負けたら恋人になるという条件で、皇太子と賭けをすることになりました(3/3)
「クリスタ、レディーからの手紙をもっと持ってきてくれ」
エドウィン様が言った。
「手がかりが欲しい。彼女と君を繋いでいるのは、それしかないんだから」
「分かりました」
二階に上がり、ベッドに向かう。その下側に手を入れて、骨組みのところに紐で結わえ付けておいたカギを取り出した。
それを使い、棚の中の錠前付きの宝物入れを開ける。そして、中から手紙を取り出した。全部で何通あるのかなんて考えたこともなかったけれど、全て出してみるとずしりとした重量を感じる。
けれど、これをそのままエドウィン様のところへ持っていくわけにはいかない。だって、見られたくない内容のものも含まれているから。主に半年前に起こったあれそれについてとか。
それに、さっき届いた手紙に書かれていた「少し信じてあげてはいかがでしょう」という文言もだ。あんなのを見せてエドウィン様が調子に乗ってしまったら困る。
手早く文面に目を通し、見せても構わないと思ったものをエドウィン様に渡す。ふと、彼が目を細めた。
「さっきからずっと思っていたんだが……この手紙、いい匂いがするな」
エドウィン様は紙面を顔に近づけて鼻をヒクヒクさせた。
「花の匂いか? 何だか懐かしくなるような……」
「でしょう?」
私は大きく頷いた。
「レディーからの手紙にはいつもこの香りがついているんですよ。きっと、彼女が愛用している香水の匂いです」
「もしくは、手紙に直接振りかけているか、だな」
言いながら、エドウィン様はレディーの手紙に目を通し始めた。そして、何か気付いたことがあれば懐から出してきた手帳にサラサラとメモしている。そうしながら、時々私に質問をしたりした。
そうこうする内に数時間が経ち、ようやくエドウィン様が手紙から目を上げる。大きく息を吐いて、手帳を見つめた。
「調査結果だ」
『その一。レディーとの交流が始まったのは半年前。それ以来、不定期で手紙が来るようになった』
『その二。レディーは宮殿や貴族の家に出入りできる人間である』
「……以上」
「ええっ!?」
私は軽くのけぞった。
「あれだけ時間をかけておいて、たったこれだけしか分からなかったんですか!?」
「……ああ」
エドウィン様は無念そうだ。
「残念な結果だというのは認めざるを得ない。クリスタ、君の気持ちが分かったよ。彼女については推測で語るしかないみたいだ」
「じゃあ、エドウィン様はどんな推測をしたんですか?」
「例えば、これは遠回しなラブレターかもしれないということだ。彼女はやけに馴れ馴れしい。クリスタのことなら何でも知ってるとでも言いたげだ。君の歓心を得ようとしている風にも見える」
「またそれですか」
私は呆れてしまう。こんなにたくさんレディーからの手紙を読んだのに、まだ彼女が下心を持っていると疑っているらしい。
「レディーはそんな人じゃありませんってば。彼女は……」
「それともう一つ」
エドウィン様は険しい顔になる。
「君は手紙の差出人を『レディー』と呼んでいる。だが、本当にそうなのか?」
「彼女は貴婦人じゃないってことですか?」
「というより、女性かどうかも怪しい」
まさかの言葉に私は息を呑む。レディーが女の人じゃない……?
「いや……だけど……そんなわけは……」
反論しようとしたけれど、その証拠となる事柄を何も上げられなかった。そういえばレディーが手紙で自分の性別に言及したこと、一度もなかったんじゃない?
「でも、何だか女の人っぽくないですか? 文字の感じとか文体とか……」
「そうかもしれない。だが、俺には女性のふりをした男に見える。同性として近づいて油断させ、隙を突いて君に言い寄ろうとしているのかもしれない」
それ、大分色眼鏡が入った見解じゃないの? エドウィン様は、どうしてもレディーを私にすり寄ってくる好色なケダモノにしないと気が済まないみたいだった。
けれど、彼の観察眼はバカにできない。私が半年も気付けなかったこと……レディーが男性かもしれないっていう事実に、たった数時間で辿り着いてしまったんだから。
バレバレの仮病は見抜けなかったくせに、彼の思考回路はどうなっているんだろう。
その後もしばらく議論を重ね、エドウィン様は私の家を後にした。小脇にはレディーからの手紙の山を抱えている。城に帰ってからも分析する気でいるらしい。
自室へと戻った私も、エドウィン様に見せていない手紙の内容からレディーについて考察してみようと思い立つ。何だか意図的に賭けに負けようとしているような行為だけど、手を抜くのは全力勝負の精神に反するんだから仕方がない。
それに、私としてもレディーの正体は知りたいと思っていたんだ。
私を見守ってくれている影の庇護者。なのにどこの誰かも分からないせいで、今まで手紙の返事はおろか、お礼すらも言えなかった。そのことがずっと気になっていたんだ。
「お母様もそう思うわよね?」
手紙を取りに寝室へ向かった私は、いつもの癖で壁に飾ってある肖像画の母に尋ねる。
「このままじゃ恩知らずだもの。だからレディーに……」
言葉を続けられなかった。
私はよく、「もしお母様が生きていたらどういう人だったんだろう?」と想像することがある。優しい人だったのかな、とか、私の悩みを親身になって聞いてくれたのかな、とか。
そう、レディーのイメージは私の頭の中のお母様とぴったり重なるのだ。優しくて私のことを理解してくれるレディー。私の理想のお母様そのものだった。
私が手紙の主に好感を持ったのは、彼女に幻の母を重ねたからだったのだろう。
「お母様」なんだから、手紙の主は女の人に決まってる。……なるほど、色眼鏡で見ていたのは私の方だったのかもしれない。
「『レディー』って呼び方、変えた方がいいかしら?」
小さく呟いてみる。そして、先入観に囚われないように気を付けながら、謎の人物からの手紙に目を通し始めた。