一目惚れを信じない令嬢は、もう皇太子に会いたくない(1/2)
「改めてよろしく、クリスタ。今まで通り、俺が皇太子だからって気にせずに接してくれ」
エドウィン様は鷹揚な笑みを見せる。
でも、気にしないなんて無理な話だ。その辺りを察せないなんて、この人ちょっと世間知らずなのかもしれない。
とは言え無理もないか。エドウィン様は生まれてからずっと人里離れた離宮で育った人なんだから。
……そう、彼は世間の事情に疎いんだ。
そのことに気付いた時、様々なことが腑に落ちた。
エドウィン様が生活していた離宮には、きっと私みたいな彼と同年代の女性なんかいなかったんだろう。つまり、エドウィン様にとって女の子は珍しい存在なんだ。
そこに私が現われた。舞踏会に参加しないで庭で一人きり、ぼんやりとしていた令嬢。彼はそんな私を不思議に思い、そして……興味を抱いた。そう、「興味」だ。決して「恋」ではない。
でも世間知らずのエドウィン様はその二つを混同してしまった。その結果、「一目惚れした」なんて愚にも付かないことを口走ってしまったんだ。
そう考えると何だか哀れだった。だって、半年前の私を見ているような気になってしまったから。
「エドウィン様、ごめんなさい。この後、大事な用があるんです」
私は今まで見せていた冷たい態度を引っ込め、できる限り優しく言った。
「本当にすみません。けれど、どうかお引き取り願えませんか?」
「先約があるなら仕方ないな」
私の口調が柔らかくなったことに気をよくしたのか、エドウィン様はあっさりと帰り支度を始めた。
「また来るよ。じゃあな、クリスタ」
「ええ、お待ちしていますね」
玄関まで見送って、私はにこやかに手を振る。扉が閉まると大きく息を吐き出した。
これでいい。エドウィン様は、後何回かは私のところへ来るかもしれない。でもその内に冷静になって、この恋は勘違いだったと思い至るはずだ。
その時に私がどういう反応を見せる予定なのかはもう決めてある。もちろん、笑顔で許してあげるんだ。それで、「これからもいいお友だちでいましょうね」と言ってあげる。
完璧な計画だ。これならエドウィン様も傷付かなくて済むだろう。大団円ってまさにこのことだ。
けれど、それからしばらく経って、私は自分の甘さを痛感することになった。
「クリスタ、おはよう。今日も綺麗だな」
応接室に入った私はエドウィン様の元気な笑顔に出迎えられる。なんということだろう。彼の顔を見るのは今日で十回目だ。つまり、彼が休みなく私の屋敷に通ってきて十日目ということになる。
「ここへ来る前に宮殿の庭を散歩していたら、昨日まで蕾だった花が見事に咲いていたんだ」
エドウィン様の話を黙ってニコニコと聞きながら、私は軽い焦燥を覚えていた。彼は一体いつ、自分の恋心が間違いだったと認めるんだろう? 私のことなんか好きじゃないとどうして気付かないのかしら?
「あの花をバックに君の肖像画を描けたら、どんなに素晴らしいか! だから今日は一緒に城へ行こう?」
「父の許しがないと外出してはいけないことになっていますから……」
「箱入りなんだな。でも、心配いらない。俺が掛け合ってやろう」
やんわりと断ってもまるで引く様子がなかった。なんて鈍感な人なんだろう。
「君は家の中にいるのが好きみたいだけど、たまには外出もしよう? 外の空気は体にいいぞ。絶対に退屈はさせないから」
別に、私だって好きで家に閉じこもっているわけじゃないのに。けれど、そんなことを言う気にはなれない。「どうしてだ?」なんて質問されたら困るし。
「な? 考えてみてくれないか、クリスタ」
エドウィン様の澄んだ茶色の目はキラキラと輝いていた。まるで、この世界で一番美しいものを見ているように。
その「美しいもの」というのは、エドウィン様にとっては私のことだ。
……まずい。
彼の鈍さは私の想定を完全に超えている。このまま放っておいたら、百日だって千日だって私の元に通い詰めるに違いない。
それはエドウィン様のためにならない。もちろん、私にとっても。恋だの愛だのバカげたもののために振り回されるのはごめんだもの。
何か他の手を打つ必要がありそうだと判断した私は悩んだ末、シンプルな方法を使うことにした。