傷心の令嬢は、もう賭けを終わらせたい(2/2)
「エドウィン様、もう賭けは終わりにしましょう」
私の言葉にエドウィン様は目を剥いた。
「私はよくないことをしていました。あなたの気持ちを弄んだんです」
マンフレートは私を誘惑することを「勝負」と呼んでいた。それとこの賭け、何が違うと言うんだろう。
マンフレートは好きでもない私を騙し、私は何とも思っていないエドウィン様に虚しい希望を与えた。私はいつの間にか、あの最低男と同じことをしていたんだ。
「もうレディー捜しは終わりです。この賭けには勝者も敗者もいません。私はあなたの恋人にはならないんですよ」
「待ってくれ!」
エドウィン様はソファーから勢いよく立ち上がった。
「そんなに一方的に言われたって納得できるか!」
エドウィン様は怒っているように見えた。……ほら、思った通りだ。失恋したエドウィン様は、私を憎み始めている。私を嫌いになりかけているんだ。
それだけは嫌だと思っていた。でも、これは私への罰なのかもしれないと思えば、甘んじて受け入れようという気にもなってくる。
私はエドウィン様をなぶり物にした。その代償はきちんと払わないといけない。
だけど驚いたことに、エドウィン様が怒っているのは私に対してではないようだった。
「クリスタ、俺は自分が情けない。君に信じてもらえない俺が。しかも、どうすれば君の気持ちを変えられるのかまるで分からないんだからなおさらだ」
エドウィン様が腹を立てているのは自分自身に対してだった。私に信頼されないのは、自分に原因があるからだと思っている。
「無力な俺にできるのは……せめて賭けを続けることくらいだ。クリスタ、俺はレディーを捜す。だけど、もしそれが叶っても俺の恋人になれだなんて強制はしない。ただ……ほんの少しでいいから、俺の誠意を感じて欲しいんだ」
言うだけ言って、エドウィン様は帰っていった。私は途方に暮れる。
「何で……?」
賭けの結果如何に関わらず、私が恋人にはならないなら、エドウィン様が勝負の舞台に立ち続ける意味は全くない。
だけど、彼はレディーを見つけると言う。私にほんのわずかでも信頼して欲しい。ただそれだけのために。
……分からない。エドウィン様は私に一体何を期待しているというんだろう?
私がその誠実さに打たれて考えを改め、「エドウィン様、愛しています!」と熱烈に告白すること? 冗談じゃない。そんなこと、あるわけがないじゃない。
私は自室へと戻り、寝室に直行した。毛布を被って、一人だけの空間に閉じこもる。
けれど、その内に耐えられなくなって叫んだ。
「何よ! 私、間違ったことしてる!?」
私の視線の先には肖像画の母がいた。お母様が私を叱る声が聞こえた気がしたんだ。
「私は悪くないのに、何でいつもこんなに苦しまないといけないのよ! 何で私ばっかり……」
言葉が続かない。分かっている。苦しいのは私だけじゃない。エドウィン様だって、きっと同じように遣る瀬ない気持ちになっているはずだ。
窓の外を眺める。遠くに宮殿が見えた。エドウィン様は、もうあそこへ着いてしまっているだろうか? そして、手がかりを探してあちこちを走り回っているんだろうか?
「……約束をしたのにそれを果たさなかったことと、人の気持ちを弄ぶこと。どっちが罪深いかしら?」
お母様に尋ねる。額縁の中の笑顔は相変わらず意味深だ。私はその表情を真剣になって見つめ、そこから答えをもらった。
「……行ってきます」
お母様に一言だけ挨拶して、私は家を抜け出した。




