謎の青年の正体が発覚しました(2/2)
「昨日ぶりだな」
応接室のソファーから弾かれたように立ち上がった客人を、私は穴が空くほど見つめる。忘れもしない、昨日城の庭で会った青年ではないか。
「な、何でここに……?」
私はヨロヨロと後ずさりながら尋ねる。そんな私の反応を見ても、青年はとろけそうな笑顔を浮かべたままだった。
「君のことをどうしても諦められなかったんだ。だから、似顔絵を描いて城にいた者たちに片っ端から見せていった。そうしたらすぐに見つかったよ。名前も教えてもらった。クリスタ、君はそう言うんだな……」
青年はうっとりと囁いた。
「好きだよ、クリスタ。昨日の続きを言わせてもらおう。俺の恋人になってくれ」
「またそれなの!?」
おぞましい想い出を蒸し返され、私は甲高い声を出した。
「嫌だって言ったでしょう!? あなたちょっとおかしいわ! 私をバカにしてるの!?」
「バカになんかしてない! 俺は本気だ! 信じてくれ、この愛を!」
何を言ってるんだ、と私は鼻白む。愛? そんなものは私にとって一番信じられない感情だった。
募る嫌悪感に私の心はどんどん冷え切っていく。冷淡に「もう帰って」と言い捨てた。
「大体私、あなたがどこの誰なのかも知らないのよ。一つだけ分かってるのは、あなたが狂ってるってことだけだわ」
「そうだな、確かに狂っているかもしれない。……君に」
青年は面白くもない冗談を言った後に背筋を正した。
「名乗るのが遅れてしまってすまない。俺はエドウィンだ」
「エドウィン?」
どこかで聞いたような……あっ!
「あなた、皇太子殿下と同じ名前なのね。……なるほど、そういうことか」
合点がいった私は大きく頷いた。
「どうしてお父様があなたに私と二人で会うことを許したのか分かったわ。お父様はあなたを殿下と勘違いしたのよ。流石に皇族相手じゃ、我は通せないものね。まったく、迷惑な話だわ」
「いや、クリスタ……」
「何よ」
エドウィンが何か言いたそうにしていたので、私は彼を思いっきり睨んでやった。
「まさか『実は自分は皇太子だ』なんてふざけたことを言うんじゃないでしょうね。言っとくけど、たとえあなたが皇族だって私は好きになったりしないわよ。……さあ、帰って!」
私は邪険にエドウィンの背中を押す。しかし、彼は気にも留めずに「素晴らしい」と言った。
「相手が誰でも君は態度を変えないんだな。事前に話は聞いていたけど、本当に真面目だ。ますます好きになったよ」
「何を……訳の……分からない……ことを……」
私は歯を食いしばって彼の背を押す腕に力を込める。エドウィンの体、重すぎるわ! びくともしないじゃない!
「……あなた、鍛えすぎよ」
しばらくして私は敗北を認め、エドウィンの逞しい背中に恨みのこもった視線を向けた。
「もう終わりなのか? もっと触ってくれてもいいんだぞ?」
「スキンシップのためにやってるんじゃないわよ!」
天然なのか嫌味なのか分からないことを言うエドウィンに、私は口を尖らせる。
「自分で歩いて玄関まで行ってちょうだい! 見送りなんか期待しないことね!」
「クリスタ、汗をかいてるじゃないか。風邪を引くといけない。これを使ってくれ」
エドウィンが懐からハンカチを出す。「いらないわよ」と言って私は彼の手を払いのけようとした。
けれど、ハンカチについていた刺繍を見て息を呑む。皇室の紋章だ。
「どうしてあなたがこれを!?」
私は口をパクパクさせる。
「この紋章は皇族以外が使っちゃダメなのに! あなた、不敬罪に問われるわよ!」
「問われない」
「どこから来るのよ、その自信は! 『皇帝陛下は俺の親友だから許してくれる』とか言わないでよね!」
「言わない。親友じゃなくて叔父だから」
「叔父? 何ふざけてるのよ! それじゃあ皇太子殿下と出自がまるっきり同じってことに……」
そこまで言いかけた私はハッとなる。点と点が線で繋がっていく感覚がした。
皇太子殿下と同じ名前の青年。彼は皇室の紋章がついたハンカチを持っている。ついでに言えば、私と彼が出会ったのは、皇太子殿下の病気が回復したことを祝う舞踏会だった……。
「いや……まさか……」
動揺を隠せない。
「あ、あなた、皇族なの……? ……皇太子殿下?」
「そうだよ」
あっさりと肯定され、私はもう少しで悲鳴を上げるところだった。二、三歩後ろに退いて、平身低頭して謝る。
「も、申し訳ありません! わた、私、本当に無礼なことを……」
「クリスタ、頭を上げてくれ」
エドウィンは慌てたように私の肩に手を置いた。……いや、エドウィン「様」だ! 皇族を呼び捨てにするなんて、何て恐ろしいことをしていたんだろう!
「悪かった、クリスタ。俺が言うタイミングを完全に逃してしまったせいだ。……それにしても君は、自分が悪いと思ったらすぐに謝罪できるんだな。素直で素敵だ」
ついさっきは「相手の身分で態度を変えないなんて最高だ」とか言ってたくせに、とんだ矛盾もあったものだ。でも、彼はそういうことをツッコめる相手ではないと分かったからには、黙っているに限る。
「さあクリスタ、こっちを向いて。君の綺麗な青い瞳を見せてくれ」
エドウィン様は私の礼を欠いた振る舞いの数々も気にしていないらしい。ごく当たり前に口説いてくるのには閉口してしまうけれど、ここは彼の寛大な心に感謝して何も言わないことにした。
それにしても、この人が皇太子ねえ……。
言い訳をさせてもらえるなら、「気付くわけないじゃない!」と叫びたい。
だって、こんなにムキムキして健康そうなのよ? 長い間病気だった皇太子とイコールで結べるはずがないでしょう? 私の勝手な想像の中の殿下は、もっと蒼白い肌をしたひょろひょろの青年だったんだもの!