傷心の令嬢は、過去の因縁を知る(4/4)
「女性を口説くのはずっと昔にやめましたからね。ある方に心を奪われてしまいましたので」
「ある方?」
「私が妻を亡くしているという話はご存知でしょうか? そのショックで一時期、私はそれまで以上にひどい火遊びをするようになっていたのですよ。当時の皇妃陛下を物陰に連れ込んで唇を奪おうとしたりだとか……」
「それってまさか、エドウィン様のお母様のことじゃないですよね!?」
私は困惑を抑えられずに叫ぶ。
「何考えてるんですか! 絶対にダメですよ!」
「落ち着いてください、未遂ですから。ある勇敢な女性に止められたのです。その時の彼女の言葉、今でも思い出せますよ。『盗むものは選びなさいよ、この節操なしのこそ泥が! 私の親友に手出ししたらどうなるのか、思い知らせてあげるわ!』。その勇ましいセリフと共に、彼女は私の頬を殴りました。拳で」
ロナルト様は左の頬を撫でながら微かに笑った。
「痛かったですね、あれは。ですが、その瞬間に私は彼女に恋をしてしまったのです。友人のために立ち上がったお姿が、とても美しく見えたのですよ。……もうお分かりでしょうか。その女性が、あなたのお母様だということが」
私はポカンと口を開ける。ロナルト様は続けた。
「私はその日から他の女性に目もくれなくなり、あなたのお母様だけを追いかけるようになりました。けれど、すでに結婚していた彼女は浮気をする気はまるでなかったようです。それでも私は彼女の元に通い続けました。しかし、そんな態度は彼女を頑なにするばかり。ついには皇妃陛下の部屋に立てこもって、会ってもくれなくなりました。ですが私は諦めようとはせず……。それが元で悲劇が起きたのです」
ロナルト様の目元に悲哀がにじむ。
「皇妃陛下の部屋を何度も訪れる私を見て、先帝陛下が……つまり当時の皇帝陛下があらぬ想像をしてしまったのです。妻が私と浮気をしているのではないか、と」
ロナルト様は軽くかぶりを振った。
「それからしばらくして、皇妃陛下が懐妊されていることが分かりました。エドウィン殿下を授かったのです。もちろん、皇帝陛下とのお子です。けれど、あの方はそうは思わなかった。妄執に囚われた陛下はエドウィン様を傍に置いておきたくなくて、病気と偽って離宮へ移すことにしたのです」
ロナルト様は一呼吸入れるように少し黙る。今聞いた話が信じられなくて、私は「どうしてですか?」と小さな声で質問した。
「先帝陛下は、どうしてロナルト様のお目当てが自分の妻だと思ったんですか? ロナルト様がそんなに熱心に私の母に求愛していたなら、陛下だって何かがおかしいと気付いたはずです」
「陛下はお年をお召しになったことで疑り深くなっていたのですよ。それに陛下自身、子どもができないことで何度も離婚を繰り返し、たくさんの側室を抱えてらしたという事情もあります。皇妃陛下も七番目の妻でしたしね。あの方は内心では、自分には生殖能力がないのかもしれないと感じていたのでしょう」
「エドウィン様はこのことを知っていたんですか?」
私はかつてエドウィン様と話した時のことを思い出していた。
「エドウィン様は自分が病気なんかじゃないと分かっていましたよ。彼は事情を把握していたんですか?」
「詳しいことは察していなかったでしょうね」
ロナルト様は確信がなさそうに言った。
「けれど、殿下は妙に鋭いところがおありです。きっと、ご自分がお父様に愛されていなかったことには気付いていたと思います」
何も悪くないのに爪弾きにされ続けたエドウィン様の心境はいかばかりだっただろう。彼のことを思うと胸が痛んだ。
「……陛下は裏切りの象徴であるエドウィン様を離宮へ追いやった。それなのに、妻とあなたのことは咎め立てしなかったんですか?」
「陛下は体面を気にされる方でした。私たちを処分すれば事が公になって、『妻を寝取られた間抜けな夫』という烙印が押されてしまうかもしれない。それは耐えられなかったのです。とは言っても、制裁が下らなかったわけではありません。あの方は皇妃陛下をまったく顧みなくなり、私についても同じような扱いをなさいましたから。私は当時から宮内大臣の職を賜っていたのですが、重要な仕事を回されなくなって、実質名ばかりの役職についているような状態だったのですよ」
「……辛かったですか?」
「私が受けた仕打ちなど何でもありません。それよりも、悲惨だったのは皇妃陛下です。エドウィン殿下と会えなくなったことをそれはそれは悲しんで……。その様子を見て、あなたのお母様も大変に苦しんでいらっしゃいました。そして彼女は決めたのです。陛下に離宮へ行くのを許してもらえない友人の代わりに、自分がエドウィン殿下を見守ろう、と」
ロナルト様が悲痛な表情になる。
「彼女は長きにわたって離宮へ通いました。……その何度目になるのか分からない訪問の後のことです。長雨のせいで増水していた川に架かる橋を、あの方を乗せた馬車は進んでいました。その最中に橋が崩れ……」
私は身を竦ませる。その哀れな様子を見て、ロナルト様はそれ以上続けなかった。
「彼女の訃報はちょっとした話題になりました。帝都から遠く離れた場所で何故亡くなったのか? 水に流されたために彼女が発見されたのは事故があった場所のずっと下流でしたから、誰もあの方が離宮から帰ったところだと分からなかったのです。皆が様々な噂をする中、本当のことを察することができたのは、ほんの一握りの者だけでした。私もその内の一人です。愚かなことに、私はこの段階になってもあの方のことが諦め切れず、こっそりとその身辺に目を光らせていたのです。ですから、彼女が離宮へ通い詰めていたと知っていました」
ロナルト様は一呼吸置いて私を見つめた。
「ご理解いただけましたか、クリスタさん。殿下が離宮で暮らすことになったのも、あなたがお母様を失ったのも、全て私のせいだということを」




