傷心の令嬢は、過去の因縁を知る(3/4)
「ロナルト様、申し訳ないんですけど早く帰ってください。粘っても無駄ですよ。誰に何を言われたって、私の決意は変わりませんから」
「……あなたは本当に意志が強い方ですね。お母様によく似ていらっしゃる」
「え?」
初めてロナルト様の話に食指が動いた。
「お母様を知っているんですか?」
「ええ」
ロナルト様は頷き、目元にかかった髪を横に流した。
「あなたは先ほど、『誰に何を言われても決意は変わらない』と仰いました。けれど、本当にそうですか? たとえばそれが……レディーの言葉でも?」
「レディー?」
意外な人物が出てきて、私は当惑する。
「どうしてレディーが出てくるんですか? あなたは母だけじゃなくて、レディーのことも知っていると?」
「その通りです」
ロナルト様が肯定する。
「と言うよりも本人ですから。……あなたが『レディー』と呼ぶ相手。クリスタさんに匿名の手紙を書いていたのは私です。私がレディーなのですよ」
私はしばらく口がきけなかった。突然のことに思考が現実に追いつかない。
ロナルト様がレディー? この人は何を言っているの?
「責任を……取ろうとしたんですか?」
やっとのことでそれだけ言えた。額に手を当てて荒ぶる脳内を鎮める。
「あなたの息子が私にひどいことをしたから……。だから私を励まそうとして……」
「それもあります」
ロナルト様が頷く。
「けれど、それ以上に因縁を感じたのですよ。私の息子が、あの方のお子を苦しめるということに繰り返される歴史を見出したのです」
「……訳が分かりません」
私は降参して手を上げた。
「『因縁』とか『繰り返される歴史』って? ロナルト様が私の母に何かしてしまったってことですか?」
「仰る通りです」
ロナルト様は少し目を伏せる。
「……こうなったら洗いざらい話してしまいましょう。どの道、あなたを動かすのは容易ではないでしょうから。それに、いつかはそうするべきだと思っていましたしね。……クリスタさん、あなたと殿下を困難な境遇へと追い込んだのは私なのですよ」
「……はい?」
お母様の話をしていたと思ったら予想外のことを話題にされ、私は戸惑った。
「困難な境遇? それって、私たちが離れ離れになったことですか? でも、それにはロナルト様は何の関係もないでしょう」
「そうとも限りません」
ロナルト様は首を振る。
「お二人の間にあったこと、殿下からお話をうかがいました。クリスタさんは、殿下が愛を向けていた対象が本当はあなたのお母様だったとお思いになって別れを選んだ。そうですね?」
「『思った』じゃなくてそれが事実です」
私は強固に主張した。
「私の考えは間違ってるって言いたいんですか?」
「それは私には分かりません」
ロナルト様はやんわりと追及をかわす。
「けれど、もしそうなら責任の一端は私にあることになります。殿下があなたのお母様と知り合ったのは私が原因なのですから」
「ロナルト様が?」
「それだけではありません。殿下が離宮へ行くことになったのも、あなたからお母様を奪ったのも、全て私なのです」
「待って……待ってください!」
突然の告白に頭が追いつかない。私は手近な椅子に腰掛けて服の上から胸元を撫でた。
「一体何を言ってるんですか? エドウィン様は病気だから離宮へ行ったんですよ。それに、私の母は事故死したと聞いています」
諸事情がありそうなエドウィン様のことはともかく、お母様の死因についてはお父様から聞いたんだから間違いない。
「それとも、ロナルト様がエドウィン様を病気になるように仕向けて、私の母を事故に見せかけて殺したって言うんですか?」
「……順を追って話しましょう」
ロナルト様は落ち着いた声で私を宥める。散らかってきた思考をまとめるべく、私は彼の話に黙って耳を傾けることにした。
「あなたは私の変装や解錠の腕前を褒めてくださいましたね。では、私がどうしてそのようなことが得意なのかお分かりですか?」
「さあ……?」
何故これが「順を追う」なのか理解できなかったけど、私は曖昧に返事する。ロナルト様は肩を竦めた。
「あなたの仰っていたことが大体当たっていたからですよ。私は盗人だったのです。ただし、盗っていたのは不特定多数の女性の心でしたが」
「……え?」
「女性の家にこっそり侵入するために変装して、女性の部屋に入り込むためにカギを開ける方法も覚えた。そういうことです」
「……ロナルト様、私をからかってます?」
私は目の前の美貌の男性をしげしげと見つめる。
「確かにロナルト様は綺麗ですしモテるでしょうけど……。そういうことする人には見えません」
あなたの息子じゃないんだから、とは流石に言わないでおいた。ロナルト様は苦笑いする。




