王座の行商 ~竜王の玉座~
この作品はpixivにて公開した同タイトルの作品に加筆訂正をしたものです。
『王座の行商』はフリー素材であり、私含めた特定の個人が権利を主張するものではありません。
『王座の行商』は、ニコニコ生放送”無限ユウキ”様(co3893116)の放送内で出た、リスナーと放送主の方々会話が元ネタです。
コミュニティURL
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「はじめまして。
あなたの名前はカーツ。カーツ=レーン。
あなたは私の弟よ。
私の名前はオーツ=レーン。
あなたの――そう、あなたのお姉ちゃんになるわ。
よろしくね?」
薄暗い洞窟の中で、私は弟と対面していた。
この世界に生れ落ちて、初めて手に入れた弟。
妹しか生まれてこないはずの摂理の中で、初めて生まれたイレギュラー。
生まれ落ちたばかりのカーツ=レーンは、竜王オーツ=レーンの言葉に薄く目を開いて瞳孔を細めた。
胸の奥に湧きあがる衝動を抑えながら、私は彼の身体を嘗め回した。
7m程度の全長の――グレータードラゴンとしては大柄の部類の――私の体躯と比較しても小さな小さなその身体。
ドラゴンの秘法で生まれてきた我々は、卵から孵化したときにある程度成長した形で生まれてくる。
カーツ=レーンは人の姿をして生まれてきた。
見立ては人間でいえば10歳前後の成長具合。
喉を唸らせて私の言葉に応えようとするが、それは意味のない唸り声に終わった。
はたと思い至り、私は両腕でカーツを抱え上げた。
主上に見せねばならない。可及的速やかに。
卵の段階で竜としての常識や使命、言語を刷り込み済みであるが、それはカーツが竜の体で生まれてくる前提で刷り込まれたものだ。
人の体躯で生まれてきた彼と刷り込まれた情報がかみ合っていない。
高度な魔法で刷り込まれた情報は私では手の及ぶものではない。
刷り込みの魔法を施したのは主上。
彼女に願わなければならない。
「あら、珍しいわね?
まさかオスが、それも人間の姿で生まれるなんて。
少し予定が狂ったわねえ?」
「レーン=レーン様」
偉大なるグレータードラゴン。
真なる竜王。レーン=レーン。
我々を生み出した親に相当する存在で、幾星霜を生きる冷徹なる王者。
私はカーツ=レーンを腕に抱えながら、いつの間にか近くに来ていたレーン=レーンにひれ伏した。
レーン=レーンは私の姿を見て口の端を持ち上げた。
人間の女性の体――彼女はジェイケイと自称していた――が見下ろすことができるまでに頭を下げた私の姿に笑った。
何も知らないものが見れば実に無邪気そうな、しかしその内面を知るものから見れば震えが止まらない冷酷な笑みを浮かべて。
「竜王オーツ=レーン。
それは捨てなさい?
イレギュラーなんて生かしておいていいことないわ。
私の複製体のはずなのに、よりによって性別が違って生まれてくるなんて。
いいこと?捨てるのよ」
「何卒、何卒。
レーン=レーン様、何卒この子をお救いください。
何卒……!
レーン=レーン様のお力で……!」
私の放った言葉に、レーン=レーンは笑顔を変えることなく私の頭に手を置いた。
小さな人の手を通じて魔力が脳内にしみわたるのを感じる。
そして私の腕は、大事に抱えていたカーツ=レーンを握りつぶすべく力を籠め始めた。
自分の意志に反して動き出した身体に、私はあわてて身体の制御に集中する。
気を抜けばカーツ=レーンの体はすぐにつぶれてしまう。
「殺しなさい、オーツ=レーン。
それはイレギュラーよ」
「お許しくださいレーン=レーン!
何卒、何卒!」
視界の端に騒ぎを聞きつけて何匹かの竜がこちらの様子をうかがい、そして目をそらして見て見ぬふりをしている姿が映る。
これはありふれた光景だった。
竜の盟主である竜王を、何の肩書もない一人の少女が虐げるその光景は。
とてもとてもありふれた光景であったから、それを見とがめるものなど誰もいなかった。
時間にして1分ほどだったかもしれないが、レーン=レーンの魔法に抗う私の体感時間は無限にも引き延ばされたように感じた。
神経が引きちぎれそうな痛みを訴え、筋肉が硬直と弛緩の中で感覚が失われそうになったその時。
ふと、レーン=レーンの手から放たれる魔力が途絶えた。
「……飽きたわ、つまらない」
見上げたレーン=レーンの目の奥には、退屈の色が見えた。
ふっと鼻を鳴らすと、レーン=レーンは腕の中のカーツ=レーンに向けてわずかな魔力を飛ばした。
「……小賢しいわ、オーツ=レーン。
竜の姿でいたのは私が現れたときにどんな反応をするか思い描いていたからでしょう?
私が飽きるまで耐えておけば、私が根負けしてそのイレギュラーに手を差し伸べるだろうと分かっていたからでしょう。
知っていたわ、このレーン=レーンが予測していないとでも?」
レーン=レーンの目の奥に、嘲りと奸智の色がまぜられる。
私の背に悪寒が走り、私は腕の中のカーツ=レーンを確かめた。
私の目では何の以上も感じることができないが、間違いなくレーン=レーンは何かをしでかしている。
「その子、私に逆らえなくさせたから。
その子にとって、私の指示は絶対だから。
ひれ伏したふりをして、いかに私を出し抜こうと考え続けているあなたとは違ってね?
……10年あげるわ、オーツ=レーン。
せいぜいそのイレギュラーを十分に養育することね。
10年後、あなたはその腕の中の子に生きたまま木材に変えられるの。
その時が来たら、あなたはどんな顔をするのかしら?
ああ、今から楽しみで仕方ないわ!」
ホホホと笑ってレーン=レーンは私たちに背を向けた。
声も出せずにいる私に、最後の言葉を投げつけて立ち去っていく。
「そうだわ、オーツ=レーン。
その腕の中のカーツ=レーンがもし無能だったら。
ただの竜1匹を木材に変えられないような、そして私の小間使いとして使われるに値しないような無能だったら。
私ね、カーツ=レーンが自分自身に木質化の魔法をかけるように命令するわ。
その時は一緒に眺めて楽しみましょうね?
肉と木のはざまで存在破綻を起こすのかしら?
それとも内臓が中途半端に木質化することで、地獄の苦しみの中でのたうち回るのかしら?
本当に楽しみね、オーツ=レーン?」
あの日私は決意した。
私は、カーツ=レーンに己の持ちうる全てを注ぎ込むのだと。
怠惰なレーン=レーンの身代わりとしてつくられたこの身代。
嘲笑と、軽蔑と、理不尽で踏みにじられた精神に残るわずかな輝き。
生まれたときからレーン=レーンのために使い潰されることが決まっていた生き方。
その中で私に残された最後の輝きを、カーツ=レーンに落とし込むのだと。
私の可愛い弟、カーツ=レーンに与えられるであろう最後の愛を、惜しみなく与えるのだと。
例え悪辣なるレーン=レーンの手のひらの上であったとしても、私は――。
「……はじめまして、聞こえるかな?
僕はミカヅキ・フォックスグローヴ。
あなたを加工する依頼を受けた椅子職人――王座の行商です」
――私は、なぜ?
なぜ私には意識が残っているのだろうか。
私はでっち上げられた罪で断罪され、竜王の座から引きずりおろされ。
そして我が弟カーツ=レーンはレーン=レーンの命令に血の涙を流し叫びながら、ついには抗うことができずに私を魔法で木に変えてしまった。
私の意識と記憶はいったんそこで途切れている。
私はそのときに死んだものだと思っていた。
『いったい、なぜ……?』
「やっぱりか……。
ブロッサムさん、やっぱり意識あるっぽいよ。
僕の言葉に魔力の波動で反応してる」
「どれどれ……。
ああ、やっぱり。
道理でおかしいと思ったんだ、失敗した術式が不完全に竜に伝わってへんてこな術式になってるんだな。
この悪趣味で中途半端な仕事、逆に感心するね」
2つの気配を感じる。
1つはエルダードラゴン――翼をもたず、純粋な魔法の力だけで天地を支配したという絶滅した一族――の革を全身に身にまとった、か弱き人間の気配。
もう1つは幾億年の昔にこの惑星の上に播種され、エルフの末裔を観測し続ける始祖エルフの観測種の気配。
私は彼らに囲まれているようだったが、身動きは取れそうになかった。
いや、そもそも私にもはや身体感覚が残されていなかった、
喋ることもできずに、ただ意識だけがそこにある。
「どうかな、ミカヅキ?
どうにかできそうかな?」
「……まあ、何とかして見せますよ。
初めから木に魂がこもってるんだ。
冷たい金属を生きているように見せるよりよっぽど簡単です。
……少しの辛抱です。
僕の魔力に逆らわないで」
魔力を感じる。
ミカヅキと名乗る職人の魔力がじんわりと染み入るのがわかる。
全身を――既に木となってしまった我が身をそう表現するのもおかしな話だが――全身を覆う魔力を通して心と心が触れ合う。
ミカヅキという職人が丹念に私を読み取っていく。
レーン=レーンの無遠慮な――無理やり心の壁を剥がされるような――マインドリーディングではなく、あくまで私の心から染み出した感情を丹念に拾っていくように感じる。
しかし結果は変わるまい。
きっとすべて読み取ってしまうのだ。
魔力で心に触れるとはそういうことだ。
「大丈夫、僕にゆだねて……」
すぅと意識が薄くなる。
どちらにしろ、私には選択肢はないのだ。
今までのように。
――――。
「お届けに上がりました、レーン=レーン」
「ご苦労様、カーツ=レーン」
オーツ=レーンの体だったもの――竜木で作られた玉座を持ち帰り、カーツ=レーンはレーン=レーンの前にひれ伏していた。
その表情は誰も見せない。
レーン=レーンが顎で示し、カーツ=レーンは玉座を据え付け始めた。
端正なカーツ=レーンの顔が、苦悶でゆがめられる。
カーツ=レーンはレーン=レーンに逆らうことなどできようもない。
作業が終わると、レーン=レーンはカーツ=レーンを玉座の間から追い出した。
カーツ=レーンの表情など見やることもなく、ひとりになった玉座の間でレーン=レーンは玉座に向き直った。
「オーツ=レーン。
聞こえていると思うから聞くだけ聞きなさいな。
竜木には意思が宿る。
それを加工しようと思えば、竜木の意志に沿った加工品にしか加工できない。
あなた、私が玉座に座ると思ったから覚悟を決めて玉座に加工されることにしたのでしょう?
玉座となってなお、あなたの意志は残っていて魔力の行使もできるのでしょう?
一矢報いようというのでしょう、わずかに残されたその自由で」
レーン=レーンは薄く笑いながら――怖気もよだつような笑みを浮かべながら――玉座と化したオーツ=レーンに言い聞かせ始めた。
レーン=レーンはこの状況に酔っていた。
気に食わない竜を無機質な木材に変化させ、なおも意識が残っている無残な状況を揶揄することに酔いしれていた。
レーン=レーンの口元が、醜悪な弧を描く。
「ざーんねん!
今から私は木材に玉座に封じられたあなたの意志を抜き出して、将棋の駒に封じ込めるのよ!」
レーン=レーンが手をかざすと、そこには木の駒――異世界のボードゲームの――が握られていた。
玉座の中から魔力が吸い出され、レーン=レーンの掌中の駒に封じ籠められる。
レーン=レーンの目の前の玉座から魔力の気配は一切なくなる。
「あなたは私が飽きるまでの遊ぶ駒として暮らすのよ。
そしてボロボロになったら、捨てられてしまうのだわ。
いい気味だわ!」
レーン=レーンの狂ったような醜悪な高笑いが響く。
悦に浸り切った彼女は、私に一切気づく気配はなかった。
いい加減に私は声をかけることにした。
「ご機嫌ですね、レーン=レーン。
しかし、あまりはしたない笑い声をあげるのはどうかと思いますよ?」
「ひゃうんっ……!?」
レーン=レーンの口から素っ頓狂な悲鳴が漏れた。
この女もそんな声を上げるらしい。
まるで幽霊を見たような――生物の王たる竜は本来そんなものを恐れるはずもないのだが――表情を眺めながら、私はにこりと微笑んで見せた。
レーン=レーンは驚愕で震える声で、私の名前を呼んだ。
「オーツ、レーン……!?」
「はい、オーツ=レーンですよ」
「馬鹿な、どうやってここに。
いや、その姿は……!?」
レーン=レーンが驚愕するのも無理もあるまい。
私自身ですら現在の状態が夢ではないかと――木材になり果てた竜が夢を見るなど噴飯にすぎる――そう思っているのだから。
少女の姿になった私はフリルのついたロングスカートをつまみ上げ、レーン=レーンに挨拶をして見せた。
ミカヅキ=フォックスグローヴの屋敷のばあやにあてがわれた使用人の服は、驚くほどに私になじんでしまっていた。
案外、このままフォックスグローヴの屋敷で住み込みの使用人になるのがいいのかもしれない。
なおも驚愕に唇を震わせるレーン=レーンに、私は声をかけた。
「野生の始祖エルフとお話しする機会がありましたよ。
私を木に変えた木質化魔法ですが、本来はエルフが開発を断念した木に変化したエルフを本来の姿に戻す魔法だそうですよ?
第1段階で意識を保持したまま、木ではないない何かに変化させる。
第2段階で変質した何かを、エルフの姿に再変換する。
そういう目的で作られた魔法ですが、見事に失敗した果てに我々竜に伝わったようです。
まあそういうわけで、この魔法を作り出した始祖エルフの介入で一足先に意識を別の身体に移しました。
案の定レーン=レーンは気づきませんでしたね?」
「オーツ=レーン……」
私の言葉を聞いて、レーン=レーンは目を見張り、そして何かを確かめるように手を伸ばした。
レーン=レーンの伸ばした指は、私の頬を撫でようとする。
その指先は私を慈しもうとしてるように見え、私は一歩引いて指先を避けた。
微かな吐息がレーン=レーンの口からこぼれる。
私の記憶の中のオーツ=レーンの攻撃的な、嗜虐的な態度からは全く変わった様子。
始祖エルフ――ブロッサムと名乗る彼女から教えてもらえなければ、全く理解のできない状況だ。
だから、私はあえてその名前を呼ぶことにした。
「異世界からの勇者『レン=イイ』。
今はそう呼べばいいですか、レーン=レーン?」
「……!?
やめなさい、オーツ=レーン!」
「家族思いの学生でしたね。
3人の弟妹がいる長女で、とても面倒見がよかったんですよね。
趣味はボードゲームで、宝物はおじいさんから譲ってもらったボードゲームの駒」
「やめなさい、やめろ……!」
苦し気に胸を抑えてレーン=レーンが膝をつく。
かつて――5千年は遠い昔に世界に覇を唱え、世界の敵となった竜がいた。
その名を『レーン』という。
圧倒的な力で暴れまわるレーンにかなうものは、当時『この世界』には存在しなかった。
ならばどうするか。
呼べばいい、『異世界』から。
当時において大都市を4つ更地にする程度の危険性と難易度で呼びだされた異世界の勇者は、心優しき女学生で『レン=イイ』といった。
レーンとレン=イイはあらゆるものを巻き込んで戦い、そして決着がついたころには何もかもが滅茶苦茶になっていたらしい。
滅茶苦茶になってしまったもの中にはレーンとレン=イイも含まれる。
レーンとレン=イイの存在は融合し、互いの自我の境界があいまいとなってしまっていた。
結果的に悪竜レーンは表舞台から姿を消し、レン=イイは己の存在と引き換えに世界の敵を討滅した英雄となった。
しかしレーンとレン=イイが習合した存在であるレーン=レーンの中で、未だに彼女たちは意識の主導権を互いに争い続けている。
だからレーンは否定し続けなければならない。
その生き方の全てで以って、レン=イイとしての存在の在り方を。
愛すべき肉親――弟妹にあたる存在をとことん貶め続けねばならない。
自身の宝物――大事な異世界のボードゲームの駒を他者を苦しめる道具として貶めねばならない。
レン=イイの在り方を全身全霊で貶めることで、レーン=レーンはレン=イイの意識をかろうじて押し込んでいた。
そして今、忘れ去られたはずのレン=イイの存在を指摘されて、レーンの意識が主導権を脅かされている。
私は膝をついたレーン=レーンを見下ろす。
いい気味だが、もう少しだ。
「レン=イイ、苦しかったでしょう?
自分の血肉を分けた家族に等しい存在を虐げ続けるのは。
自分が大好きなボードゲームの駒に、苦しみぬいた魂を封じ込めて悲鳴を上げさせるのは。
そして、たった今救いが見えたのでしょう?
駒に封じ込めたはずの存在が、封印を逃れて目の前にいる。
安堵しているのでしょう?」
「ああ、あああ……!
うわあああああ!」
レーン=レーンが叫び声をあげる。
レーンの意識が脅かされ、レン=イイの意識が表出しかけている。
今だ。
目を見開き、喉をかきむしるレーン=レーンの前に文字の書かれた紙を広げる。
今のこの場にいるただ1人にしか――レン=イイにしか読めない異世界の文字を見て、レーン=レーンの動きがぴたりと止まる。
転瞬。
レーン=レーンの中から、魔力を伴う存在の光が飛び出していく。
輝く存在の光ははにかむような仕草で私の周囲をくるりと回った後に、玉座に向かって吸い込まれて行った。
レン=イイは魔法の天才であったという。
特に生物の存在の根源に関連する魔法――レン=イイ自身はbe動詞魔法などと言っていたようだが――に長けていた。
そんな彼女の啓いた奥義こそ『世界との契約』である。
玉座と同化したレン=イイは声を上げた。
世界に、遍く世界に生きるすべての竜に向けて、一切の例外なくその声は届いた。
『竜王の玉座、レン=イイがここに宣言する。
竜王の玉座にふさわしきものを選定する。
選定の条件は異世界のボードゲーム、将棋による知恵比べである。
将棋での知恵比べに勝ち抜いた、最も賢く気位の高きものにこそ竜王にふさわしきものと認める。
竜王の地位に認められしものは猛きレーン=レーンを右腕として振るうことを認める。
竜王の玉座に座りし物は賢きカーツ=レーンを左腕として侍らせることを認める。
竜王の地位は100年ごとに選定が繰り返され、選定の手配はレーン=レーンによって行われる。
これは世界との契約である』
世界に響いた声は世界との契約であった。
レーン=レーンとカーツ=レーンを巻き込んだ、破ることのできない世界との契約であった。
私は玉座とレーン=レーンに背を向けた。
ミカヅキ=フォックスグローブからの依頼は完遂した。
その依頼はすなわち、竜王の玉座の完成。
始祖エルフ――ブロッサムと名乗る彼女から話を聞いたミカヅキ=フォックスグローヴが構想した、真に竜王にふさわしきもののための玉座。
ミカヅキに報告をしなければならない。
そのついでに、そのまま住み込みで使用人見習いとして雇ってもらえないか交渉しよう。
そう思いながら歩みを進める私の背中に怒りのこもった声が叩きつけられる。
「……オーツ=レーン!
この……!」
「それでは失礼します、レーン=レーン」
向き直ってスカートをつまみ上げながら礼をしてみせる。
レーン=レーンは唸り声をあげて今にも爆発しそうな気配を見せるが、結局何もできずに地面に崩れ落ちた。
首元に真っ赤な魔方陣が展開され、レーン=レーンの首を締めあげていた。
魔方陣は竜王の玉座で輝く意志の光によってもたらされたものに違いなかった。
竜王の玉座――レン=イイにも一礼し、私は今度こそこの場から立ち去るべく歩き出した。
部屋の扉の前で魔法を展開し、ミカヅキの屋敷へと転移する。
転移が始まるその瞬間、目の前の扉が開いてカーツ=レーンの顔が見えた。
世界との契約を聞いて走ってきたのだろう。
「……がんばりなさい、カーツ=レーン」
驚いた顔をしたカーツ=レーンに私の声は届いたのだろうか。
いや、きっと届いてくれたに違いない。
ほろ苦い感傷を胸の奥に感じながら、私は転移の終了に備えた。
きっとあの子は、うまくやるだろう。