傷心の令嬢は、裏切りに気付く(3/3)
突然降り注いだあらゆる問題から逃げたくて、私は机の上に山積みになっている日記帳に手を伸ばした。お母様の部屋にあったものだ。
日記を発見して以来、私は暇さえあればこれを読んでいた。お母様が生きていた証がここに詰まっている気がして、目を通していると心が慰められるんだ。ちょうど、レディーの手紙を読んでいる時のように。
……ああ、いけない。視界がにじんでくる。レディーからの手紙が失われてしまったなんて、今でも信じられない。
お父様がレディーだと思い込んでいたここ一ヶ月間、私は少しあの人のことを見直す気になっていた。口では厳しいことばかり言っても、本心では私を大事に思ってくれているんだ、って。
だけど、それは全部勘違いだった。こんなにもあっさりと騙されてしまった自分と、私を翻弄したお父様には失望せざるを得なかった。
目元を拭い、日記帳を開く。何かで気を紛らわさないとどうにかなりそうだ。
『12の月19日 晴れのち曇り
今日は最悪なことがあった。私の可愛い真珠姫。どうして何も悪くないのに、真珠姫がこんな目に遭うの?
それもこれも、全部M・Fのせいだ。こんなことになった以上、あいつも流石に反省するだろう。そうじゃなかったら、私がこの手でM・Fをどうにかしてやる』
『12の月25日 雨
真珠姫は毎日のように泣いている。それなのに、慰める方法を何も思いつかない。私は無力だ』
『12の月29日 晴れ
真珠姫のために何かしたいと言ったら、頼み事をされた。真珠姫は申し訳なさそうだったけれど、喜んで引き受けることにする』
『1の月4日 晴れ
真珠姫に頼まれた通り、離宮へ行った。どんな寂れたところかと思ったけど、意外と綺麗な場所で安心する。
小さな皇子はとても元気そうだ。抱き上げてあげるとケタケタと笑った。もしかして私を親だと思ってる?
娘と同い年だから、あの子を連れてくれば皇子のいい遊び相手になるかしら? でも、帝都から離宮までは遠いから、幼い娘を連れての旅は無理があるかもしれない。
何も考えずに出発した私が悪いんだけど、年明けを家で迎えることができなかったのは大失敗だった。家族が残念がっていないといいけれど。
まったく、離宮が通いたくてもしょっちゅう行けるような場所にないのは本当に残念だ。でも、時間が許す限りはここを訪れることにしよう。それが真珠姫の望みなんだから』
「どういうこと……?」
私は日記から顔を上げた。そして、もう一度1の月の4日の記述を読む。
「離宮……。皇子……」
この「皇子」って、まさかエドウィン様のこと? お母様はエドウィン様の住んでいた離宮へ行ったことがあるの?
私は再度日記に目を落とし、そこに書いてあることを頭の中で整理した。
「真珠姫はM・Fにひどいことをされて落ち込んでいた。それを慰めるために、お母様はエドウィン様がいる離宮へ行った……」
でも、離宮へ行くことがどうして真珠姫を慰めることになるんだろう? それに、M・Fがしたことって?
答えが欲しくて、私はさらに日記を読み進める。
けれど、ハッキリとしたことは分からない。理解できたのは、お母様が1の月の4日に書いた通り、それ以後も頻繁に離宮へ赴いていたということだけだ。
ちょっと不思議なのは、そのことで夫……つまり私のお父様に苦言を呈された様子が特になかったことだ。私の外出はあんなに嫌がるのに、お母様には許していたの? それって不公平じゃない?
初めは、病気で帝都を離れることを余儀なくされた可愛そうな皇子様を慮って、妻の外出を大目に見ていた……なんて想像していたけど、どうもそうじゃないみたい。
だって、お母様は行き先を秘密にしていたようだから。バレると厄介なことになるかららしいけど……。どういうことだろう?
『4の月6日 雨
離宮へ通うようになってもう一年以上が経つ。娘を見ていても思うけれど、小さい子の成長は早い。前に来た時よりも皇子はたくさんの言葉を覚えたようで、私に何度も「だいすき」と言ってくれた。
皇子の乳母が言っていた。「あの方はあなたに相当懐いておられるようですよ。あなたが帰ってしまった後は、恋しがって泣くんです」。
乳母の話は大げさじゃないかもしれない。この間皇子から手紙をもらったから。「らぶれたー」だそうだ。もっとも、中身は私と皇子が手を繋いでいる絵だったけれど。字を覚えるのはもう少し先かしら』
離宮でのお母様とエドウィン様の時間の過ごし方は、心温まるものがあった。お母様はエドウィン様を息子のように可愛がっていたみたいだ。
こうなってくると、幼少期の私とエドウィン様に面識がないことが不思議になってくる。
もしかして日記に書いていないだけで、お母様は無理をしてでも小さい私を離宮へ連れて行ったことがあるんじゃないかしら?
もちろん、何の根拠もなくそう思ったわけじゃない。エドウィン様は私にこう言ったことがある。「前にどこかで会ったことがないか?」「初めて会った気がしない」って。
日記の日付的に私もエドウィン様も物心がつく前の話だからハッキリと記憶にないだけで、潜在意識のどこかで彼は私を覚えていたのかもしれない。
でも、何かが引っかかる。何なのかしら、この違和感は……?
「あっ……」
その瞬間に、私の頭の中はある恐ろしい疑惑でいっぱいになってしまった。震える手でポケットから紙を取り出す。
そこに描かれているのは、エドウィン様が作成してくれた私の肖像画だ。……少なくとも、エドウィン様はそう思っているし、私もずっとそうだと認識していた。
だけど、改めて見てみるとどうだろう?
ここに描かれている女性は私にそっくりだ。でも目立って違うところがある。私はこんなにくせ毛じゃない。
こんな風な波打つ髪をしていて、しかも私と同じ顔をした女性は一人しか思い浮かばなかった。
どうして気付かなかったんだろう?
これは私じゃない。お母様の似顔絵だ。




