嘘と本当と希望と現実(1/4)
私は何も言えなかった。目眩を覚え、部屋が大きく左右に揺れているような錯覚に陥る。
ロナルト様は私が口を開くのを待っていたようだけど、話せるような状態じゃないということを察したらしい。話題を最初の告白へと戻した。
「私が息子とあなたの関係について、『因縁』と申し上げたのはこういった訳があったのですよ。私はその忌まわしい縁を黙って見過ごすことはできなかった……」
「……だからロナルト様はレディーになった」
叫びそうなのを堪えながら、私は言った。ロナルト様が「その通りです」と返す。
「いつか本当のことを話す日までは、名乗るつもりはありませんでした。自分をひどい目に遭わせた男の父親を、あなたが信用するとは思えませんでしたから。手紙も人を遣って届けさせましたしね」
私が家の近くで見た手紙を持った男性は、ロナルト様が使わした使者だったようだ。
「私は正体を悟られないように他人の仮面を被る必要がありました。誰のことか分かりますか?」
「……私の……母」
「ご明察です。あの方があなたにとって近しい人であればいいと思いながら、私は彼女のふりをしました。筆跡を似せ、あの方がお好きだった香水を手紙に振りかけたのです」
完敗だ。ロナルト様の偽装工作はほとんど完璧だった。一瞬のことだったけれど、私はものの見事にレディーをお母様だと信じ込んだんだから。
それでも何か言ってやらないと気が済まなくて、鼻を鳴らす。
「前言は撤回します。あなたは怪盗ではなくて詐欺師ですね。でも、詰めが甘かったようですよ。あの手紙の文面は、あくまで『あなたの言葉』でしょう。母はもっと強気で攻撃的な人ですよ。落ち込んでいる私を見たら、肩を叩いて激励するような」
「よくお分かりになりましたね」
ロナルト様は瞠目する。彼の鼻を明かせたと思うと少しだけ気分がすっきりして、私は背筋を伸ばした。
「母の日記を読みました。それを見れば、その人となりなんて……」
あっと声が出そうになる。私の目はロナルト様に釘付けになった。何故こんな分かりきった事実に今頃思い当たったのか、不思議で仕方がない。
「『M・F』! 『マジック・フィンガーズ』! 日記に書かれていた『魔法の指』は、あなたのことだったんですね!」
変装もカギ開けも文書偽装もお手の物。確かに「魔法の指」だ。
そしてもう一つ、日記には気になる名前も書かれていた。
「『魔法の指』はロナルト様だった。それなら『真珠姫』は……」
「真珠姫? 先代の皇妃陛下……今の皇太后陛下のことでしょうか」
日記を読んだことはないはずなのに、ロナルト様は正確に言い当てた。
「ご親友のことを、あなたのお母様は『私の可愛い真珠ちゃん』とお呼びでしたから。お二人はとても仲がよろしかったのですよ。それこそ妙な噂が立つくらいには……」
「何ですって?」
聞き捨てならないことを言われ、私は素早く問い返す。
ロナルト様は少々狼狽したようだ。私が知っていると思ってこの話題を口にしたのだろうけど、初耳だったと気付いて言及しなかったらよかったと思っているらしかった。
その瞬間に、私の中に張りつめていた緊張の糸が切れた。無理やり抑圧していたものが爆発して、椅子から勢いよく立ち上がる。
「どうしてなのよ!」
椅子が床に倒れて大きな音を立てる。それが余計に私の神経を逆なでした。
「信じてたのに! 私の周りは嘘つきだらけだったじゃない! どうしてよ!」
ロナルト様の話を聞いたことだけが原因じゃない。ここ最近のショックだった出来事がこの瞬間に鮮やかに蘇ってきて、私の心を揺さぶっていた。
「私じゃなくて別人が好きだったエドウィン様! 手紙の差出人が自分だと偽ったお父様! 実は浮気者だったレディー! 最低な息子とそっくりのロナルト様! それに加えてお母様まで皇太后陛下と深い仲になっていたなんて……!」
「あの方と皇太后陛下との関係はあくまで噂止まりですよ」
「うるさい! そんなの関係ないわ!」
私は目の前にいるのが誰なのかも忘れて吠えた。
「どうして皆こんななのよ! もう嫌! 一体どうしろって言うの!? 私は何を信じればいいのよ!?」
「それが肝心なことです」
ロナルト様の声があまりにも静かだったから、私は冷水でも浴びせられたようにギクリとなって黙り込む。
「あなたは一体何を信じたかったのですか?」
「それは……」
私は言葉に詰まる。混乱する頭では、簡単には正解にたどり着けない。
けれど、ロナルト様の紺碧の瞳を見ている内に、自然と答えを導き出せた。
「父が本当は私を思いやってくれていると信じたかった」
私は膝から崩れ落ちて涙ぐむ。魔法にでもかかったように、内々の願望が次々と口から出てきた。
「レディーは私を優しく包み込んでくれる存在だと信じたかった、ロナルト様は思いやりに溢れた人だと信じたかった、母にとって私は大事な娘だと……」
ロナルト様が私の背中を優しくさすってくれる。
「手紙の差出人だと偽りを述べたとしても、お父様があなたを思っていなかったという証明にはなりませんし、レディーだって……私だってあなたをお助けしたいと本心から感じていたのですよ? ……最低の浮気者なのは否定しませんが。それから、お母様にとってあなたが大切な存在だったというのは疑いようもありません」
「……暴言を吐いてしまってごめんなさい。ロナルト様は最低なんかじゃないです」
冷静さを取り戻してきた私はしゃくり上げた。
「確かに私の希望はほとんど叶っているのかもしれません。でも、エドウィン様については違います」
私は力なくうなだれる。




