第35話 寄り道をする
旅を始めてから三日が経ち、今日も俺とアリサは馬に揺られながら馬車道を進む。
普通、長距離の旅というのは危険が付きまとう。
だが、エリクサーを保持している俺と、錬金術師にして天才魔導師のアリサがいるので至って順調だった。
「あっ、モンスターね。サンダーボルト」
この通り、モンスターの陰が見えてもアリサが馬上から一方的に倒してしまうのだ。
「それにしても、この『魔導師のブレスレット』いいわね」
アリサは振り向くと、俺が贈った魔導具の性能を褒めてくれる。
「確かに希少な魔導具で、これを買うのに大金をはたいたと聞いた時は眩暈がしたけど、私が持つことでここまで性能を引き出せたんだから、ミナトの選択は正しかったわ」
この魔導具は通常であれば一ヶ月かけて魔力を回復する魔導師の魔力を七日で回復させられる魔法陣が組み込まれている。
購入には屋敷一軒分の金貨が必要だったのだが、アリサが使った時の効果は語るまでもなかった。
「今の私の魔力量が1400ちょっと。魔道師14人分になるわ。つまり一日に二人分の魔法まで使っても24時間経てば回復する。こんなの敵なしに決まってるわよ」
アリサは魔力も多く、多彩な魔法を使うことができるので、彼女が身に着けたことによってこの魔導具は神器クラスの性能となったのだ。
「たまにはこっちにも戦わせてほしいんだが……」
そんなわけで、今の俺は御者としてしか働いておらず、そろそろモンスターを倒して運動したいと思っていた。
「何もしないでいたら魔力が溢れて勿体ないじゃない」
アリサはそう言うと、魔導具を眺め撫でている。贈った物を気に入ってもらえるのは嬉しい。
「お、そろそろ次の街が見えてきたな」
そんなことを考えていると、遠目に壁が見え始める。予定通りなら次の目的地はあの街のはずだ。
「うん、あそこが丁度、ユグド樹海までの中間地点になるわ。中々順調な進み具合ね」
「行きの時にも気になったんだが、あそこには……」
アリサは俺と目を合わせるとゆっくりと頷く。
「ええ、迷宮があるわ」
異世界と言えば誰もが憧れる迷宮。危険な罠やモンスターが湧き、奥には宝箱と財宝が眠っているという。
「言っておくけど、駄目だからね?」
「まだ何も言ってないだろ!」
俺が内心で「潜ってみたい」と考えていると、思考を先読みしたのかアリサがジトっとした目で見てきた。
「あんたの考えならわかるわよ。どうせ、迷宮に潜って一攫千金を考えてんでしょう?」
流石アリサ、俺のことをよく理解している。だが、俺もどう言えば彼女を説得できるか知っている。
「もしかしたら超レアな魔導具が手に入るかもしれないぜ?」
「うっ……」
彼女の魔導具への執着は並ではないのだ。
「俺とアリサのペアなら強さも問題ないし、さっきも魔力を垂れ流すの勿体ないといってたよな? 迷宮でモンスターと戦うのなら魔力も消耗するし、ある程度魔力が減ってから先に進んだ方が効率がいいんじゃないか?」
そして、仕事などに関して物事を合理的に考える人間だということも知っている。
魔導装置への魔力の注入が短期間で終わったのは、彼女が効率よく回る順番を交渉したからだ。
「……確かに、ここで魔力を使ってからユグド樹海で素材を回収。戻ってきたころには魔力も回復してるから荷物を預けて迷宮探索。その後戻れば……」
ブツブツと計算を続けている。今アリサが計算している通りなら、迷宮でほぼ魔力を空にするまで滞在するので、およそ七日程籠ることができる。
彼女に援護に徹してもらい、俺が前衛で戦えばさらにもつだろう。
どちらにせよ、素材の置き場所は俺たちしか知らないので慌てて取りに行く必要もない。
それどころか、まだ見ぬ魔導具が入った宝箱は、時間経過で現れては消えるので、他の人間に奪われてしまう可能性がある。
二つの利益を天秤にかけた時、彼女の頭脳は正しく計算をはじき出すか?
「それで、どうする? アリサ?」
「はぁ、仕方ないわね」
その言葉を引き出した時点で俺勝利が決定する。
「一週間だけ、それで切り上げて旅を続けるから」
俺は上機嫌で街へと馬を進ませるのだった。




