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傷心令嬢は、皇太子殿下の一目惚れを受け入れたくない  作者: 三羽高明


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傷心の令嬢は、裏切りに気付く(2/3)

 もうどうにでもなれという気持ちだ。何もかもが嫌になってくる。半年前に立てた誓いを果たせなかった自分自身も、私の苦しみを分かってくれないお父様にも嫌気が差していた。


 優しげな香りが鼻をくすぐったのは、そんな時のことだった。


「えっ……?」


 思わず足を止める。いつもレディーが身につけている香水の匂いだった。


 それは先ほどすれ違った男性から香っていた。黒っぽい服で地味な印象を受ける背の低い人だ。


 その人は私の家の玄関前で立ち止まる。何かを郵便受けに入れた。血が逆流するような感覚に襲われ、私は急いで引き返す。家に戻って郵便受けを確認すると、私宛に手紙が来ているのが分かった。


 差出人の書いていない、花の香りのする手紙。レディーからのものだ。


「クリスタ、そこにいたのか」


 物音で私が帰ってきたことに気付いたのか、お父様がやって来る。


「グズグズしていないで、早く使用人に言いつけて荷物をまとめ……」

「嘘を吐いたんですか!?」


 私は怒鳴った。お父様に今し方見つけたばかりの手紙を突きつける。


「さっき、知らない男の人がこれを郵便受けに投函しているところを見ました! その人は……!」


 我に返って通りに目をやったけど、すでに彼の姿は見えなくなっている。私は顔を歪めた。


「お父様じゃなかった……」


 私は手紙を握りしめた。


「レディーはお父様じゃなかったんだわ……」


 脳を揺さぶられるような衝撃に見舞われる。もはや立っていることもできず、その場に力なく座り込んでしまった。


「我ながらお粗末なことを言ってしまったものだ」


 お父様はため息を吐いた。


「お前たちは手紙の差出人を探すために会っていた。ならば、その相手が見つかってしまえばもう密会などする必要はない。そう思ってのことだったが……」


「そのためだけに私を騙したんですか……?」


「人聞きの悪いことを言うな、クリスタ。これはお前を思ってのことなんだぞ」


 お父様はかぶりを振った。


「あの手紙はどこの馬の骨とも分からない男からのものに決まっている。私はお前におかしな虫がつかないようにしてやっただけだ」


「……レディーは女性だと思いますけど」


「いいや、あれは男が書いたんだ。それに、たとえ女だったとしても構わん。あんなに慣れ慣れしいことを何度も書いて送りつけて……」


「何度も?」


 鋭く聞き返す。


 お父様はレディーの手紙を読んだことがある。私が見せたからだ。それに、彼女が何回も手紙を送ってきたことがあるとも言ってあった。


 だけどさっきの口ぶりは、まるでレディーからの手紙に一度ならず目を通したことがあるとでも言いたげに感じられたんだ。


 でも、他の手紙は私の部屋の鍵付きの箱にしまってあるから、他人が見ることは不可能だった。


 私は素早く頭を働かせ、口元に手を当てる。


「今回が初めてじゃないんですね……?」


 私は手の中の封筒を見つめた。


「お父様が……『レディーの正体は自分だ』と嘘を吐いてからも、何回か手紙は来た……。そうですね?」


 それで、お父様はその手紙を勝手に読んだんだ。


 血が煮えたぎるような屈辱を覚える。レディーは私のものなのに! 私だけのレディーなのに、許可なく手紙を開封するなんて!


 それだけじゃない。私はレディーが手紙をくれたことを知らなかった。受け取っていないんだから当たり前だ。


 私はお父様に詰め寄った。


「手紙を返してください! 今すぐに!」

「それはできない」

「じゃあ自力で探します!」


 私はお父様の書斎へ足音も荒く向かおうとした。その背に「クリスタ」と声がかかる。


「無駄だ、やめておけ。あの手紙は処分した」

「しょ、処分……?」


 私は硬直する。


「捨てたんですか……?」

「そうだ」


 あっさりと肯定され、目の前が暗くなった。


 捨てられてしまった。私の大事な手紙が。大好きなレディーからの温かい言葉に満ちた手紙が。花の香りのする便せんに何が書かれていたのか、もう永遠に知ることは叶わない。


 お父様はまだ何か言っていたけれど、私の耳には入っていなかった。再び家を飛び出していく気力すらも残っていない。ふらつく足で階段を上がって、自室のベッドに倒れ込んだ。


 その瞬間、私は気付く。私とエドウィン様はレディーの正体を巡って賭けをした。そして、お父様がレディーだったと発覚して、賭けに負けた私はエドウィン様の恋人になった。


 だけど、お父様はレディーじゃなかった。ということは……実は賭けはエドウィン様の負けだった、ということ?


 つまり、私がエドウィン様の恋人でいる理由はもうない……?


「これって……いいニュースなのかしら?」


 恋をしたくなかったのに、うっかり人を好きになってしまった私。だけど、約束があるからエドウィン様との恋人関係を終わらせることはできない。


 このまま一緒にいたら、ますますエドウィン様を好きになってしまうかもしれない。


 お父様の言い分に賛成するのは癪だけど、恋をしてもいいことなんかないというのは賛成せざるを得ない。


 エドウィン様が悪いんじゃなくて、これは私の心の問題だ。「いつか来る失恋の瞬間なんか怖くないから、どんどん人を好きになろう」なんてどうしても思えなかった。


 だから、レディーの正体がお父様じゃなかったことを口実に、エドウィン様との恋人関係を終わらせる。そうしないといけない。


 だけど……どうしてこんなに苦しいの?


「お母様……」


 救いを求めて肖像画の母に話しかける。


 エドウィン様との関係を今後どうするべき?


 お父様がレディーでないのなら、彼女の正体は?


 どうやったら伯母様のところへ行かなくて済むの?


 今日は一度に色々なことが起きすぎた。問題は山積みなのに頭の中がぐちゃぐちゃで、上手く考えをまとめきれない。

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― 新着の感想 ―
[一言]  手紙の主だとのパパの認めかたが、やけにあっさりしてたと思ったら。 「裏切り」が、殿下に対して感じたものではなくて、ある意味ほっとしましたが。  やはりママと「彼」がキーパーソンなんで…
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