傷心の令嬢は、過去の因縁を知る(2/4)
「クリスタさん」
声をかけられ、私は飛び上がって驚いた。男性の使用人が紅茶の乗ったお盆を片手に、すぐ傍に立っている。いつ入ってきたのかまるで気付かなかった。
「お疲れですか、クリスタさん」
「いえ、そんなことは……」
おや、と思い言葉を切る。この家の使用人は皆私のことを「お嬢様」と呼ぶ。でも、彼は「クリスタさん」と言った。
思わず使用人の顔をまじまじと見る。短い黒髪と眼鏡にフサフサした口ひげ。額の真ん中には、目立つ大きなホクロがある。歳は四十歳くらいかしら。
この家で働いている人をすべて記憶しているわけじゃないけど、彼を見たのはこれが初めてな気がする。
ふと、使用人は含み笑いを浮かべた。
「私ですよ」
お盆をテーブルに置いた使用人は眼鏡を外す。その次の行動には驚かされた。額のホクロと口ひげを取り外したんだ。どうやらつけボクロとつけひげだったらしい。
軽く首を振りながらカツラも脱ぐ。そこからホワイトブロンドの髪がシルクのように流れ落ち、私は目を見張った。
顔にも何か塗っていたらしく、男性は部屋の隅にあった手洗い場でじゃぶじゃぶと洗顔を始める。ハンカチで顔を拭きながら戻ってきた頃には先ほどの使用人はどこにもおらず、代わりに眉目秀麗の宮内大臣が姿を現わしていた。
「お久しぶりです」
ロナルト様は長身を折って優雅に一礼した。さっきとは声まで違う。この人、中々便利な声帯をしているらしい。
「ロナルト様、どうしてここにいるんですか?」
正体は分かったものの、今度は別の意味で困惑した。こんな片田舎に宮内大臣が一体何の用だろう。しかも変装までして。
「あなたに会いに来ました」
ロナルト様は柔和な表情を崩さずに言う。
「クリスタさんがいなくなったことで、殿下はとても落ち込んでいらっしゃいましたので」
エドウィン様の名を出され、私の内臓がギュッと縮み上がる。動揺を押し殺して相槌を打った。
「宮内大臣って大変なんですね。皇族のためなら使用人にまで身をやつさないといけないなんて」
私はロナルト様の格好を観察する。眼鏡やカツラだけではなくて、彼は使用人のお仕着せまで着用していた。
「その服、どうやって手に入れたんですか?」
「予備の衣裳が保管してあった部屋から拝借してきました」
「カギとかかかってなかったんですか?」
「意外と簡単に開きましたよ?」
ロナルト様は懐から複雑な形に曲がった針金を出す。私は呆れてしまった。
「変装にカギ開けに……。宮内大臣を引退した後は、怪盗でも始めたらどうですか?」
「興味深いご提案ですね」
ロナルト様は目を細める。私は立ち上がって、部屋のドアを開けた。
「さあ、怪盗さん。もうお帰りください。ここにはお宝なんかありませんから」
「そういうわけには参りませんよ」
ロナルト様が意味深長な目でこちらを見る。私はそっぽを向いた。
「私は帝都には戻りません。何があっても、絶対に」
「本気ですか?」
「もちろんです」
扉の先を見つめて、ロナルト様に退出を促した。けれど彼は動こうとしない。
ロナルト様が出て行かないのなら私が行くしかない。私は部屋の外に足を踏み出そうとする。
でも、その前にロナルト様にドアを閉められてしまった。
「後悔しますよ」
ロナルト様は静かに言った。
「このままですと、あなたは大切な人を永遠に失うかもしれません。そうなれば、この先ずっと悔悟の念に囚われたまま生きることになるのですよ?」
「そんな大げさな」
「大げさではありません。未来に何が起きるのかなど、誰にも分からないのですから」
「人生の先輩としての助言、どうもありがとうございます」
声が刺々しくなってしまうのを押さえられなかった。ひどくイライラしてきて、早くここから離れたくて堪らなくなる。




