあろうかという黒い竜を眼前に、ペリクレスはアトラスに語りかけた。
「トカゲとはずいぶん評価してくれるではないか。感謝の気持ちを込めて大空からの急降下をプレゼントしてやろうか?ん?」
ニヤリと牙を見せつけるように笑う竜だが、慣れたものなのかずいぶんと楽しそうにしていた。
「おじさん!背中に乗せてもらうのは久しぶりだね。昨日は楽しみで寝られなかったよ。」
王への謁見と聞くと胃液を戻してしまいそうな嫌な気分にはなるものの、アトラスは竜の背中に乗って飛ぶのが大好きだった。街や人が小さく見え、地平線まで見渡せるダイナミックな風景はアトラスならずとも誰もが心打たれる素晴らしいもので、まるで世界が自分のものになったような気分になれた。そんな風景をいつも独占していると思うと、アトラスは竜族のことが心底羨ましかった。
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竜族はプライドの高さから、裏切られない限り約束を違えることはほとんどない。この黒竜は元々はラグーザ近郊の山脈を拠点に暮らす竜だった。人族に対して特別敵対心があったわけではなかったが、人里近くで獲物を捉えていたときに近くを通っていた商隊に目撃され、商隊の警備を担っていた冒険者から魔法を叩き込まれ、怒りのあまり商隊を全滅させてしまった。当然、竜に襲われたという情報は町に届き、冒険者ギルドへ討伐依頼が出され、騎士団も協力する形で山狩が行われた。
住処を荒らされてはたまらんと黒竜は討伐隊の前に姿を現し、引き返すように脅しをかけた。しかし討伐対象の黒竜が向こうからやってきたと喜び勇む討伐隊の面々は黒竜に襲いかかった。小型のドラゴンを狩るレベルの腕に覚えのある冒険者たちも多かったが、流石にこの黒竜を相手にするには力不足だったようで、あっという間に薙ぎ払われてしまった。全滅しないだけで精一杯の討伐隊は黒竜にそれ以上近づくこともできず、じりじりと後退していく有り様だった。
そんなときに帝都から帰ったばかりで遅れてやってきたペリクレスは、騒ぎを聞きつけ黒竜の前に姿を現した。黒竜は新たに現れた敵に対して強烈なブレスを吹きかけたが、ペリクレスは一刀のもとにブレスを切り裂き、何事もなかったようにそこに立っていた。
驚きを隠せない黒竜に対し、ペリクレスは語りかけた。
「君が噂の黒竜かな?軽くだが話は聞いているよ。これ以上人を殺めるのは止めてもらえないかな?」
「好きで殺めているわけではない。こやつらが縄張りに入ってきて好き勝手するからだ。」
そう言ってジロリと討伐隊を睨むと、生き残った面々はヒィィッと声を上げて恐れおののいた。
「それはすまなかったね。私が代表して謝罪しよう。」
「謝罪されたところで、小奴らを生かして返せば、また同じように我を殺めんとする者達が山を荒らしにくるのであろう?」
「・・・ふむ・・・」
ペリクレスは黒竜に言い返されて少し悩んでから答えた。
「ならば我が街の住人とならないか?私はこう見えても街を治める人間の一人でね、今までのことを水に流し、協力関係になれるのであれば君の安全を住人として保障することもできる。」
「話の真意は置いておくとして、そもそも弱者たる人間風情が強者である我を守るというのはおかしな話ではないか?」
呆れたと言った表情でペリクレスに黒竜はぶっきらぼうに返したが、ペリクレスは全く動じることはなかった。
「確か君たち竜族は強さを何よりも重んじ、約束は必ず守る義理堅い生き方をしていると聞いている。私はその生き方は非常に好ましいと思う。」
「何がいいたい?」
「分かりやすくいこう。君と私が戦い、私が勝ったら君はわが街の住人となり協力者となれ。君が勝ったなら私の命を取るなり好きにしろ。」
「いいだろう。我が前に一人で立つお前の勇気に免じ、その提案を受けよう。違えることはないと誓おう。」
ペリクレスはニコリと笑った。
「ありがとう。では名乗らせて頂こう。私はドラヴァニア帝国ディスパニア地方の辺境伯にして領主、ゲオルギオス・テオドルスが長男、ペリクレス・テオドルス!」
「我はバルバトス。お前のように姓は持たぬが偉大なる竜族である。ペリクレスよ、大言を吐くだけの実力を見せてみよ!」