傷心の令嬢は、再教育されることを望む(1/1)
「よく来たね、クリスタ」
エドウィン様との別れの日から五日後。私は伯母様の家の軒先に立っていた。
使用人が荷物を室内へ運び込む。伯母様に続いて、私も家の中に入った。
「それにしても、何だい、その服は」
廊下を歩きながら伯母様は早速文句を言い始める。
「若い娘がそんなに肌を見せるのは感心しないね。下品だよ、下品。それにその色。軽薄に見えるよ。まったく、あたしがあんたくらいの時には……」
伯母様はブツブツと呟く。だけど主観抜きにしても、私の格好はそんなにひどいとは思えない。露出と言ったって足首がちょっと見えてる程度だし、ライムグリーンの布地だってそこまで変な色じゃないはずだ。
まあ、床にズルズル裾を引く飾り気のないドレスを着た伯母様からすれば、こんな格好は下着も同然ってことなんだろう。伯母様は、夫と死に別れて以降は喪服しか着ないことに決めているらしかった。
「ごめんなさい、伯母様」
まだこの屋敷に来て五分と経たないのに早速叱られてしまった。どうやらここでの生活は私の想像以上に楽しくないものとなりそうだ。
だけど、我慢するようにと必死で自分に言い聞かせる。
私の中にある「恋をしたい」という浮ついた気持ち。今後もこんな愚かな感情が生まれないようにするためには、伯母様の元で暮らすのが一番いいんだから。
田舎暮らしで古風な未亡人。伯母様の傍にいれば、私もきっと同じようなつまらない人間になれるだろう。そうしたらもう失恋しなくて済む。
それに、帝都にはいたくなかった。エドウィン様の傍に近寄りたくない。彼が住んでいる城が窓から見える家で暮らすなんて耐えられなかった。
「まずは服をお出し」
居候させてもらうことになった部屋に着くなり、伯母様に命じられる。私は大人しくトランクを開けた。
「まあまあ……! 何だろうね、この俗悪な布きれどもは!」
私が持ってきた服を次々とベッドの上に並べると、伯母様は気絶しそうな顔になる。
「こういうのは服とは言わないよ。全部捨ててしまいな。これは……本? クリスタ、うちで読書なんかしたら、その尻を引っ叩いてやるからね。いいかい、女は字も読めないようなのが最高なんだよ」
伯母様は私のアクセサリーケースを開いて、鼻筋にシワを寄せる。
「あたしは弟から……あんたの父様から、あんたをまともな淑女に仕立てるように言われてんだ。まったく、あいつは甘いんだよ。一人娘だからってチヤホヤして」
伯母様の辛口コメントは続き、一時間ほどしてようやく一人になれた頃には、ぐったりとした疲れを感じていた。
ああ、素敵。涙が出ちゃいそう。お父様を寛容な人だと思ったのは、生まれて初めてかもしれない。
「はあ……」
初日にして早くも不安が募る。唯一の救いは、窓からの眺めが素晴らしいことだけだ。たくさんの木々に野原。緑がいっぱいで、見ていると癒やされる。
だけど、この草原は鑑賞専用だ。伯母様は決してここを駆け回らせてくれたりはしないだろう。
でも、これは私の選択なんだ。伯母様みたいな女性になるのは正直に言って身の毛もよだつけれど、それで自分の身を守れるなら致し方ない。
窓の外を眺めている内に、エドウィン様が庭木をよじ登って二階にある私の部屋を訪問してきたことを思い出した。
胸がずきりと痛む。これだから失恋は嫌だ。ちょっとした瞬間にフラッシュバックする記憶が、ずっと私を苦しめるんだもの。最低男の時もそうだった。
慌ててカーテンを引く。心に棘となって突き刺さった思い出たち。一刻も早く忘れてしまいたかった。




