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002 -商人の息子は平和に暮らしたい-

世界最強の商人の息子

勇者アトラスは幼い頃から快活で正義感が強い少年だった。

決して力でリーダーシップを発揮するタイプではなかったが、人当たりの良さと誠実さが幸いし、

誰からも好かれる優しい子だった。


ドラヴァニア帝国の辺境都市であるラグーザにて、商人のカサヴェテス家に生まれたアトラスは、両親の仕事に付き添い世界各地を旅することで幅広い見識と、行商人の商品を買うだけの余裕のある各地の有力者たちとの間に交友関係を広げていくことができた。海運を主軸とするカサヴェテス家の当主であるテミストクレスの次男として生を受けたアトラスには、兄と姉が一人ずつおり、年の離れた兄姉からはずいぶんと可愛がられて育った。アトラスの人当たりの良さは敬愛する兄ネオクレスから、その優しさは姉マリアから受け継いだ。


生みの親である母アマリアはアトラスを出産した後、流行病で亡くなってしまったが、物心つく頃に嫁いできた後妻のエヴァからは実子と変わらぬ愛情を受けたので、母のいない寂しさを感じることはなく、愛に溢れた幸せな幼少期を送った。


幼い頃から船旅でラグーザを離れることが多く、学校で教育を受ける機会を逃したアトラスに、当主のテミストクレスは家庭教師をつけた。頭の回転の良さが大いに発揮され、また行商で様々な人々と交流をする中で知識を大いに蓄えることができ、わずか10歳の頃には、本来学校で学ぶべきカリキュラムは終了してしまっていた。体を動かすことが好きだったアトラスは、勉強の合間を縫って、帝国陸軍の剣士でもあった兄ネオクレスから剣術を学び、帝都にある魔法学園を首席で卒業した姉マリアからは基礎的から応用まで幅広い種類の魔法を叩き込まれた。


どちらかというと剣術よりも魔法に才を見出したアトラスは、恵まれたとは言えない体格でありながら、身体能力を魔力で補うことで同世代の子供たちよりも優れた運動能力を見せた。そんなアトラスの生活に転機が訪れたのは、彼が12歳の頃だった。


「アトラス、兄ちゃんは帝国兵としての勤めを果たさないといけない。しばらく留守にするが訓練はサボらずに頑張るんだぞ?」


10歳離れた剣士の兄は、隣国との戦に駆り出されることになったのだ。国境近くの島の領有権を巡る争いに端を発した戦いは拡大の一途をたどり、海軍拡充の必要性に追われた帝国は、海運で名を馳せたカサヴェテス家の長男に陸軍からの配置転換を指示し、海軍で新たに編成される船団に配属されることになったのだ。


「俺は船乗りの経験は少ないし、剣士だから陸軍のままの方が良かったんだけどな。」


そう愚痴を漏らすネオクレスの言葉に、なんだか置いてぼりをくらったような気分になったアトラスは、頬を膨らませてふてくされたようにドンと椅子に座り足をばたつかせた。


「兄さんは泳げないんでしょ?海軍なんて危ないだけだよ・・・」


アトラスの心配する通り、お世辞にも泳ぎが上手いとは言えないネオクレスは頭を掻きながら頷いた。


「そうなんだけどな。ここで配属を断ったりすると家にも、父上にも不名誉なことになる。長男に生まれた以上は俺がカサヴェテス家の次の顔でもあるわけだから、ここらで名を挙げておくのは悪くない。」


自らに言い聞かせるように語るネオクレスに、アトラスは次の言葉を送り出せなかった。


------------------------------------------


ネオクレスの戦死の報告が海軍からあったのは、アトラスが14歳の頃だった。

3年にわたり続いていた隣国との戦争は、帝国の勝利に終わり、講話を申し出た隣国に対し島の領有権と、その周囲の島々の割譲、そして莫大な戦時賠償を請求することになり、カサヴェテス家にも、活躍したネオクレスに対する勲章と少なくない報奨金が支払われた。


帝国内での地位が向上したカサヴェテス家だったが、長男を失った悲しみは大きく、当主テミストクレスはすっかり元気を無くしてしまい、自身も商家の娘であった後妻のエヴァが奮闘して家を支えていた。社交の場に出ることの多くなった姉のマリアには、貴族からの良縁が舞い込み、18歳で嫁いでいくことになった。


義理の兄となったペリクレスは、亡くなったネオクレスに負けないぐらいにアトラスを可愛がった。ネオクレスとペリクレスは、そもそも陸軍で肩を並べて戦った戦友であり、アトラスとマリアのことは耳が痛くなるほど聞かされていたので、初めて会った時から初対面とは思えず、すんなりと、そしてトントン拍子に両家の婚姻の話が進んだ。


故郷のラグーザを含む広大なエリアを治める辺境伯の長男だったペリクレスは、勇猛を誇った父の死後、28歳の若さでその地位を継ぎ、その親類となるカサヴェテス家も同時に、辺境都市一番の商家としてその地位を高めていくことになった。


------------------------------------------


「アトラス!暇だったら模擬戦でもどうだ?」


若き辺境伯となったペリクレスだったが、陸軍の前線で活躍していた過去もあり、指揮を取るよりも自ら剣を交えることを好んだ。しかし偉くなってからは怪我をさせてはならないと周りが気を使ってばかりで、剣の練習に付き合ってくれるアトラスの元を頻繁に訪れていた。


「義兄さん、まだ今月の帳簿をつけ終わっていなくて・・・」


「そんなもの執事にやらせておけ!」


抵抗するアトラスをずるずると引きずるようにして執務室から引っ張り出したペリクレスは、屋敷の中庭まで移動すると木剣を執事に持ってこさせ、自分と、そしてアトラスにも同じものを渡した。



「お前はペンを握っているよりも剣を握っている方が似合ってるぞ!」


「・・・また姉さんに怒られますよ?貴族らしい振る舞いをしろって。」


一瞬目を泳がせたペリクレスだったが、何かを思い出すとすぐにキリッと前を向いた。



「マリアは視察で夜までは戻らないはずだ!」


「もし早目に終わって帰ってきたらどうするんです?また屋敷を抜け出して遊びに出かけてるって怒りますよ?」


「その時はお前も一緒に謝ってくれないか。」


なんで僕が・・・とため息をついたアトラスは、諦めて木剣を構えた。


「僕は知りませんよ。全部義兄さんのせいですからね。」



言葉を終えるやいなや、ペリクレスが驚異的な速度で懐に飛び込んできた。

ペリクレスは帝国軍人の中でも剣技だけなら5本の指に入る実力者であり、数々の戦で前線に立って敵を打ち破ってきた。様々な経験を得ることを良しとする彼の父の方針で、冒険者としても活動した時期があったペリクレスは、対人剣術だけでなく、魔法使いや魔物に対する戦い方も心得ているバランスの良い剣士だった。


(・・・相変わらず義兄さんは速くてキレイな太刀筋だね)


飛び込んだ姿勢から体を捻らせるようにして、左足元から高速で振り抜かれた剣先を、アトラスはかち合わない角度で刀身に軽く当てて滑らせる。ペリクレスは滑らされた刀身を手首の動きで引き、素早く逆方向から突き上げたが、受け流されてしまう。常人の目には追いつかない速度で一瞬の間に行われる攻防戦も、魔力で加速させた思考ゆえに、アトラスにとってはスローモーションに見えた。単純な腕力であればペリクレスに分があるだろうが、その力を受け流されてしまっては攻め手を欠くばかりで、ほとんど目視できる人間のいない高速連撃であっても、ただの一撃も届くことはなかった。


人類最高峰の剣速とも謳われるペリクレスの剣は、連撃の一瞬の間を縫って放たれた一閃によって掻い潜られ、次の瞬間には木剣が真っ二つにへし折れていた。如何に速い剣速であっても滑らかな太刀筋であるペリクレスの剣は、スローモーションで軌道を見ることのできるアトラスにとっては非常に相性の良いタイプの相手であり、勝機は万に一つもあるとは言えなかった。




「一応、これでも俺は剣聖認定されそうになっている人間なんだがな・・・」


へし折られた木剣を手にしながら項垂れた様子のペリクレスを見てアトラスは微笑んだ。



「義兄さんの方が速い剣ですし力も強いですよ。」


「慰めにもならんな・・・。うん、やっぱりお前は帳簿をつけてる場合じゃなくて戦場に出向くべきだ。」


「まだ10代の、それも商人の息子にそんな恐ろしいことを言わないでください」


誘われ飽きたとでもいう顔をしてアトラスは答えた。



「いや、剣聖の義弟と言われたら強くても納得されるだろ?」


「そりゃそうですが・・・とにかく僕は戦場に出るつもりはありませんよ」


「ふふふ、果たしていつまでそう意地を張っていることができるかな?」


ニヤリと企みのある笑顔を見せた義兄に対してアトラスは怯んだ。



「義兄さん・・・また僕を引っ張り出そうと何か企んでいるのですか?」


項垂れた様子からピンと背筋を張って堂々たる姿でペリクレスは声を張った。



「3日後に帝都に行くぞ。皇帝に謁見する。もちろんお前を連れてな。」




本気で家出を考えたアトラス18歳の春だった。

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