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謎の手紙はレディーから(1/1)

 エドウィン様の恋心に終止符を打つ方法を考え始めて早三日。何のアイデアも出ないまま、私は今日も寝室に置いてある机の前で唸っていた。


「お母様、どう思う?」


 何の気なしに口を開く。


「どうすればエドウィン様は私を諦めてくれるかしら?」


 答えはない。それもそのはず。私が話しかけていたのは、お母様の肖像画だったのだから。


 お父様は、私はお母様似だと言う。けれど、本当のところはよく分からない。お母様は私が物心が付く前に死んでしまったから。


 でも、お父様の言葉は本当だったらいいなと思う。だって、絵の中のお母様はとても美人だったから。緩くウェーブした栗色の髪と上品な微笑みが印象的な、大人びた雰囲気の女性だ。


 私はこんなふうに楚々とした笑顔は作れないし、髪ももっと真っ直ぐであまり艶もないけれど、目元や鼻の形なんかは少し似ているかなとは自分でも思う。


 そうこうしている間に柱時計が十時を告げる音が鳴り、私は席を立つ。困ったことに、私はエドウィン様が来る時間帯をすっかり暗記してしまっていた。


「お嬢様、ちょうどよかった」


 玄関へ向かっていると、使用人から声がかかる。


「お手紙が届いていましたよ」


 使用人が封筒を差し出してきた。辺りにふくよかな花の香りが広がる。私は心を弾ませた。


 使用人から手紙を受け取り、封筒をあちこちから眺める。どこにも差出人は書いていない。間違いない。これはあの人……「レディー」からの手紙だ。


 興奮していた私は、エドウィン様が訪問してきたことにすぐには勘付けなかった。視界の端で黒髪が揺れ、間近で手元を覗き込まれ、初めてすぐ近くに彼がいたと知る。


「やけに嬉しそうだな」


 エドウィン様は顔を上げたけれど、まだ目線は手紙に向けられたままだった。


「誰からだ? ……まさかラブレターだなんて言わないよな?」

「言いませんよ」 


 私は肩を竦めた。これがラブレターなら、とっくの昔に破り捨てている。


「大切な友人からです。……エドウィン様、今日は帰ってくださいませんか?」


 目の前にいる皇太子よりも、私の心はこの一通の手紙にすっかり奪われていた。


「早く読みたいんです。何が書かれているのかとっても気になるから」


「……そんなに重要な手紙なのか? それなら応接室で読み終わるまで待っているが……」


「お好きにどうぞ」


 気もそぞろになっていた私はほとんど何も考えずに返事して、階段を一段飛ばしで駆け上る。後ろから、「そんなに急ぐと危ないぞ!」というエドウィン様の忠告が聞こえてきたけれど無視をした。


 自室に辿り着いた私はペーパーナイフで手紙の封を切り、鼻歌を歌いながらソファーに腰掛け、便せんの上に目を滑らせた。


『親愛なるクリスタ様


 いかがお過ごしでしょうか。春の初めとはいえまだまだ寒い日も多いので、体調を崩さないでくださいね。


 先日、通りかかった宝飾品店のウインドウにとても見事なブローチが飾られているのを目にいたしました。皇太子殿下の帝都帰還記念の舞踏会でクリスタ様が身につけていらしたものと似たデザインでしたから、きっとこちらのお店でお求めになられたのですね。


 数ある装飾品の中からご自分の魅力を一番に引き出す品を選ばれるとは、クリスタ様の審美眼には脱帽です。


 それに、ブローチと合わせたお召し物もとても素敵でした。特に髪に飾ってらした花は見事と言うほかありません。クリスタ様の美的感覚には驚かされてばかりです。


 早くも次にクリスタ様をお見かけする機会が楽しみでなりません。またわたくしたちの目を奪うような素敵なお姿を披露してくださいませ』


 ここまで読んだ私は感激で胸を熱くしながらソファーに寝そべった。


 やっぱりレディーは私のことをよく分かってくれている。あのブローチ、カタログと長い間にらめっこして決めたものだったから、こうして注目してくれてとても嬉しかった。


 それに、ブローチを先に選んでドレスを後から合わせたって見抜くなんて……! 私が「審美眼」を持ってるなら、レディーは「慧眼」の持ち主だ。


 後はあの花飾り! あんな小さなものに気付く人がいるなんて思わなかった。


 でも、レディーはちゃんと見つけてくれたんだ。


 体中に満足が広がっていくのを感じながら、続きの文言に目を通す。


 その途端、唇が歪んだ。


『ところで、皇太子殿下は随分とクリスタ様にご執心のようですね。それなのにあなたが冷たく接するから、殿下は昼も夜も嘆いていらっしゃると皆が噂しておりますよ。


 差し出がましいことを申し上げているのは分かりますが、少し優しくして差し上げる方がよろしいのでは? 殿下は純な性格ですし、本気であなたのことを愛しておられるようですよ。少し信じてあげてはいかがでしょう』


「嘘でしょ……」


 私は思わずうなだれる。


 エドウィン様が私のところに通ってるって、もう皆の噂になっちゃってるわけ? 特別な用でもない限りお父様に外出を許可されていなかったから、そんなことちっとも知らなかった。


 まあ、たとえ外出許可が出たって、人のいるところへなんか行きたくはなかったけど。


 しかもレディーの耳にまで入ってるなんて最悪だ。浮ついた娘だと思われたらどうしよう。それで彼女に失望され、二度と手紙をもらえなくなってしまったら? 考えただけで鳥肌が立つ。


 やっぱりエドウィン様には早急に私を諦めてもらうしかない。彼の恋心を粉々に砕くんだ。


 ……と思ってはみたけれど、どうもレディーはそんな結末を望んでいるわけではないらしい。だって、「少し信じてあげてはいかがでしょう」なんて言ってるし……。


 でもねえ……。


 私が信じているのは、「この世には幸せな結末に終わる本気の恋などというものは存在しない」っていう事実だけだ。いくらレディーでも、この認識は覆せない。私の心を変えられる人なんか誰もいないんだから。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ついに「手紙」が!  いろいろ、想像してしまいますが。  とりあえず、おとなしく、先を読むことにします。  わくわく。
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