一目惚れを信じない令嬢は、もう皇太子に会いたくない(2/2)
「お嬢様はご病気のため、どなたともお会いになられません」
翌日。私は物陰からこっそりと応接室の様子をうかがっていた。
「何だって!?」
使用人の言葉に、エドウィン様が驚愕したような反応を示す。
「ひどいのか!? すぐに見舞いに行かないと!」
「いけません! お医者様から、『一人で安静にしていないといけない』ときつく言われているのです!」
「だが……」
「お引き取りくださいませ。お嬢様のご病気が悪化してしまいます」
そこまで言われたら、エドウィン様も引き下がるしかない。やがて玄関扉が閉まる音がした。
「……本当によろしかったのですか?」
エドウィン様が帰るなり、先ほど彼の応対をしていた使用人が私の隠れ場所――階段下の物置へやって来て尋ねる。
「とても動揺していらっしゃいましたし、何だかお可哀想な気もしますが……」
「いいの」
物置から這い出て、頭についたクモの巣を取りながら断言する。ちっとも安静にしていないことからも分かる通り、さっき使用人がエドウィン様に告げたことは全くのデタラメだ。
「こういうのが何日も続けば、流石にエドウィン様も諦めるでしょ。……ここ、もう少し掃除した方がいいわよ」
半ばガラクタ置き場と化している物置を指差しながら、私は階段を上っていく。今回の計画は中々順調な滑り出しだ。このままいけば、きっとエドウィン様の目が覚める日も近いだろう。
……と思っていた数時間後のことだった。
「クリスタ! 大丈夫か!?」
自室のベランダから聞こえてきた大声に、腰が抜けそうになった。窓越しにエドウィン様が立っている。
「な、なななな何で!? ここ二階ですよ!?」
「木を登ってきた。入れてくれないか?」
まさか皇太子を外に放り出したままにしておくわけにはいかないので、私は急いで窓を開ける。入室したエドウィン様は私の額に手のひらを当てた。
「熱はないみたいだな」
エドウィン様はほっとしたように言うと、ソファーに置いてあったブランケットを私の肩にかけた。
「寝てないとダメじゃないか。薬は? 飲んだのか?」
「いえ、あの……」
「思ったより元気そうで安心した。使用人が『今にも死にそうだ』とか言っていたから……」
そんな大げさな表現はしていなかったでしょう、と言いかけたけどやめた。これは私が知っているはずのない会話だ。
「……何しに来たんですか?」
「見舞いだ。降り立ったベランダが、運良く君の部屋に繋がっていて助かったよ。……ほら、卵粥だ。病人が食べられそうなもののレシピを城の料理人に聞いたんだ。口に合うといいんだが……」
エドウィン様は腰に下げていた陶器の瓶を渡してきた。中を見ると、まだ温かいお粥が入っている。もしかして、彼が自分で作ったんだろうか。
「面会謝絶なのは知っている。でも、どうしても君に会いたくて……。これで最期かもしれないから……」
エドウィン様はハンカチを取り出して目元をこすった。どうやら泣いているようだ。
……どうしよう。ものすごく申し訳ない。
今のピンピンした私を見れば、病気なんか嘘だってすぐに分かりそうなものだ。なのにエドウィン様はすっかり騙されて、私が明日をも知れぬ身だと思い込んでいる。
純粋と言うべきか、抜けていると言うべきか……。いや、「恋は盲目」ってやつなのかも。
……恋?
自分で考えておいて驚いた。最悪だ。今、私は認めてしまった。エドウィン様が私に恋してるって。しかも……それが本気の恋なんだって。
だってそうでしょう? 皇太子ともあろう人が、ちょっと興味を持ったっていうだけで木登りなんかしてくる? 自分でお粥なんか作る?
「……大丈夫です」
敗北感に包まれながら、私は今やべしょべしょに泣いているエドウィン様の腕を軽く叩いた。
「さっきお医者様が来てくれたんです。誤診だったそうです。私は病気じゃないんですよ」
「病気じゃ……ない……?」
エドウィン様は呆けたように言った。ヘナヘナと床に座り込む。
「そ、そうか……。よかった……」
そうかしら? 私にとっては、ちっともよくないんですけど?
だって、彼が本気だと分かったところで、私にはエドウィン様の気持ちを受け入れる気が全くないから。
半年前のあの日、私は誓ったんだ。もう恋なんか二度としない。愛とも恋とも無縁の生活を送る、と。
けれど、私のそんな固い決意なんか知るよしもないエドウィン様は、簡単には恋心を捨ててくれないだろう。
では、どうすればいいのか? どうすればエドウィン様は私を諦めてくれるのか?
まだ床に座り込んだままの求愛者を見ながら、私はじっと考え込んでいた。




