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第二話

 更に翌日の休暇二日目。

 リズは昨日よりは多少冷静になった頭で考えていた。

 騎士団の隊長ともなれば割と忙しい。

 暇を持て余したそこらの貴族令息のように、とってつけたような先触のみで突然屋敷を訪問するような事はないし、病弱であるという設定を使えば家の者が代わりに面会の申込みを断る事は容易い。

 だが、婚約の申込みを断るとなると話は別だ。

 この婚約の申込み、はっきり言ってこちらにとっては条件が良過ぎるので下手に断るとかえって不自然になってしまう。

 断りの理由に最大の切り札である『病弱』が効かないのも痛い。

 唸りながらリズは昨日床に叩き付けた例の手紙の文面をちらと読み返した。

 そこには「令嬢が病弱というのならそれも構わない。子供は親戚から養子を取っても良い」とさえ婚約申込みの手紙に書かれていた旨が記載されている。

 これには両親もどうしたものかと思ってリズに手紙を出したらしい。

 気が進みません、で簡単に断れたらどんなに良かっただろう。

 リズはここ最近で一番頭を使いながら溜め息を吐いた。


(うぅん、どうしたものか……)


 少なくとも面識のない相手であれば、対面でもどうにか出来たかもしれないが、相手は自分の事をよく知るドミニク・ギー隊長だ。対面した瞬間詰みが見えている。

 とりあえず対面せず話を終了できるよう、休暇の最終日をまるまる一日使って頭を捻り、当たり障りなく失礼でない文章で「自分では騎士団の隊長を務めるようなお方の妻には到底見合いません」と断りの手紙を綴ったリズだった。


 断りの手紙を送るよう実家に手配を依頼してから一週間後。

 何とか平静を取り戻して騎士の任務に復帰していたリズは、実家から送られて来た分厚い封筒を手にして背中にじっとりと冷や汗をかいていた。

 恐る恐る中を確認すれば「貴女のほかには考えられない」という旨の直筆の返事が便箋五枚に渡って綴られていて、手紙の送り主であるドミニクにほんの少しだけ恐怖を感じた。

 この熱量、デビュタントの夜会で一度会っただけの相手に向けるには、あまりに密度も温度も高過ぎた。

 ギー隊長ってこんな人だったかしらとリズはふと思い返してみる。

 同じ隊になって数年だが、人となりに問題はなかったように思う。周りの隊や騎士達からの評判も良い。

 今は騎士をしているが、貴族子息によくあるように、もしかしたら彼も結婚を機に伯爵家の仕事を引き継ぐのかもしれない。

 だとすれば病弱な妻など何の役に立ちそうもないと思うのだが、何をそんなに『エリザベス・ヴェスピエ』に執着しているのだろう。

 記憶の限り、リズは自分のデビュタントの時も会う人皆に形式的な挨拶をしただけで、病弱を理由にダンスの一曲さえ踊ってないのだ。


(もしかしたら家格に合わない方と道ならぬ恋に落ちて、その為の偽装結婚を考えているのでは⁉︎)


 お飾りの妻なら、むしろ病弱であった方が都合が良いはずだ。

 ハッと思い付いたその考えはなかなか的を得ているように思えた。

 彼に片想いをしていた身からすると同時に非常に胸が痛んだが、得てして貴族とはそういうものだと自分自身に言い聞かせる。

 しかし、その考えの裏を取るべく実家の伝手で秘密裏に身辺調査を行ってみたところ、不幸というべきか、幸いというべきか、そんな相手は影すら見つけられなかった。

 ドミニク・ギーに現在女性関係は確認出来ません。調査の限り、周りにいる女性で一番親しいと思われるのは部下であるエリザベスお嬢様です。

 そう書かれた調査結果を確認してリズは首を捻った。

 こうなるとリズには考えてもドミニク・ギーがエリザベス・ヴェスピエに婚約を申し込んだ理由が全くわからない。


(こうなったら致し方ない……!)


 手詰まりを打開すべく、リズは年頃の平民の娘の純粋な好奇心を装って直接隊長に探りを入れる事にした。


「隊長はどうして急に婚約を申し込もうと思ったんですか? 今までそんな話聞いた事もなかったのに」


 修練の合間の休憩時間にそれとなく話題を誘導して尋ねてみる。

 ドミニクは然程気にした様子も見せず、汗を拭きつつリズからの質問に口を開いた。


「ん? あぁ、実は少し前に俺の同期が結婚してな。お前も知ってるだろう? ほら、怪我をして騎士団を辞めたレインバード家の長男なんだが」

「あぁ、あの伯爵家の。結婚式の時の警護体制、凄かったですよね。あの方、隊長の同期だったんですか」

「そうなんだ。騎士道一辺倒のあいつが伯爵家の後継者になる事も驚いたが、それよりも引退して早々に結婚を決めた事に驚いてな。俺もそろそろ身を固める時だな、と……。まぁ、それだけでもないが」


 どこか遠い目をしながら答えるドミニクの言葉に、リズはふむふむと頷き、更に一歩踏み出した質問を投げ掛ける。


「なるほど〜。でも噂では、えっと、お相手は病弱な令嬢だとか? そういうのって、隊長的にどうなんですか。隊長も伯爵家の方でしょう?」

「全く構わん。王都の空気が合わんのなら領地で過ごす事も出来るのだし、家の事なら古くから勤めている者で充分回せる。憂いなく過ごせるよう整える準備は出来ている」

「準備出来てるんですか……。返事はまだ来てないんじゃ……」

「よく知っているな」

「えっと! そう! 噂! 噂で聞いて! あはははは!」


 ドミニクからの返答にうっかり素に戻ってしまって気を抜いたところを指摘され、リズは慌てて誤魔化す羽目になった。

 令嬢の話になるとドミニクの機嫌が良くなるので、何とか微妙に引き攣った笑顔で誤魔化せたが背中は冷や汗でびっしょりと濡れた。


「全く、何処にも口の軽い者はいるものだな。それより、お前はどうなんだ。嫁ぎ先の事は考えているのか」


 しかも続けてドミニクから問われた内容に、浮かべた笑顔は二秒で凍った。


「わ、私ですか⁉︎ 私は、ほら、平民ですし? 結婚は時期が合えばっていうか、私みたいなじゃじゃ馬貰ってくれるような人なんて、そうそういないじゃないですか〜。あはは」

「ははは、じゃじゃ馬か! 確かにな!」

「っていうか、そういうのデリカシーのない発言ですよ!」

「お前も俺にプライベートな事をあれこれ聞いてきたろう。おあいこだ」

「ウッ。それに関してはぐぅの音も出ないです」


 むぅと口をへの字に曲げたリズを見てドミニクはしばらく笑っていたが、ふと真面目な顔になって声をひそめた。


「……あぁ、そうだ。令嬢に贈り物をしたいと思っているのだが、どのような物が良いと思う? 同じ女性だし、貰って嬉しいモノを参考に聞かせてくれないか」

「え、贈り物って言われても……。私そんなの今まで貰った事無いです」

「む、そうなのか。それでは参考にしようがないか。それでも好きな色くらいはあるだろう? 令嬢の好みの色とか」

「それは令嬢にもよるでしょう。私は青色が好きですけど、先日警護した夜会では、ドレスの主流は淡いピンクや花柄でしたよ」

「ほう、よく見ているものだな」


 ドミニクは感心した様子で頷き、参考になったと満足そうな顔をした。

 彼から見たらただの平民の娘と言えど、同じ年頃の女性からの意見というのは、女性との出会いが少ない騎士にとっては貴重なのかもしれない。

 そしてその夜。騎士団の官舎でリズはなかなか寝付けずにいた。


(隊長、婚約を申込んだ相手のために贈り物とか選ぶんだなぁ……。あんな楽しそうな顔初めて見た)


 昼間の事を思い返すと何だか胸がモヤモヤする。

 騎士になってから、リズは隊長から騎士として厳しく指導される事もあったし、剣筋を褒められる事もあった。

 隊長は女性だからとリズを軽視する事もなく、実力で評価してくれた尊敬出来る相手だ。

 そんな人が、偽りの、虚像の令嬢に婚約を申込むだなんて思いもしなかった。

 夜会で一度会っただけの相手など、きっと想像ばかりが先行して今や実物とは掛け離れた偶像になっているに違いない。

 記憶はいつだって美化されるものだとリズは知っている。


「令嬢へのプレゼントか……」


 ベッドに転がった格好で呟いたリズは、そこではたと動きを止めた。

 そしてそのまま身体を反転させてベッドに突っ伏す。


(それってつまり私宛の贈り物かー!!! こんな受け取りづらい贈り物ある⁉︎)


 夜であるので、なけなしの理性で叫ぶ事は何とか我慢した。

 だが込み上げる溜め息は止める事が出来なかった。

 いつの間にか、病弱な令嬢が自分の事であるというのを、どこか他人事のように考えてもしまっていた事にリズは苦笑する。

 リズと『エリザベス』の間に深い溝が出来てしまったような、そんな不思議な感覚だった。

 それにしても、今日まで探った限り、理由はさっぱりわからないが病弱で通しているエリザベス・ヴェスピエにとって間違いなくメリットしかないこの婚約申込みをドミニク側が取り下げる気は毛程も無さそうだ。

 しかし、何度も繰り返すが、病弱な令嬢であるはずの自分が、平民だと身分を偽り日夜剣を振り回す生活を送っているだなんて、絶対にバレる訳にはいかないのである。


(我が儘を通した結果がコレか)


 ドミニクにバレる訳にはいかないから、この婚約は受けられない。

 エリザベス・ヴェスピエは結婚などできないのだ。

 リズは涙を堪えるようにカッと目を見開いて決意した。


 ──こうなったら、最後の手段である。

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[良い点] 筋力と活力に満ちた恋する乙女が理性を保ったまま乱高下する様子が楽しい。 [気になる点] >──こうなったら、最後の手段である。 不安(ルビは『きたい』)しかありません( ̄▽ ̄;) [一言…
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